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最終話:それから

「……以上が、セリス様が輿入れする道中の顛末なのでございますよ」

 ハインフェルトが語り終えるやいなや、大人しく聞いていた子どもたちがワッと声を上げた。頬を紅潮させ、椅子からずり落ちんばかりに机に前のめりになって質問を投げかけてくる。

「悪いやつらは捕まえられて殺されちゃったの!?」

「それからふたりはほんとに会えなくなったの?」

「わたしもハインフェルト踏めるの?」

 9歳の長男アーデルベルト、7歳の長女ケイリア、4歳の次女ヴィオレットが同時に口を開くと、王宮内とは思えない騒がしさだ。ハインフェルトはにっこり笑いながら、丁寧に質問に答えていく。

「アーデルベルト様、この国ではどんな罪人も法廷で裁かれますから、その場で殺されたりなんてことはありません。まあ、他のふたりはともかく、不精髭の男は重い刑が科せられたでしょうね。刑法の勉強は、もう少し大きくなられたら始めましょうね」

 アーデルベルトは「裁判見てみたい!」と目を輝かせた。

「ケイリア様、正確に言えば1度だけセリス様にお会いしました。妹ローザ=クレアの結婚式に出席した際です。でも当時のセリス様は、丁度あなたを身ごもっていらっしゃった時期でしたので、ゆっくりお話しすることはかないませんでした」

「じゃあわたし、お腹の中でハインフェルトに会ってたのね!」

 素直なケイリアの反応に、ハインフェルトは笑顔で応える。だが3番目のヴィオレットの質問は、先に回答されてしまった。

「ヴィオレット、由緒正しい姫君は殿方を踏んだりしないものよ」

 声の主は、椅子からずり落ちそうになっている次女を後ろから抱きかかえると、正しく座り直させた。

「だってお母様だけ。ずるい」

 子どもたちがいっせいに振り向いた。

「わたしはもう時効ってとこね。だいたいあなたたち、『ハインフェルト先生』って呼ばなきゃダメって言ったでしょう。わかった?」

 はーい、ハインフェルト先生、と子どもたちが復唱した。母譲りのブロンドを持つ3人の子供たちが並んでいる姿を見るたび、親鳥と雛鳥のイメージが浮かんで微笑ましい。

「ほら、物語の時間はもう終わり。次は外で運動でしょ。行ってらっしゃい」

 控えていた侍女が、子どもたちを部屋の外へ連れ出していく。それを見守っていたら、最後に部屋を出るケイリアがひょこっと振り返って言った。

「お母様とハインフェルト先生は、レンアイしてたの?」

 眼鏡がずれそうになった。

「こないだ読んだ本に書いてあった。男の人と女の人が好き同士になるの、恋愛っていうんでしょ」

 アーデルベルトが「はやく!」とケイリアを呼ぶ声がした。彼女は鈴の音のような声で返事をすると、呼ばれたほうにぱたぱたと走っていった。

「……信じられる? 子どもって、ほんと知らないうちにマセていくんだから」

 ハインフェルトは窓際のテーブルに手招きされた。テーブルにはお茶の準備がしてある。

「わたしも年をとるわけだわ」

 その口調がおかしくて、ハインフェルトは思わず笑ってしまう。

「笑わないでよ」

「だってセリス様、3人のお子様がいらっしゃるようにはとても見えませんよ。昔とまったく変わらない」

「口がうまくなったじゃない。王立学術院ではお世辞も教えてくれたの?」

 セリスが頬杖をついて、にやりとした。

 12年という歳月を経たにもかかわらず、その姿は17歳のときと同じ、いや王妃としてのオーラが増して、それ以上の美しさだった。ハインフェルトは眼鏡の奥の目を細めた。


 結局、5年のつもりがもう1年、もう1年と研究を続け、さらには西国へ留学して戻ってきたら、気づけば10年以上が経っていた。乞われて新たな役職で王宮に戻ってきたのが昨年のことだ。

「聞いたわよ。あなたの論文を元にした河川工事が成功してるって」

「いえ、あれは共同研究ですし、成功したのもたまたま条件があっただけで」

「30歳で政務補佐官なんて大した出世じゃない」

 出自を差し引いても、確かに異例の抜擢だった。照れ隠しにハインフェルトは紅茶をすすった。

「忙しいのに、子どもの家庭教師なんかさせて悪いわね」

 セリスの言葉に、ハインフェルトは首を振って否定する。

「とんでもありません。どのお子様も飲み込みが早くて教え甲斐があります。ところでセリス様、先ほどの話は本当にしてよかったんですか? 詳しいことは省きながらお話ししたといえ……」

 窓から見える中庭では、子どもたちが歓声をあげながら遊んでいる。他の王妃の子どもも一緒だった。

「母親が貧しい田舎出身だってことは、知っておいたほうがいいでしょう。どうせ王になれるわけでもないし、子どもたちには現実を学んでほしいのよ」

 中庭を眺めているセリスの口許には、うっすらと母親の笑みが浮かんでいた。外見はほとんど変わらないとはいえ、そんな瞬間に歳月の重みを知る。ハインフェルトの知らないセリスの人生が、確然とそこにある。

