表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

12(リュシー視点)

リュシー視点。短めです。






 痛い。

 痛い。

 痛い。


 あの男に掴まれた腕が痛い。


「くそっ! あいつ、思い切り力を入れやがって!」


 リュシーは腕を擦りながら悪態をついた。

 こんなにもイライラするのは、あの男とタリアのせいだ。


 違う──タリアのせいだ。


 リュシーと別れたばかりなのに、他の男に尻尾を振るような尻軽女。

 そして一緒にいたのは、リュシーと比ぶべくもないボサボサ頭の冴えない男。

 少しばかり身体つきががっしりしていたが、それだけだろう。あんなのが自分の代わりだなんて認めない。

 タリアが他の男に笑いかける姿など見たくなかった。あの微笑みも、あの声も、あの身体も唇も──全てリュシーのモノだ。どこの誰ともわからない他の男になんか渡さない。

 彼女の世界に存在するのはリュシーだけで十分だ。リュシーの世界がそうなのだから。

 今までもこれから先もずっと。


 なのに。

 タリアは裏切った。


 リュシーが先に浮気したのだと主張していたが、自分の浮気こそを正当化しようとしているに違いない。

 大体、リュシーの方はその気もないのに浮気とはおかしなことだ。あの化粧女はただの道具でしかない。兄、両親、使用人、その他リュシーを嘲笑いこんな狭い世界に閉じ込めた彼らを見返すための、道具。

 

 結婚なんかしなくたって一緒にいられるだろう。

 リュシーが裕福な貴族になれば、タリアを養ってやることだって可能なのだから。愛人になれば、生活も安定するからもう役場などで働かなくてもよくなるのだ。


 なのに──何故。


 腕だけではなく全身が痛いと悲鳴を上げるが、リュシーは殴られたりはしていないはずだ。

 一体どこが痛いのだろうか。

 一体何が痛いのだろうか。


 もう、どこが、何が、痛いのかわからなかった。


 腕なのか、胸なのか、頭なのか──。

 二人の兄に時折殴られることはあったが、もう昔のことだ。木刀の柄で殴られた背中のみみず腫れも、底の固い靴で蹴られた脇腹の痣も、もうとっくに消えている。

 最近の兄たちは、末の弟にかまけている時間がないほどに多忙を極めているらしい。顔を合わせれば嫌味を言ってくるが、それだけだった。リュシーも大人になったし、やり返されるのを恐れているのかもしれない。


 家の中でリュシーは常に一人だった。

 両親は商会の仕事で朝夕なく忙しく、兄たちもその手伝いに駆り出されている。

 末っ子のリュシーの面倒は主に使用人が、勉強などは家庭教師が見ていた。使用人といっても通いで食事の用意をしたりするだけの人間だ。家庭教師は貴族が雇うような高尚な教師ではなく、読み書きや計算ができるだけの商会の関係者だ。

 彼らは、常に面倒そうに眉をしかめながら、リュシーに話しかけるのだ。

 使用人や教師が女だった時だけはリュシーに甘かったが、それだって彼の見目がいいからだろう。むしろ変な色目を使ってきて気味が悪かった。


 だから、ずっとリュシーは一人だった。


 そんな一人きりのリュシーの世界に現れたのがタリアだった。

 タリアはいつも両親に連れられて来ていた。つまらなそうにしていたので、家庭教師から教わったことを教えると、感心しながら喜んでくれた。

 自分を必要だと笑顔で、全身で、表現してくれたのは、その少女だけだった。彼女はリュシーを一人ぼっちの世界から連れ出してくれた。

 それからは、何をするのも彼女と一緒だった。

 何年か後にタリアの両親が亡くなった時も一緒だった。夜通し泣き続けるタリアの傍で彼女を慰めたのはリュシーだ。

 悲しむ彼女の傍らで、彼女を独占できる暗い喜びを感じていた。

 自分を頼り、縋り、必要としてくれる──そんな人間はタリアが初めてだったから。


 何があっても手放すわけにはいかない。

 自分の、あれは自分だけの光だ。







「旦那、個人的な取引きはこれっきりにしてくださいよ?」

「わかってる。いいから早く出せ」


 背の低いあばた顔の男が、さっきから何回も渋い顔をしながら念を押してくる。リュシーは組んだ腕の上で中指をトントンしながら、苛立たしげに答えた。


「男爵様にバレたらアタシもヤバいんですからね」

「わかったわかった」

「……旦那のことも一応信用しますが、コイツを変なことに使って騒ぎなんか起こさないでくださいよ? 最近、騎士団が色々嗅ぎ回っていて、こっちの身も危ないんですよ。痛い腹探られちゃかないませんからね」

「騎士団か……」

「危ない橋を渡るんですから、ちょっと高くつきますよ?」

「……ああ」

「巻き込まれるのはゴメンなんで、何に使うかは聞きやしませんがね。くれぐれも頼みますよ?」

「──ああ、わかってるから早く寄越せ」

「はいはい……」


 男は懐から紙袋を取り出すと、金と交換でリュシーに手渡した。

 リュシーはそれを受け取ると、くるりと踵を返して男に背を向けた。


「こいつを使って──」


 遠ざかりながら何やらブツブツと呟いていたが、男の耳にはもう届かなかった。






 大丈夫だ、今ならばまだ。

 きっと、取り戻せる。

 リュシーにはタリアが必要なのだから。

 ひょっとして頼り、縋り、必要としていたのは自分の方なのかもしれない。

 だが今更。

 そんなことは認められない。

 だからリュシーがやるべきなのは、あるべき形へと戻すことだけだ。



ただのアホクズ男だったはずなのに、何故かちょっと病み気味に……なぜだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