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そんなこんなで、タリアは再びメイドたちによって拉致されることになった。
連れてこられたのは昨夜一泊した客間だった。
質素な自分の部屋を思い浮かべ、この豪華な客間と比べて少し可笑しくなる。
本当に何故、今自分がこんなところにいるのかわからない。
ルドランがいなくても、タリアの日常は変わらなかった。朝起きて朝食を食べ職場へ行き、仕事をして家に帰り、そして寝るだけの日々。
でも、少しだけ寂しかったのは確かだ。
デートの翌日は顔を見るのがあんなに恥ずかしかったのに、今は顔を見ることが出来てとても嬉しかった。
恥ずかしくて、心配で、寂しくて、驚いて、嬉しくて……おかげで失恋で落ち込む暇もない。
その間も、メイドたちが嬉しそうにあーでもない、こうでもないと言いながら、タリアの周りをウロウロしていた。
髪はさらさらに梳られた後、コテをあてられてクルクルとカールされた。そして、顔の周りの髪は丁寧に編み込まれていく。
髪に気を取られていると、今度は普段あまりしない化粧を施された。
何だかするするした液体やどろりとした液体をペタペタと塗られ、白粉をはたかれたと思ったら、様々な太さの筆がニョキっと現れて、顔のあちらこちらに大規模な修正(?)を施し始めた。
そして、メイドの一人がクローゼットから出してきたドレスに慄いた。
それは確かに見覚えのあるデザインで、デートの時に洋品店で試着したものと同じだった。ただ、色が違う。洋品店で試着したドレスは薄い水色だったように思ったが──今メイドの手にあるものは、それは見事な天鵞絨のクリムゾンレッドだった。
「これ……」
「若様がお嬢様のためにお買い求められたものですよ。マダムヴィヴィアンのお店のものですわね」
「ま……まさか……」
まさか、あの高級そうな店でドレスをオーダーしたのだろうか──出会って二日ほどしか経っていない女に? 何だかちょっと重い気がしないでもないような……。
貴族の三男と言っていたし、騎士団からいっぱい給料を貰っているだろうから、それなりにお金は持っているのかもしれないが。
明らかに使い所を間違っている。
(一度しか着ない服にこんな……)
戸惑いを隠せない。
もしタリアだったら、ドレスは買わずに半年分くらい寮費を先払いして、美味しいものを買って温泉旅行にも行って──。
「ねぇ……これ、つけなきゃダメなの……?」
「乙女の標準装備でございます」
そんな妄想で頭をいっぱいにしたタリアの目の前に姿を現したのは、ドレスだけではなかった。その名は──。
(コルセット!)
手にしているメイドは心なしかニコニコが二割増くらいに見える──あれは悪魔の微笑みだ。
先日の試着の時の地獄のような苦しみをまた味わうのか……タリアの顔から表情が消えた。
「やだ……やめて……お願い……それだけは……」
「大きく息を吸ってー吐いてー! はい、止めてくださいっ!」
「ぐぅぅっ!」
二人のメイドが左右からぎゅーっと紐を引っ張る。一人はタリアが逃げ出さないように正面からホールドしている。この後においてタリアが逃げると思っているのだろうか──まぁ、多分裸足で逃げ出していたが。
仕舞いには、ぐげぇ──という妖怪のような声を出しながら、タリアは乙女の標準というものを装備した。
手慣れた様子でささっとドレスを着せられると、どこからか鏡が運ばれてきた。
「お嬢様、お美しいです!」
自分はお嬢様なんかじゃない、そう言おうと思ったが、鏡に映った自分を見て息を飲んだ。
誰だ、これは──。
「特殊メイクだわ……」
普段の自分の顔は案外気に入ってるし、決して卑下する訳では無いが、それでも今までの化粧はお子様の遊びの延長だとしか思えなかった。
プロの仕事は凄い。
髪も一本のほつれも後れ毛もないようにしっかり編み込まれているのに、固くなりすぎず女性らしさが引き立っている。タリアが頭を振る度に、髪に編み込まれた金糸がキラキラと光を反射した。
「さぁ、若様がお待ちですので行きましょう」
ただ茫然と鏡を眺めていたタリアの手を引いてくれたのは、昨日から何くれとなく面倒を見てくれるマウラという少し年配のメイドだった。
「若様というのはルドランのことなの?」
「左様でございますよ」
「ルドランにはお兄様が二人いらっしゃると聞いたのですが……」
「ウェイゴールド家には三人のお坊ちゃまがおられますが、一番上と二番目のお坊ちゃまは既にご結婚され、家督や爵位をお継ぎになっております。ですが、若様には今まで浮いた話もなく、旦那様がお世話したお嬢様方の紹介も全て断ってしまわれ……もしや女性には興味がないのかと心配しておりましたが……」
ずいっと歩み寄られて少し仰け反るタリア。すると、マウラはタリアの手をぎゅっと握りこんだ。
「お嬢様のような方がいらっしゃって、とても安心致しました! 本当にありがとうございます!」
「え……は、はい……どういたしまして?」
何だか少し、涙ぐんでいた。
タリアが玄関へ向かうと、ルドランが玄関の脇で待っていた。
振り返ったルドランは、満面の笑みになってタリアに向かって手を差し出した。
しかしタリアは一瞬、手をとるのを躊躇った。
(え……ちょっと待って、誰これ……?)
「綺麗だよ、タリア」
「あっ……!」
結局、伸ばしかけた手が掴まれ、引き寄せられた。
聞き覚えのある声で囁かれて、驚いて舌を噛みそうになる。
「やっぱりルドラン──なの?! その格好……」
よく見たら、ルドランが洋品店で試着していた服に違いない。体型もこんな感じだった気がする……多分。
しかし……トレードマーク(?)のボサボサの前髪が消えていて、まるで別人を見ているかのようだった。。
襟足の髪が短く切りそろえられていて、伸び放題だった前髪はオールバックになっている。
そして顕になった瞳は赤く輝いていて──まるであの時のように。
(──……ん?)
「ねぇ待って! もしかしてあなた、あの時の?!」
タリアは思い出した。
建国祭の日にすれ違ったイケメン騎士のことを。
まさか、八つ当たりで赤い星花を帽子にさしてやった騎士だというのだろうか。
そうだ、あの日もこんな風に前髪をオールバックにしていて──深紅の瞳が印象的だった。
ルドランは驚きが隠せないタリアの様子を見て、悪戯が成功した子供のように嬉しそうに微笑んだ。
(ぎゃーっ! イケメンが微笑んだ!)
その微笑みに思わず息を飲む。
みるみるうちに顔が熱くなる。頭から湯気が出そうだ。きっと、茹でダコのように真っ赤になっているに違いない。
あの時、赤い花を帽子に差された恨みを晴らすためにタリアに近づいたとか?
それでも、そんなことのために高いドレスを買い与える意味がわからない。
「さて、サプライズも成功したことだし、詳しいことは馬車の中で話そうか? それでは参りましょう、姫君」
タリアの手を取ったまま、歩き出すルドラン。
あまりの非現実感にふわふわとした足取りのタリア。
いつもなら姫君じゃないと突っ込むところだけど、何も言葉が出てこない。
姫というよりは親に引率される子どもの気分だ──いや、連行?
(う……えっと……あのイケメン騎士がルドランで、ルドランがイケメン騎士で……ぇえええ……)
絶賛混乱中。
(お願いだから誰か! 私にもわかるように説明して!)
タリア達は馬車へ乗り込みますが、次回はちょっとお久しぶりのリュシー視点の予定です。まだ直し終わってない……。
でも、明日の夜更新予定!




