ライセ
(どうして私をここに連れて来たのかしら?)
魂を奪うのが目的なら悪魔だが、謎の女は人間だと言う。
「自己紹介させていただきます」
カテリーナの懸念をよそに、謎の女性は小さな紙片を両手で差し出した。
“魂の管理人 ライセ” と書かれている。
「はじめまして。ライセと申します。便宜上、あなたにはそう名乗らせていただきますね」
「ライセ……さん?」
「はい。それでですね……実は私、約200年後の未来に生まれ変わった、あなたなのです」
「……はぁ?」
意味不明すぎて、カテリーナには知らない外国語に聞こえた。
「できればドイツ語かイタリア語で話してくださる? 得意ではないけれど、フランス語でもよくてよ?」
「ここは言語に関係なく意思疎通できますが」
「私は今、ドイツ語で話しているわ」
「あなたの認識はそうですが、今こうしてお話しできているので問題ないです」
先ほどから何を言っているのか。
話が見えない。
魂の管理人ライセと名乗った女性は、とまどうカテリーナをよそに何か考え込んでいる。
「そうだった。キリスト教徒には輪廻転生の概念がない。どう説明するかなぁ」
数秒後、カテリーナの目の前に両手を左右に広げたほどの幅を持つ額縁が現れた。
高さは大人の背丈ほどで、窓のように遠くの街並みを映している。
景色はだんだん小さくなり、はるか高みから山河を見おろしているかのようだ。
(これはいったい何? 王宮が、シュテファン寺院が……ドナウ川も! 街並みがどんどん小さくなっていくわ。鳥になって空を飛んでいるみたい……)
そして、その動きが止まった時、額縁の中に大きな大陸と海が見えた。
(これは地図? お父様の書斎にある地球儀に似ているわ)
山河の形まで立体的で、作り物には見えない。
しかも、各国の領土が一目でわかるよう線引きと色分けで示され、国名と主要都市も記載されている。
「説明しよう!」
ライセは手にした細長い棒で地図を指し示した。
景色が地面に近づき、カテリーナが良く知るウィーンの街並みを映す。
「あなたが暮らしたウィーンは、ここです」
「あれはシェーンブルン宮殿だわ。ライセさん。この額縁の向こうはウィーンなの?」
「はい。でも、街を映しただけなので行き来できません」
「魔法の鏡なの?! この場所と地続きに見えるわ」
ライセは映像を元の全体図に戻し、右端の小さな島を示す。
「今から約200年後の未来に、あなたはこの島国……東の果てにある “日本” という国に生まれ変わります。今のあなたとは別の人格と人生を生きた人間に。それが、この私でぇっす♪」
語尾に音符が見えた気がする。
ちょっと待って。何を言っているのかわからないわ。
そう口をはさむ間もなく、ライセは説明を続ける。
「日本は、あなたが暮らした国々では “ヤーパン” とか “ジャッポーネ” という名で知られているのでご存じのはず。それに、ここはかつて “黄金の国ジパング” と呼ばれた国ですよ」
「ヴェネツィア商人の旅行記の? たしか、教皇の手紙を遠い東の国の皇帝に届けたとか。もう五百年も前の話だわ」
「はい。マルコ・ポーロの『東方見聞録』ですね」
その話を耳にしたのは、カテリーナがヴェネツィア共和国に住んでいた時だ。
それはともかく、生まれ変わり? 魂の管理人? そんな戯言をカテリーナは信じない。
「というわけで、未来の時代に生まれ変わったカテリーナさんが私なので、私のことは来世…… “ライセ” と呼んでくださいね♪ どうぞ、よろしくお願いいたします。私の前世、カテリーナさん」
ライセは深々とお辞儀し、人懐こい笑顔を見せた。
「ライセ? 来世?!」
「はい。それで、もしよろしければ……あなたの復讐と、人生を書き直すお手伝いをいたします」
ライセはそう言うと、カテリーナが生まれてから今この瞬間まで一度も想像したことすらない、不思議で信じがたい話を続けた。




