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「まさか、あの日すれ違ってただなんて……」


 タリアは馬車の中で頭を抱えた。

 二人が出会った建国祭の日はリュシーと別れた日だ。

 ちなみに馬車は既にパーティーの開かれる男爵邸へ向かって出発していた。

 貴族の馬車だけあって、街中の乗合馬車とは乗り心地が全然違う。


「まぁ、タリアのことは一方的に知ってはいたし、ぶつかる前から姿を見かけてはいたんだ」

「えっ……そうなの?」

「なんだかぼーっとしてフラフラ歩いていたし、危なっかしかったから注意すべきかどうか迷いながら近づいたんだ」

「あー……そう……そうね、確かにぼやっとしてたかも……」


 前日に見たリュシーの浮気現場が衝撃的すぎたから。

 前の日の夜にたっぷり泣いたせいもあって、寝不足でフラフラもしていたかもしれない。


「見かけたなら、すぐに声をかけてくれればよかったのに」


 タリアが不満げに口をとがらせて言うと、ルドランは赤い目を細めてクスリと笑った。


「忘れてるかもしれないけど、あの時僕たちはまだ『知り合い』ですらなかったんだよ?」


 ──確かに。


 あの時はただ、リュシーの浮気をどうやって追求しようかとか、泣いて土下座されたら許すのかどうか、とかしか考えてなかった。

 例え騎士の警告でも、素直に聞けていたか怪しい。


「騎士団が出張って警邏けいらしてるのに、路地裏に女の子を引っ張りこんだりされては困るんだ──まぁ結局、君の場合ケースは女の方が男を引っ張りこんだ訳なんだけど」

「えっ?! ちょっと待って! み、見てたの、あれを……?」


 なんということだろう。もう既に帰りたい。帰って穴を掘って首まで埋まりたい。

 ルドランの顔をチラッと見やると、たいそうニヤニヤしていた。タリアをからかって楽しんでいる。


「まあね。

 お祭りの日はたがが外れる人間もたまにいるから危ないんだ。国外からの観光客も多いしね。フラフラしてるとすぐに変な奴に目をつけられる。最悪、他国の奴隷商人が入り込んだりすることもある。

 例えば君がそういう趣味で、自ら率先して男を路地裏に引っ張り込んだとしても。それはそれで治安だったり対外的な観念から注意しなくちゃと思って、後をついていったんだよ。

 それに、もし痴話喧嘩だとしても逆上した男に逆に暴力を振るわれることだってある。だから念の為に路地裏を覗いたんだけど……」


 ルドランがククッと喉の奥を鳴らす。

 嫌な予感がするから、できればもうやめて欲しい。タリアは思わず耳を塞ぎたくなった。


「まさか、女の方がが男をぶっ飛ばしてるなんて思いもしなかった」


 もう顔を上げていられない。顔から火が出そうだ。


「ものすごく格好よかったんだ」

「へっ?」


 タリアが顔を上げると、つとルドランと視線がかち合った。ルドランの赤い瞳が、急激に熱を帯びる言葉と感情に合わせるように、その輝きをいや増した。


「路地裏で仁王立ちして、拳を握りしめて、男に啖呵を切る君は──陽の光なんか当たってもいないのに輝いて見えたんだ。その姿に惚れたってことだよ」


 キラキラとした笑顔で言われて、タリアはうぅと唸った。女が男をぶっ飛ばすような女を格好いいだって? 普通の女性はそんなことをしないことくらい、タリアも承知している。


(もしかしてからかってる──?)


 往生際が悪くそう考えもしたが──。

 ルドランの燃えるような赤眼は、明らかに熱を孕んでいて──落ち着かない。


「趣味が悪いのね」


 しどろもどろになりながら、そう皮肉るのが精一杯だった。


「えぇぇぇ……そこは逆だろ? 趣味がいいって言ってくれないかな? 割と人を見る目はあるつもりなんだけど」


 何故、そんな自画自賛的はずかしい言葉を言わなければならないのだ。タリアはとりあえずぶんぶんと首を横に振った。ルドランは苦笑しながら話を続けた。


「タリアはさ、自分が職場でなんて呼ばれてるか知ってる?」

「えっ……」

「『受付の冷徹姫』」

「はぁっ?! 何その恥ずかしい呼び名っ?!」


 思わぬ話を聞かされて、思わずタリアは立ち上がりかけた。


「タリアは知らないかもしれないけど、職場では結構人気があるんだよ。でも、食事に誘おうと思ってもつれない態度で即却下、もしくは誘いの言葉さえ掛けさせて貰えず玉砕するからなんだってさ」

