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第8話 「転移」


――いよいよ、正午が近づこうとしていた。


異界人や兵士たちが、繰り返し腕時計を確認している。


円状の線のギリギリに、異界人はすぐさま駆けれるような姿勢を保っていた。


門が開いたら、彼らは一斉に門を維持するために動く。

そしたら間髪入れずに、俺たちは一列で門へと飛び込んでいくだ。


「渡ったあとも、絶対に止まるな」


「転移門の縁には触れるな」


その言葉を、頭の中で何度も繰り返す。

兵士の男が、カウントダウンを始める。


六十秒前からだった。


ざわめきが、ぴたりと止まる。

さっきまで泣き声や祈り声で満ちていた広間が、嘘のように静まり返った。

誰もが呼吸を潜め、ただ一点――床に描かれた円の中心を見つめている。


五十……四十……三十……                               


徐々に近づく兵士の声だけが、やけに大きく響いた。                   

靴が床を踏みしめる音。装備の金具が、かすかに触れ合う音。               

それらすべてが、異様なほど鮮明に耳に届く。


二十……


異界人たちの姿勢が、さらに低くなる。                   

胸の鼓動がうるさい。喉が張り付きそうなほど、カラカラになっていた。


十、九、八……


いよいよ、一秒刻みのカウントが始まる。


兵士の声が、更に強くなる。

最前線の異界人は、獲物へ飛びかかる直前のような緊張感だった。                


残り三秒を切った時だった。


瞬間――空間がぐにゃりと歪んだ。


何もないはずの空間が、音もなくゆっくりと開いていく。

とても人が通れなさそうな、小さな穴だ。


その瞬間、異界人が走った。

爆発するような踏み込み。


二人が穴の両脇に立つと、両腕から魔力が溢れ出す。

光の粒子は、まるで星屑の嵐だった。

彼らは小さかった穴を、人が通れるだけのサイズに押し広げていた。


「――ぐおおおおぉぉ!!!」


その力の籠った叫びが、どれほど力を必要とするものかをありありと物語っていた。


転移門。


それは、想像していたものとはまるで違った。


空間の裂け目は激しく震え、暴れる獣のように歪み続けている。

門の縁が光の粒子で激しく輝き、その内側には別の景色が揺らめいていた。


見たこともない建物。

俺たちを待つ、大勢の人影。

光に満ちた、まったく新しい世界。


「走れえぇぇ!!!」


その号令と同時に――

一秒を争う戦いが始まった。


先頭の者たちが、一斉に駆け出す。

次々と身体が裂け目へ飛び込み、向こう側に渡っていく。


一瞬の戸惑いすら許されない。


列が、次々と削れていく。

ようやく五十人ほどが渡り終えた頃……。

最初の二人組が限界を迎えようとしていた。


全身から溢れる魔力が、火花のように散り、消えかかっている。


すると、すぐ後ろから別の二名が飛び出した。

同じように魔力を爆発させ、裂け目を押し広げていく。

役割を終えた二人は、列を一瞬だけ止めると、

そのまま門へと飛び込み、向こう側へと渡っていった。


再び列が進んで行く。


俺の前には、まだ百名以上が並んでいる。

今にも消えそうな転移門を、死に物狂いで維持する異界人たち。

緊張が高まっていく。


また五十人ほどが向こうに消えた。


最後に、レグナートとラーテルが前へ出た。

二つの輝きがぶつかり合うように門を押し広げる。


それを見届けるように、役割を終えた二人もまた、迷いなく門へと踏み込んだ。


残りは、百人ほど。

そこで俺たちは確信した。

彼らは――魔力を使い終えた順に、向こうへ帰っている。


だとすれば……レグナートも、ラーテルも同様だろう。


今回の転移で――異界人は全員撤収するつもりなのだ。


頭の奥でラーテルの言葉が蘇る。


「三年後もチャンスがあると思ったら大間違いだからな?」


心臓が、嫌な音を立てた。


(……ここまで持つのか?)


俺の順番は、まだまだ遠い。

あの二人だけで、残り半分を耐えるつもりなのか?


そこからもう、滅茶苦茶に祈った。

胸のネックレスを、強く握る。


神でも仏でも、精霊でもいい。


とにかく――自分の場所まで持ってくれ。


だが、ペースはイライラするほど遅かった。


理由はすぐに分かった。


転移門の下側が、微妙に高い。

跨ぐ際に、皆が一瞬だけ足を止めてしまうのだ。

その一瞬が、門の寿命を削っている。


思考が急加速する。


門を押し広げるレグナートたちの表情。

歯を食いしばり、戦っている。


(……このままじゃ間に合わない!)


