第一幕 第一場 火刑台のカテリーナ(1)
もう、この言葉しかない。
「もっと薪をくべて! 早く私を焼き尽くして!」
修道女カテリーナ・フォン・ヴェニエ男爵令嬢は、名も知らぬ村の広場で燃え盛る炎に包まれていた。
魔女として火あぶりにされたのだ。
自分の体が焼かれる臭いと煙が、カテリーナの肺に容赦なく入り込む。激痛と呼吸困難で気を失うこともできない。
炎はじきに彼女を完全に呑み込むだろう。
「あああああーっ!!!」
耐えきれず何度も絶叫したが、喉をつぶす毒を飲まされたせいで枯れた小声しか出ない。
炎と煙が、澄み切った青空を曇天の色に変えていく。
死の恐怖と痛みで正気と狂気の往復を数えきれないほど繰り返すカテリーナは、自分の体が一瞬でも早
く燃え尽き、この生き地獄から解放されることを願った。
(神様! 我らが主イエス・キリスト! 私は魔女ではありません!! それなのに何故、助けてくださらないのですか?!)
天を仰いで問う。
これまでの人生で数えきれないほど祈った神に。
ただの一度も、助けてくれなかった神に。
神は声が届かない場所にいるのか?
罪深い者には答えないのか?
……それでも問わずにいられない。
祭壇に花を飾って祈りを捧げ、貧しい人たちに奉仕することが喜びの、
神の愛を信じた修道女の私が……
今、何故、こんな目にあうのですかと。
「魔女を燃やせ!」
「くたばれ、アンゲラ。悪魔の情婦!」
村人たちが口々に罵る。彼らは火の粉が届かない距離で火刑台を囲んでいた。
アンゲラへの恨み言や罵声を浴びせる者。
直視できず十字を切る者。
人が生きたまま燃えていく様子に耐えられず、気を失う者。
見世物として喜ぶ者。
全員がカテリーナをアンゲラだと信じ、地獄堕ちを願った。
「私はアンゲラじゃない!」
カテリーナの声は炎の爆ぜる音でかき消され、誰の耳にも届かない。
痛覚が麻痺したか、心が壊れたのか。
カテリーナには、この現実がどこか別の世界の出来事に感じられた。
今までの人生も、今この瞬間でさえも、何一つ実体のない不確かなモノだと。
(夢を見ていたの? だとしたら、この人生は悪夢だったわ)
苦しむカテリーナの眼前に小柄な修道女が現れた。
かつて彼女が心の師と仰ぎ、信頼を寄せたマリアだ。
煙と臭いを吸わぬよう口元にストールを巻いているが、本当の理由は素顔を隠すため。
この女こそ “魔女アンゲラ” なのだから。
(マリア。おまえを許さない。必ず復讐するわ)
復讐する相手はマリアだけではない。
(信仰に人生を捧げた私を救わず、マリアを罰しない神も許さない。二度と神を……もう誰も信じない!)
そう思えど、もはや為すすべがない。
最高の娯楽を目にしたマリアは、達成感と幸福感に酔いしれていた。
すべての瞬間を見逃すまいと、腫れぼったい目蓋に覆われた目は最大限見開かれ、口元は喜びに満ちている。
「この瞬間のために、お前を生かしてやったんだ」
その瞬間、カテリーナは見た。
下品な笑い声とともにマリアの口から大量の黒い煙が湧き上がり、悪魔の顔をかたち作るのを。
邪悪な笑みを浮かべたその顔が、仮面の如くマリアに同化するのを!
(悪魔憑き? いいえ、悪魔そのもの!)
これがマリアの本性だと伝えるため、神がカテリーナに見せた奇跡かもしれない。
だとしても、神の御業が今さら何の役に立つ?
神を信じて生きた結果がこれか……。
(神も悪魔も人間も……誰も、私を助けなかったくせに!!)
カテリーナの絶望を目にしたマリアの背筋に快感が駆け登る。
「ああ、神よ。お導きに感謝します!」
炎に包まれたカテリーナを見上げ、マリアは歓喜した。
そして、心の中で全世界に宣言する。
「よく見るがいい! アタシはおまえたちを新世界に導く救世主で、いずれこの世を統べる女神になる。それが神のご意思。その証拠に……ほら! 神はこの女をアタシの身代わりに殺す!!」
マリアは世界中の人々に崇め奉られる姿を妄想した。
それは子どもの頃から数えきれないほど頭の中で作った幻でしかない。
しかし、マリアは自分が持つ聖なる力で視た未来だと信じ、欲望を満たす正当な理由と免罪符にしてきた。
(マリアが憎い! ああ、この炎でマリアを焼き尽くせたら!)
体が纏う炎よりも熱い復讐の炎が、カテリーナの心に燃え盛る。
マリアは、カテリーナに向けて十字を切った。
村人の目には魔女を憐れみ、祈りを捧げる姿に映ったが……
これはマリアの完全勝利宣言だった。