「そんな……だって、付き合ってる人がいたんだから断るのが普通でしょう?」

「そうはいってもさ、男心は複雑なんだよな。結果的に断られるんだとしても、そこまでのプロセスが大事というか……」

「え……結局断るのにプロセスも何もなくない?」

「少しでも迷って欲しいんだよ、男の方は」

「迷う余地がなくても?」

「まあ、一瞬でもいいから夢を見たいというか」


 なるほど、男側の事情というやつか。


「ふーん……そういうものなのね──じゃあ……」

「これからも僕以外の男からの誘いは、即断っていいと思うけど」

「えっ」


 じゃあ、これから誘われたら少し間を置いてから断ることにしようと言いかけると、ルドランがその言葉を遮った。

 さっきまでと言ってることが違うじゃないかという抗議を込めてにらむと、ルドランはあははと声を出して笑った。


「僕はヤキモチやきだからさ。まぁ、そんな訳で職場で『冷徹姫』なんて呼ばれてる女の子の、そんな意外で格好いいところ見ちゃって惚れない理由がないよ。声をかけようと思って近づいたら逃げられちゃったけどね」

「あ……あれは逃げた訳じゃ」

「うん、知ってる。同じ職場にいることは知ってたけど、けんもほろろな噂の冷徹姫にどうやって声をかけたらいいか迷ってたんだ。だから、資料室で騒いでる君を見た時に、これは弱みにつけ込むチャンスだと思ったんだよ」

「弱みにつけ込むって……」

「つけ込んだでしょ? 冷徹姫っていうくらいだからバッサリ切り捨てられるかもだけど、流されてくれたらラッキーって思ってね」


 確かに、内容をばらされたくなければ提案に乗れと言われた気もする。あの時はもちろん本気に取ってはいなかった。


「まぁ、君は多分僕のことを知らないだろうから、知り合うきっかけだけ作れたら、もう少しゆっくり口説いていけばいいかなって思ってたんだけど──君の友人のおかげで思ったより早くデートにこぎつけられて僥倖だったね。彼女には感謝してる」


 ルドランは真っ直ぐタリアを見つめた。狭い馬車の中では逃げるわけにもいかず、身の置き場がなくてソワソワする。


「それで、改めて聞くんだけど、僕は恋人候補としてどう?」

「……恋人候補としてって言っても……私たち、まだ知り合ったばかりだし……その……」

「僕のことで聞きたいことがあれば何でも聞いて?」

「う……それはいいんだけど、そういうのじゃなくて……その、心の準備が」

「うん?」


 このまま流されてしまってもいいのだろうか。

 好意はありがたいし、嬉しいと素直に思う自分がいる。正直いって、彼の顔も声も好みどストライクだ。

 でも、タリアはリュシーと別れたばかりなのだ。失恋の傷もまだ完全に癒えたとは言い難い。それなのに別れてすぐ、別の男に寄りかかってしまってもいいのだろうか。

 失恋してすぐに違う男に乗り換える女ってどうなんだろう。節操がないと思われないだろうか。

 そういえば、リュシーと付き合っていたという話はマデリーンにしか話してないし、他の同僚たちは誰も知らないから大丈夫? マウント女のせいで、職場ではタリアとルドランが恋人同士なのではないかという憶測が元々飛び交っているようだし、問題はない──はず。

 色々な想いと葛藤が、タリアの中でグルグル渦を巻く。


「もう少しだけ考えさせて欲しいの──それに、あなたもよく考えた方がいいと思う。貴族なんでしょう? 私みたいな平民が恋人だなんて、家の人たちが何て言うか……」

「家族は何も言わないよ。賭けてもいい」

「──だとしても! 私たちは、もう少し時間をかけてお互いを知ることが必要よ。そうよ、うん。ねっ?」

「ねっ? って言われてもなぁ……うーん。そもそも、パーティーに一緒に行くこの状態で付き合ってないというのもおかしな話だと思うんだけど……まぁ、馬車これが会場へ着くまでにまだ少しかかるだろうし──……これからじっくりタリアの話を聞かせて貰おうかな?」

「わ、わかったから、近づかないで……」


 何故貴族用の広い馬車の中で隣に座らなければならないのか、理解不能だ。

 イケメンのキラキラオーラは正視にたえない。顔が熱いから真っ赤にはなっているだろう。何だか不整脈も起きている気がする。

 あの顔で、これ以上近づかれたらまずい。


(あーもう……素顔の破壊力あり過ぎでしょ。聞いてないよこんなの。ドキドキし過ぎて……ヤバい、死にそう……)


 あの前髪、もう一回額の上に降臨しないかしら……ドキドキを抑えるために窓の外に視線を移しながら、タリアはそんなことを考えていた。









お読みいただきありがとうございます!

馬車の中はこんな感じでした。


明日もまた夜の更新です。

多分後2、3話くらいで終わると思います~(予定は未定(汗))


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