 それは同時に、ハインフェルトもまた同じだけ人生を重ねたということだ。

「近々、子どもたちを連れてはじめて里帰りできることになりそうなの」

 ぽそりとつぶやいた声音には、隠しきれない喜びの色があった。

「それはそれは……! 喜ばしいことです、本当に」

 ハインフェルトは12年前の旅の景色を思い浮かべた。どこまでも続く赤茶けた道。宿屋の喧騒。深い森。小川のせせらぎ。あの夏のことは、今でもありありと思いだせた。

 記憶の奥から、車輪の音が響いてくる。

「12年も経ったのね」

「12年、経ちました」

 ふたりはしばらく、思い出の響きに身をゆだねていた。

 向き合ったまま黙っていると、本当に馬車の中にいるような錯覚に陥った。軍服姿の少年とドレスをまとった少女が、特殊な空間を共有している。

 何度思いだしても、思いだし足りない。

「ずっと、言わなきゃいけないと思っていたことがあるの」

 現在のセリスが言った。瞳がハインフェルトをとらえる。そのエメラルド色を超える美しさを、いまだにハインフェルトは知らない。この瞳に魅入られたら、無条件にひれ伏したくなってしまう。無意識のうちに背筋が伸びた。

「わたし、あのとき――」

 ハインフェルトの喉が、コクリと鳴った。

「本を投げて、ごめんなさい」


 予想外の言葉だった。

 ハインフェルトはセリスをまじまじと見つめた。セリスは頬をほのかに赤らめて、きまり悪そうにしていた。肩の力が抜けた。

「あなたという方は、本当に……」

 だから知っていたじゃないか、この姫にはかなわないのだと。

 もう軍服は着ていなくても、心はやっぱり、彼女に仕える騎士のままだ。

「それと、もうひとつね」

「なんでしょう?」

 苦笑しながら訊き返した。

「恋愛なんかじゃなかったわ」

 ハインフェルトの動きが止まる。テーブルの上に空白が生まれた。セリスはまっすぐに言った。

「もっと、ずっと、特別なものだった」

 ハインフェルトは視線を落として、また上げた。その短いあいだに、過去が部屋を横切って行った。

「私も、同じように感じていました」

 世界中の文献をあさったって、あの関係を言い表わせる言葉などみつからないだろう。それでよかった。

 ハインフェルトは微笑んだ。

「もう、子どもたちが戻ってくる時間ね」

 セリスが紅茶のカップを置いた。ハインフェルトもそろそろ会議の招集がかかる頃だ。

「行きましょうか」

「ええ」

 ふたり立ち上がり、並んで部屋をあとにした。

 今もまだ、馬車は走り続けている。道の続きを。乗り合わせた者同士だけが知る景色を運びながら。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

以下、蛇足的な後書きとなりますので、ご興味のある方はどうぞ。


処女作『さよならお兄ちゃん』を完成させたあと、しばし「何か書きたいのに、書けるものがない!」という放心状態に陥っていました。

あの作品は数年間温め続けてきたもので、内容的にもシリアスだったので、書き終えてガクッと来てしまったのです。そんなある日、今年流行のナポレオンTシャツを着てふと鏡を見たとき、「眼鏡×軍服」というインスピレーションが降りて来まして、「これだ!!」と・・・。

という感じで完全にキャラありき、設定ありきでスタートしてしまったのですが、前作が映像っぽい情景描写や間接表現に重きを置いた文芸だったとしたら、今度は勢いとキャラ重視のラノベくらいの感覚にしようと決めたので、ベタな展開やキャラをあえて投入したりして、書いてるぶんには割とラクでした。

もうひとつテーマとして決めていたのは、ボーイミーツガールの青春物語を描こうということです。

自分の生き方に自信がない、もしくは諦めてしまっている、立場のまったく違う少年少女が、出会いと別れを経ることで変わっていく。現代だとちょっと気恥ずかしくて手を出しにくいテーマですが、ファンタジーという世界ならば、と思ったのです。恋愛の要素もありますが、それだけじゃないなと思って、こんな結末になりました。ふたりがくっつくエンドを期待されていた方には、申し訳ありません。


ちなみにセリスは当初もっと性格の悪い高飛車な女の予定だったのですが、書いてるうちに結構可愛げのある人になってしまいました。逆にハインフェルトに関しては、「生真面目で幼い少年が、次第に責任感と職業意識に目覚める」という設定だったんですが、終盤あたりちょっとシリアスになりすぎたか?と思って、チンピラにボコボコにされることで相殺しときました(笑)

今後のふたりの関係は、本文中に組み込もうかどうか迷ったのですが、15年後くらいに、国王が死んでからどうにかなればいいんじゃないかな・・・くらいに考えています。って、もう中年ですけど。


今回は、特にコレといって偏聴していた音楽はないのですが、秋以降だとKaty Perry『Teenage Dream』やHurts『Hapiness』をよく聴いていました。あと個人的にMarina And The Diamondsの「I Am Not A Robot」という曲が、なんとなくセリスのイメージにかぶってます。


ここまで長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。

感想・評価等お待ちしております。

本当にありがとうございました。


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