三十三話 サイバーパンクシスター
「マキウス教会とはまた、有名な組織だな、そこのシスターが依頼人か、名前は?」
「イーディスと名乗ってたな」
「イーディス?、何処かで聞いたことがあるような…」
マセナリーの建物から、一度ジーベックの船内に戻ってきたアレンは、皆に依頼主の情報を共有していた。
「マキウス教会のシスター、イーディス、さらに傭兵、あっ、思い出したでござる、プラチナランカーの《天尾》ではござらんか?」
「ああ!、それだ!、《天尾》のイーディス、有名な傭兵だ、確か星害獣との戦争で活躍して、勲章を貰ったって話だ」
「強いの?」
「強いんじゃないか?、マキウス教会のシスターといえば武闘派で知られてるからな。どれくらいと聞かれると分からんとしか言えないが」
「つまるところ今回の依頼人は名の通った傭兵ってことか」
「そうでござるな、そうなるとアレン一人で行くのはリスクがある」
リオンは当然の懸念を口にする。
「私が一緒に行く」
「いや、ネオン、ここは某に任せてはくれぬか?」
「え」
「お頼み申す」
予想外の主張にネオンは戸惑う。
そういえばリオンのことはあまりよく知らないことに気付く、今までは優秀なケイトの護衛という認識しか持っていなかった。
元々アレンとシルヴァーナ、そして読書にしか興味の持たないネオンだが、判断材料がないことには困ってしまった。
(裏表はない女だとは思うけど、アレンを任せることは…うーん)
「ネオン、ここはリオンに譲ってくれないか?」
「アレン」
「リオンは護衛が本業だろうし、ネオンは今回の依頼で頑張ったんだからたまには休んでくれ」
「ん、アレンが言うなら。リオン、任せる」
「うむ、相分かった」
◆◆◆◆
送られてきたナンバーの港へ向かう高速鉄道に、アレンとリオンは揺られていた。
「アレン、気を遣わせて済まぬ」
「謝る必要はないだろ、俺と話したいことがあったんだよな?」
「うむ、アレンは何故傭兵を?」
「目的は二つだ、安住の地に住むことと、ARMSを造ることだ。そういうリオンは?」
「某は武者修行と婿探しのため」
「武者修行はともかく婿探し?」
「帝国の子女は己の夫を自分で探すのよ」
「それ、本当か?」
帝国の常識は詳しくは知らないが、そんな野性的とも言えるような婚姻活動が常道とは思えなかった。
「帝国の子女の理想で候、基本的には政略結婚が貴族の結婚の常識でござるな」
「貴族ってあれか、帝国が敷いてる封建制の身分だっけか」
「アレンには馴染みがない?」
「ないな、俺にとって貴族とか、決闘とかは完全に創作物の中の世界だ」
「はは、決闘、懐かしい、無礼な貴族令息を何度決闘で切り捨てたことか」
「…殺してないよな?」
「無論」
ちょっと不安になってしまったアレンだった。
「一つ聞きたい、アレンにとって大切なARMSのパイロットに何故某を選んだのでござるか?」
「理由は二つだ、一つは俺のARMSに乗れる適性があっつこと、二つ目は人柄を信頼できると思ったからだ」
「信頼」
「出会ったばかりで変だと思うけどな、最初に出会った時リオンは、ケイトに礼を言うようにと諭してただろ、あの時から俺はリオンの人柄を信頼してる」
「そんなことで」
「小さいことにこそ、その人の本性が透けるって話だ」
「アレンは人をよく見てるのでござるな」
「他人を見ずに自分の事ばかり考えて、後悔したからな」
「アレン、某をスターリングの一員として雇ってはくれぬか?」
「いいぞ」
「…随分とあっさりしている」
「驚くことじゃないだろ、確かにリオンにはソルレアを任せられると思ってるけど、自分の船に乗って欲しいと思うのは我儘じゃないだろ」
「ふふ、私情まみれではクルーの皆に呆れられるのでないか?」
「ネオンとエレンは大丈夫、ゼナはどうだろ、傭兵団に利益があるって説明すれば、納得してくれるよ」
「ひとまずは護衛を頼む」
「任されよ」
◆◆◆◆
目的地に到着したアレンとリオンは、高速鉄道から降りる。
ホームを軽く見渡すと、明らかにカタギではない人間を見つけてしまう。
目元を覆うバイザー、頭の上に浮かぶ半透明の輪っか、そして臀部から生える爬虫類のような機械の尻尾、簡素な修道服を着ていなければ、シスターとは分からないサイバーパンクな容姿をしていた。
アレンは念の為、ライセンスを通じて到着した旨とこちらの特徴を送信する。
キョロキョロと周囲を見回したサイバーパンクシスターは、こちらの姿を認めると近づいてくる。
「貴方がアレンですね?」
「ああ、そっちは依頼人のイーディスだな」
「ええ、初めまして、そちらの方は?」
「彼女は同じ傭兵団のリオンだ、護衛みたいなものだと思ってくれていい」
「へぇ、リスクヘッジができると、それに貴女は強そうね」
