人間の99.999999%以上が出来ないこと
気持が落ち着く効果のあるハーブティーをライセが淹れてくれた。
「自分が今、何をどう感じているか。どうしたいのか。心の中を丹念に見ながら生きれば、自分に嘘をつきにくくなりますよ。
でもこれ、人間の99.999999%以上が……もっと少ないかな? 出来ていなくて。
まあ、難しいですからねぇ」
「それは、ほとんどの人が自分の本音に気づかず生きているということ?」
「そうです。本音を直視するのが怖いから」
「うぅ……確かにそうね」
「問題の本質に直面して感情を丁寧に読み解くことは、自分の心との距離がゼロどころかマイナスになる深堀り作業ですからねぇ。心が丸裸になる。
嘘偽りない事実や本音に気づいた時のダメージが怖くて、見ないフリする人の多いこと」
今のカテリーナには、身に染みてよくわかる話だ。
「人間関係も基本的には同じです。関係が深まるほど、お互いの心の中に近づいていく……。
互いの本音がぶつかると、心を守るために戦闘開始ゴングが鳴るんですよぅ。
そういうスッタモンダ、ヤッサモッサする関係をパートナーとの課題にする人たちが私の生きた時代にも多くいて……。
そんなのもう時代遅れだし、面倒くさいのにねぇ。ははっ……私の両親がそうでした」
ライセの説明に、カテリーナは唸った。
(なんだか不思議な気分だわ……)
形容しがたい感覚が芽生えた。
感動?
その言葉では少し物足りない。
だが、カテリーナが知る言葉の中では、それが一番近い気がする。
ライセは、カテリーナの心の奥底にあるモヤモヤした感情を明確な言葉に変換した。今まで忘れていたことを思い出したような感覚すらある。
だからなのか? 嬉しい気持ちがふつふつと湧き上がってきた。
(マリアが語る神の話やお説教からは、一度も得られなかった感覚だわ!)
かつてカテリーナは、神がマリアを通して世界の真実を伝えていると思った。
実際は聖書の言葉や他人の名言を、さも自分が初めて気づいた真実のように語っていただけなのに。
「上手く言えないけれど、何か感動に近い気持ちと、喜びがわいてきて……」
「宇宙の真理ですからねぇ。それを知ったあなたの魂が喜んでいるのですよ」
その言葉にカテリーナは理屈抜きで納得した。
(でも……疑い続けることを忘れてはダメ。今はまだライセの本性がわからないもの)
誰かを盲信して破滅するのは懲り懲りだ。
「そう。私のことも、ご自分の心も疑ってくださいね。本音を知ることが人生計画を達成する一番の近道ですから」
ライセはカテリーナと同時代の衣装に変え、指先で扇をもてあそんだ。
「自分が何を感じているか書き出して、それを他の言葉でも表現してみると良いですよ。
感覚でわかっていても、知っている言葉やこの世の言葉で表現できないこともあるし、誤解することもあるけど……
いつか納得できる言葉が見つかるかもしれない。他人や社会から刷り込まれた考えとそれ以外を見分けることもできたら、なお良し。
書き出すことで自分の本音が見えてきます……
その是非はともかくね」
自分が何をしたいか。実現するために何をすればよいか。
心をみつめ、試行錯誤する時間を持つのが大事だとライセは言う。
(そうすればマリアに騙されずにすんだ? いいえ。それでも私は騙されたでしょうね)
徹底的に酷い目にあった今だから、ライセの話に納得したのだ。
「ウィーンに戻ったら優秀な声楽教師を探すわ。そして、フェリクス様を絶対に死なせない」
「いいですねぇ。一緒に死亡フラグを叩き折りましょう♪」
「しぼーふらぐ?」
「ええとぉ、未来の言葉で……なんて説明したらいいかなぁ」
一生懸命考えるライセの姿が、なんだか可愛らしい。
「書き直し人生が始まったら、その言葉と意味を書き留めておくわ」
「……それ、後世に残さないでくださいね? 都市伝説や陰謀論になるとカルト宗教やスピリチュアル詐欺、怪しげな商売に引っ掛かる人が出ちゃうと、ガチでヤバいんで」
「わかったわ。そうならないよう言葉を選ぶわ。私が原因で誰かが不幸になるなんて、絶対に嫌だもの」
二人は顔を見合わせて笑った。
(マリアに復讐するだけでなく、私の人生を喜びに満ちたものに変えたいわ)
人生を書き直す。
そう思うだけで、わくわくする。
カテリーナは新たな希望を得た。