腹の奥から、熱い何かが込み上げそうだった。


そう思った瞬間。

気づけば俺は、走り出していた。




◇◆◇




「列を乱すな!! 撃つぞ!!」


列を取り囲んでいた十名ほどの兵士。


彼らが、俺の勝手な行動に怒声を上げる。


「くっ――レグナートさん! 手伝わせてください!!」


俺はその場で叫んだ。


あの夕日を湛えたような美しい瞳と目が合う。


「――許可する! 来なさい、少年!」


その言葉を聞いた瞬間、俺は滑り込むように彼の足元へと走った。


俺にも魔力が眠っているというなら、同じくことができるはず。

とはいえ、初めてのことでやり方が分からない。

勢いで出てきたが、いったいどうすれば……。


「少年! 体内の血液を集めて、押し出すイメージだ!」


レグナートが、それを察して助言をしてくれる。


「血液を……集めて、押し出す……!」


身体の奥底でうねりを上げていた力を、血液のように捉える。

汗ばむほど熱かった身体が、さらに熱を帯びる気がした。


「うおおおぉぉ!!」


気合とともに、両腕の皮膚の下を光が走った。


手のひらから激しく光が放出される。

その光で、転移門の下縁を力任せに押し広げていく。

すると、大きく跨がなくてもよくなり、明らかに列の進むペースが上がった。


「……良いぞ少年!!」


ラーテルが、喜々とした声を上げる。


「すまない、少年……助かる! ……まだ、君の名を聞いてなかったな……」


レグナートはこんな状況にもかかわらず、荒い呼吸で、途切れ途切れに名を尋ねてきた。


郁斗いくと……神代 郁斗です……。

はぁはぁ……これ、かなりしんどいですね……」


「あぁ。だが君は、たいしたものだよ!」


まるで長距離走をした直後に、続けて短距離走をさせられているかのようだった。


エネルギーが身体から抜けていく感覚。

足をしっかり踏ん張らないと、その場で膝を付きそうだった。


明らかに他の異界人よりも、長時間維持させている。

やはりレグナートとラーテルは別格なんだと確信する。


最後尾が、いよいよ見えてくる。


「はぁはぁ……イクトのおかげで終わりが見えた。

列が途切れたら……まずは君が渡りなさい」


レグナートは、本気で俺たち全員を諦めていないようだった。


もう限界だと、残りを見捨てて、自分たちだけで逃げることも出来るのに……。


「そしたら……ラーテル。次は、お前だ……。

殿しんがりは、私が務める……」


最後の一人が、一番危険な役割なのは間違いない。


自分が渡る数秒を、自身の力だけで維持しなければならないのだ。


「すまない、レグナート……共に祖国に帰ろう……。

そしたら、俺たちは……英雄だ!!」


ラーテルは、転移門の向こう側――


生まれ育った世界を見ていた。

その瞳は、自身から溢れる光に反射され、まるでキラキラと輝く海岸のようだった。


残り五人――!!


もう力尽きる寸前だった。

手が震えて、気を抜けば力が切れそうだ。


だが、最後までレグナートたちとやり遂げたかった。


(……これなら、間に合う!)


あの最後尾が渡ったら、すぐさま俺の番だ。


「郁斗! 準備だ!」


レグナートの声に、胸が弾む。


しかし――


突然、最後尾に兵士が一人駆け込んだ。


それを見て、ぞろぞろと後に続く兵士たち。


「――はぁ!?」


思わず、素っ頓狂な声が漏れる。


「おい!!! 何してるお前たち!! どけぇ!!!」


ラーテルも予想外だったのか、大声で怒鳴りつけた。


「君たち、退きなさい!!!」


レグナートも声を荒げる。


「俺たちも置いてかないで下さいよ!!」


「急げ、急げ!!」


最後尾がどんどんと伸びていく。

兵士たちが一人、また一人と向こうに渡っていった。


俺が入る余裕がない。

全身を冷や汗が流れていた。


集中が途切れ、力が抜ける……。


「うわあっ……!!」


突然、転移門の下縁が上がったことにより、一人の兵士がつまづいた。


そのせいで、時空の狭間に触れてしまった。


脛から下をこちらに残して、向こう側で倒れこんでいる。

列が止まる。


しかしすぐさま、次の奴が乗り越えて渡ろうとし始めた。


もはや、ラーテルたちの静止など効かない。

彼らは自分が助かることしか考えていなかった。


「もう……ダメだ……」


ラーテルが小さく漏らすと、ぐにゃりと転移門が形を歪ませる。


そこからは一瞬。


音もなく、それは消えてしまった。


――ぐしゃっ。


重い音が床に落ちた。

またぐ途中だった兵士は、身体の半分をこちらに残していた。


「……そんな」


床を赤が押し寄せてくる。


あり得ない事態に、俺の頭は真っ白だった。


「――お前らああああぁぁ!!!」


ラーテルが、兵士の胸倉に掴みかかる。


そのまま、数メート後ろへと放り投げていた。


「はぁはぁ……はぁはぁ……」


レグナートは言葉を失い、転移門があった虚空を眺めていた。


そのまま膝を付き、四つん這いに倒れてしまった。

彼の汗が、床に滴る。


「……三年……あと三年も、この世界で?」


自身に問うているのか。


その表情は、深い絶望が刻まれていた。


「――く、くそおおおおおぉぉぉ!!!」


ラーテルの絶叫が、この場にどこまでも響いていた。


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