バイザー越しであっても、イーディスに値踏みされているのがリオンには分かった。
「もしアレンに何かしようとするのであれば、血を見ることを覚悟せよ」
「ふふ、貴女の刃で私の義体を切れますか?」
「試してみようか」
まるで火花を散らすように二人が睨み合う中、アレンはイーディスの義体をつぶさに観察していた。
(美しいな、まるで本物の尾のようだ、マキウス教会は独自の義体製造技術を持つと聞いていたがこれほどとは。それに頭上に浮かぶ外部センサーユニット、ただのセンサーユニットには見えない、何が別の機能がありそうだ、もしかして…)
ほんの一瞬イーディスの全身を観察しただけで、思考が別の方向へ行きかけたアレンは、自制して、首を横に振る。
「アレン?」
「いや、大丈夫だ。イーディスさん、今日はよろしく」
「…よろしくお願いします」
「何故少々不満げなんだ?」
「アレンにペースを乱されたのがお気に召さなかったのでござろう、あまり気になさるな」
小声で教えてくれたリオンになるほどと、頷きつつ、移動を始めたイーディスの背を追った。
駅から港エリアに入り、自動歩道を十分ほど歩いたところで、降りた。
「おお、この船は”ドラクロワ”か」
「驚きました、”ドラクロワ”を知ってるのですか?」
「かなり特異な船だから、一応知識としてな」
「この小型戦闘艦は特殊な船なのでござるか?」
リオンの目にはアレンがドラクロワと呼んだ目の前の傭兵艦は特にこれといった特徴がある船には見えなかった。
「コンシールド装甲の船だからな」
「ほほう」
「依頼が終わったら説明するよ」
「うむ」
イーディスがハッチを開け、アレンとリオンは”ドラクロワ”に乗り込んだ。
格納庫とみられるような場所に、案内され、イーディスは机の上に座る。
「それでは修理をお願いします」
バイザーを取り外したイーディスは、アレンに手渡す。
「ーーー」
「初めて見るでしょう」
「ああ、初めて見るタイプのバイザーだけど直せるぞ」
「本当ですか?」
「嘘はつかない、時間をくれ」
「もちろんです」
アレンは持ち込んだ工具を広げ、小型端末を操作し、作業を始める。
イーディスとリオンはアレンの作業が終わるのを待つ。
「貴女の御仲間は優秀ですね」
「もし手を出すつもりなら戦争でござるよ」
「ただの感想ですよ」
「某が懸念しているのはお主が抱える面倒事に巻き込まれぬか否かでござる」
「ふふ、大丈夫です、たかだかバイザーを修理した程度で、何もありませんよ、そうではなければマセナリーに依頼など出しません」
「マセナリーに依頼を出す意図が分からぬ」
「仕方がない、私の知るメカニックたちでは修理できなかったんだ。だからマセナリーに依頼を出したのさ、傭兵団に所属するメカニックは少なくないからね」
航宙艦にしろ、戦闘艇にしろ、ARMSにしろ整備は必須なわけで、メカニックを抱える傭兵団は少なくないという言葉には納得できた。
「それでテストというわけか」
「そうです、依頼遂行能力のない人間に来られても時間の無駄ですから」
二人が話している間にも、修理が終わったのかアレンが近づいてきた。
「直ったぞ、問題がないか確認してくれ」
「は、早いですね」
「端的に言えば破損したパーツをレプリケーターで作って、交換しただけだからな、初見だから少し手間取ったけど」
「破損したパーツは一つではなかったと思いますが」
「いくつでも同じだ、スキャンすれば足りないパーツは一目瞭然だからな」
「初見の機械のパーツをスキャンしただけで、構築できるのですか?」
「で、できるだろ、壊れてはいても壊れる前は動いていたんだから」
ずいっと詰め寄られたアレンは、どもりながらも答える。
「アレンと言いましたか、私の船に乗りませんか?」
「おい」
「勧誘くらいいいではないですか、それでどうですか、アレン、貴方の望む給料を支払いますよ」
「気持ちは嬉しいが俺には帰る船があるんだ、悪いな」
「ではこの”ドラクロワ”ごとその船に乗せてくれませんか?」
「はっ?」
斜め上の提案にアレンは思わず間抜けな声が出てしまった。
「無茶を言うな、うちの船に小型戦闘艦を載せる余裕なんてない」
「別にアレンの船に乗れなくても、構いません。アレンの整備を受けられる環境にいたいのです、勿論損はさせませんよ?」
「腕を買ってくれるのは嬉しいけど、うちの傭兵団はいろいろ立て込んでて、新たなメンバーを雇う余裕がないんだ、すまない」
「アレン、貴方が誠実に話してくれているのは分かりました。それではその余裕とやらができたら連絡してください、宇宙の果てに居ようと飛んでいきますから」
アレンは有名な傭兵であり、マキウス教会のシスターの通信コードを手に入れたのであった。




