違和感
ミリヤムはカテリーナと同じ声楽教師に師事していた。
同い年の彼女は常にカテリーナをライバル視し、会う度に意地悪な言動をする。一生忘れられない酷い言葉を投げつけられたこともある。
それに飽き足らず、カテリーナの髪型や持ち物を真似るなど、何でも奪いたがった。
「あの声楽教師とミリヤム、二人目の婚約者にも、二度と関わりたくないわ」
「フェリクスさんが死ななければ大丈夫。あの教師に習わなければミリヤムも避けられるし」
「そうね。そうなれば、歌の勉強を続けられるわね」
声楽教師の間違った指導のせいで、カテリーナの喉は故障した。かすれた歌声しか出せなくなり、歌を学ぶことを諦めたのだ。
この出来事はカテリーナの心と体に癒えない傷を刻み、マリアにつけこまれる一因となる。
「あの教師は最低最悪でしたねぇ。教える能力がないし、生徒を使用人みたいに扱って……。私も声楽を学んでいたので教師の良し悪しはわかりますよ」
「まあ。あなたも?」
ライセとの意外な共通点だ。
「私は生まれ変わっても歌を学ぶのね」
「はい。まあ、いろいろあって苦労しましたがねぇ……はぁ」
「もしかして、あなたもあの二人に?」
「ええ。声楽教師とミリヤムの来世の人物にね。あの二人はこの時代の人格の続きで生まれ変わり、似た環境で育ったせいか同じような性格になりました。
普通はもう少しマシな人間になるものですが……。来世まで邪魔されるほどの悪縁ですよぉ?
だからキッパリと縁を切りましょうね。来世の私のためにも!」
くわっと噛みつくように言い、ライセは「今度こそ、えんがちょ!」と、右手の人差し指と中指をクロスするように重ねた。
その指は十字架を模している。
神はあなたと共にいるという意味を持ち「成功を祈る」「がんばって」などの意味で、キリスト教徒は使うのだが……
「ライセさん。はげましてくれるの?」
「え? ああ……これは、日本では縁切りを意味します。
ちなみに私は生前も今も、特定の信仰を持ちません……。
宗教なんて、絶対に、は・い・ら・な・い!
他人が作った宗教に入るくらいなら、私が教祖になってやる!! 信者は一人もいらんけど」
軽やかな喋り声がドスのきいた低音に変わった。
物凄く私怨が混じっている。
(未来では信仰を持たなくても許されるのね。でも、何を心の支えに生きているのかしら?)
きっと “推し活” だろう。
「ライセさんも大変だったのね。よかったら話を聞くわ」
「おやまぁ。慰めてくださると?」
「話せば気持ちが楽になるもの」
「ありがとうございます。それにしても、あなたって本当にお人好し。そういうところですよねぇ、ろくでもない連中に食いものにされる一因は……私もそうだったわぁ」
要約すると “優しくする相手は選ぶべき” ということか?
カテリーナを哀れむ言いぐさだが、ねぎらってもらえた嬉しさが言外に滲み出ている。
ふと、さきほど芽生えた違和感を思い出した。
心がざわつく感覚。
今ならそれを言語化できる気がする。
「……ねえ。今まで私の人生に何が起きたかを、あなたは全部知っているのよね?」
「はい。管理人になると、この魂Cが内包するすべての小さな魂Dたちの記憶を共有できるので。すべての経験と、そこから得た感情や知見もリアルに感じ取れます。同調すれば五感も共有できますし」
それはつまり……
今この瞬間も、カテリーナが思っていることがライセに筒抜けということか?!
違和感の正体は、これだ。
「もしかして、今私が何を考えているか……わかるの?」




