第一幕 第三場 初めての書き直し
カテリーナはおそるおそる目を開けた。
ベッドに仰向けで寝ている体の重みと、上掛けの感触が心地よい。
体はそのままで視線だけ動かすと、カーテンの隙間から差し込む朝陽が室内をうっすら照らしていた。
運河を渡るゴンドラ漕ぎたちの声が聞こえる。
ここはヴェネツィア共和国の、グラン・カナル(大運河)沿いにある祖母の館で間違いない。
(子どもの頃に戻ったわ!)
8年ぶりのヴェネツィア。
13歳でここを離れてからずっと帰りたかった場所。
両手のひらを目の前にかざす。小さな手だ。
「んぁ、あー」
高く透きとおった声が出た。
(7歳の私はこんな声だったのね)
ゆっくりと体を起こす。
それはそうと、ライセはどこにいるのか。
「私はここですよぉ」
手のひらに乗るほど小さなライセが視線の先に浮いている。
羽や翼はないが、祖母が語ってくれた民話の妖精みたいだ。
彼女はカテリーナの右肩に腰かけたが、感触も重みもない。
「現実よね?」
頬をつねれば普通に痛い。
「さあ、起きて。おばあさまを守りましょう」
「ええ!」
まずは怪我の原因となる階段を修復する。
そのために使用人頭のセバスティアーノを探さねば。
カテリーナはベッドから飛び起き、寝巻姿のまま裸足で駆けだす。
長身で白髪頭のセバスティアーノはすぐに見つかった。
「お嬢さま。おはようございます」
「今すぐ一緒に来て!」
彼の手を引き、急ぎ足で階段に向かう。
「絨毯を留める金具が緩んでいるの」
上から6段目の絨毯に少したるみがある。
「これはあぶのうございますね。すぐ修理いたします」
彼は必要な工具を取りに行き、ほどなく戻った。ついでにすべての金具を念入りに点検する。
赤い絨毯は金具でしっかり留められた。
「申し訳ございません。今後はもっと短期間で定期的に確認いたします」
「必ずそうしてね」
「承知いたしました」
セバスティアーノが去ったあと、カテリーナは達成感とともに安堵のため息をもらした。
「これで大丈夫ね。ライセさん、ありがとう」
「執事や使用人にセバスチャン系の名前、多くない? 初出は〇〇〇だと思うけど……。あ、ごめんなさい。独り言ですぅ。これでもう安心ですね」
「あなたのおかげよ」
「いえいえ、あなたの功績ですよ。でもね、中高年は足腰弱っているから、階段に限らず気をつけていただいて。女は顔や乳より、骨と筋肉が大事ですからねぇ」
「そうね……そうよ、おばあさまに会うわ!」
言い終らぬうちに、カテリーナは祖母の部屋へ向かう。
いくつかの部屋を通り抜けて祖母の部屋の前にたどりつくと、ノックもせず扉を開けた。
ヴェネツィア共和国特産の丸ガラスがたくさん嵌め込まれた窓から、朝のやわらかい光が差し込んでいる。
「おばあさまのお部屋だわ……」
壁の上部から天井にかけて花と動物のフレスコ画(壁に塗った生乾き状態の漆喰が乾かぬうちに描いた絵)が描かれている。
「ユニコーンと乙女のタペストリーもあるわ……懐かしい」
壁に掛けられた防寒用のタペストリーには、神聖さと純潔を象徴するユニコーンと乙女の図が織られていた。乙女の顔はどこか祖母に似ている。
祖母アリーチェが続き部屋からあらわれた。
この物語の投稿時間は、基本、7時~8時頃と、17時~18時頃です。
時々、それ以外の時間でも投稿することがあります。
投稿はなるべく毎日おこなう予定ですが、時々は1日おきになると思います。
どうぞよろしくお願いいたします。




