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ウィーンの歌姫は来世の自分と共謀して邪教祖を断罪する ~魂の管理人 人生を書き直す1789年の復讐~  作者: チャイ猫


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祖母アリーチェ


「あらまあ。こんな朝早くにどうしたの?」 


 カテリーナは、そっと祖母に抱きついた。

 昔と変わらぬ優しい声。カテリーナの頭を優しく撫でる指の温かいこと。


「怖い夢を見たの?」


 今までの人生がただの夢なら、どんなに良いか。


「おばあさまが怪我をしなくて良かったわ……。本当に良かった」


 祖母を守れた嬉しさと同時に、今まで押し込めていた感情があふれ出る。


「ずっと辛かったの。嫌なことや怖いことが、たくさんあったの!」


 体は7歳だが心は21歳のカテリーナは、我を忘れて泣きじゃくった。


「よほど怖い夢を見たのね、リネッタ。もう大丈夫よ」


 “リネッタ” 

 それは “リーナちゃん” という、親しみのこもった愛称だ。祖母だけがそう呼ぶ。


 カテリーナは懐かしい呼び名を聞き、気持ちが安らいだ。



「おばあさまに会いたいって、ずっと思っていたの」

「おやまぁ。ずいぶんと長い夢を見たことね」


 ずっとここで暮らしていたら、何も失わずに済んだかもしれない。

 

 カテリーナがウィーンで暮らした8年は辛い日々の連続だった。


 こんなふうに誰かに慰めてもらいたかった。

 心に寄り添ってもらいたかったのに、家族、友人、声楽教師、そして婚約者までカテリーナを苦しめる存在でしかなかった。



(だからマリアの偽りの優しさに騙され、すべてを失ったのよ!)



 ライセがカテリーナの耳元で注意事項を告げる。


『会話が混線しないよう、他人がいる時は心で会話する回路に切り替えますね』


 その声は白い空間での会話同様、耳ではなく全身で聞いている感覚だ。



 気配を感じ取ったのか、祖母の愛犬ベスがライセのほうを向いて吠え始める。


『あらあら、かわいいワンちゃんですねぇ。乳離れして間もないくらいかなぁ。赤茶の毛色がとってもキュート! ……そう言えば、赤犬って美味しいらしいねぇ? 犬はまだ食べたことないわぁ』


 身の危険を感じたのか、ベスは吠えるのをやめて隣室へ逃げた。


『戻って来てぇ。一緒に遊ぼうよぉ。食べないからぁ』


 そんなライセを横目で見つつ、カテリーナは祖母の無事を喜んだ。



 

 カテリーナは祖母の昼寝時間まで一緒に過ごした後、館内を歩きまわった。


(間違いなく、私は今ここにいる。夢じゃないわ!)


 祖母が怪我をしない世界線に書き直せた。

 

 自分の力で初めて変えた過去。

 過去というより、未来を変えたというべきか?


「ライセさん。本当にありがとうございます」

「

私ではなく、あなたが変えたのですよ。凄い! 偉い! 素晴らしい!」


 右肩に乗っていたライセがカテリーナの肩を軽く叩く。

 感触はないが嬉しい。



(最後に他人に褒められたのは、いつだったかしら?) 


 ウィーンに帰って以降、家族にすら褒められた記憶がない。


 カテリーナを苦しめた者たちは、己の不満の解消や身勝手な欲望を叶えるために彼女を利用した。

 愚図で何の取り柄もない女だと何かにつけて怒ってバカにし、カテリーナを感情のゴミ捨て場にした者たち……。


 気が弱くて言い返せないカテリーナは彼らの言葉を真に受け、自分を責めた。


(もう二度とあんな日々を過ごしたくないわ。あの人たちみたいに、他人を苦しめて喜ぶような卑しい人間に成り下がるのも嫌よ)


 せめて言い返すことができたら、どれほど心が晴れるだろう。 


 ライセの提案にのって人生をやり直せば、できるかも? 

 幸せな人生に変えられるかもしれない……?


「決めたわ。人生を書き直します」


「わ~い! 助かりますぅ。嬉しいですぅ♪」


 ライセがタコのように体をクネクネさせ、踊りだす。

 嬉しい時や美味しい物を食べた時に踊りたくなるそうだ。


 未来人は皆そうなのかと問うと「民族性とか土地柄もあるけど、人によりますねぇ」と言い、そのヘンテコな踊りをやめた。




「さて。もうじきお試し時間が終わりますが」


「夕食後がいいわ」


「了解です。私もご相伴にあずからせてください」


「魂だけのあなたが、どうやって食べるの?」


「あなたに同調すれば、感覚を共有できるので」


「どんな感覚でも?」


「その気になればね」


 その言葉に何故か心がざわついたが、カテリーナは言語化できない。 



 もうじき陽が沈む。楽しい時間はあっという間だ。

 

 ひとまず自分の部屋に戻った。

 部屋の一画がぼんやりと明るい。

 乳母が暖炉に火を入れていた。


「あ……ああっ!」


 薪がパチパチと爆ぜる音が、カテリーナに火あぶりの恐怖と苦痛を呼び戻す。


「炎が! 違う、違うわ。私は魔女じゃない!!」


 

 そう叫び、カテリーナは気を失った。 

次回の投稿は、本日17時です。

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