第7話 「選別」
そこには、人垣が出来ていた。
黒い頭が、波のようにうねっている。
この先に救いへの逃げ道があると信じる異様な数の人。
見ると、三十~六十歳くらいの大人ばかりに見えた。
それに連れられた赤子や子どもも混じっている。俺たちのように家族だった。
一方、高齢の人はほとんど見られない。
すでに死んでしまったのか、この人込みを危険と判断したのか。
もしくは、残り少ない余生を異界なんかに行きたくないのだろう。
「絶対にはぐれるんじゃないぞ!」
「郁斗! もっと傍に寄りなさい!」
父はシッポを抱きかかえながらも、俺の手や服を握ろうとした。
俺もまた同じように、父と母にしがみついた。
大人がもみ合いになっている姿が、あちこちで見受けられた。
無理やりにでも、前に出ようとするものが後を絶たなかったからだ。
この旧皇居の施設で働く者たちは、銃で武装していた。
国はもう機能していないと思っていたが、まだ働く者はいたようだ。
異界門は、七月七日の正午丁度に開く。
数分しか開かぬ門は、一秒たりとも無駄には出来ない。
そのため、必ず決まった時間に行われるという。
まだ八時前……時間には余裕があった。
「あなた! どうするの!? これ以上ここ居たら、死んじゃうわよ!」
母が、かき消えないように大声を出す。
この時間だというのに、もはや四方八方から、もみくしゃにされていた。
数日前から待っている人も居たのだろう。
かつて輸送車専用だった半蔵門前に人が押し寄せているようだった。
昔通った桔梗門も、同様に人で溢れているのだろうか?
この様子だと、そっちは封鎖されていることも考えられた。
「だが、少しでも前に行かなければ置いてかれるぞ!」
父は下がる気はないようだ。むしろ、どうにか前に出ようと試みている。
俺たちはそんな父に、必死に食らいついた。
――それから一時間ほどのことだった。
体感では、二、三時間粘ったようにも思う。
旧皇居の塀の上へ、四人ほどの男が立った。
一目で異界人だと思った。
皆同じ装束を着ており、黒い軍服のような姿だったからだ。
俺たちを見下ろす様は、威厳すら感じる。
まるで、戦場をいくつも越えてきた者だけが持つ静かな重みがあった。
周囲の熱気が、爆発的に膨れ上がる。
だが俺は、去年の精霊による威嚇攻撃を思い出していた。
何かされるかもしれない……自然と身体が強張った。
「集まった地球人たちに告ぐ! これより“選別”を行う!」
拡声器を持った赤髪の長身男が、低い声を出した。
「此度の異界門通過対象者は、おおよそ15から25歳のみ!」
「健康に問題がなさそうなものを、我々が独断で判断する!
男女で優劣は付けないため――」
それを聞いた瞬間、群衆から割れんばかりの怒号や罵声が巻き起こった。
異界人の説明が、最後まで聞き取れずにかき消えてしまう。
まさに、地響きを起こしそうな凄まじさだった。
「繰り返す! 対象はおおよそ15から25歳のみ!
定員は200名だ! 希望するものは、前に出ろ!」
赤髪の男は、非難の声を完全に無視した。
何度も同じ内容の説明を繰り返すのみだ。
ひとしきり繰り返すと、四人の異界人は塀を降りて、半蔵門前のバリケードまで近づく。
橋の付近では、無理矢理にでも押し入ろうとした者たちが、容赦なく銃殺されていた。
転がる死体の抑止力により、何とか維持を保っている様相である。
「15から~25歳の者は前に出ろ!」
青髪の男が声を張り上げる。
そこからは、適当に橋を通過していく者たちの姿が見えた。
命の選別が、ああも簡単に成されていく。
定数は200人。
その、200という数字が重くのしかかる。
救われる者たちを見て、切り捨てられようとしている者たちは怒り狂う。
無理矢理に超えようとしたものは発砲されたり、
異界人の怪力により、悲鳴を上げながら堀に突き落とされていった。
「――郁斗!! お前だけでも行ってこい!!!」
父は、突然俺を突き放した。
「や、嫌だよ! みんなで行けないなら、行かない!」
父と母は選ばれない。
ならば、俺だって行きたくなかった。
また、秩父の山奥に戻ればいい。
そうしたら、また田畑を育ててつつ暮らせばいい。
シッポとも別れずに済む。
「ダメよ、郁斗!! あなただけでも生きなさい!!」
しかし、母までもがそれを許さなかった。
「ヤダってば!! 一緒にいようよ……」
物心付いたころから、ダダというものをこねたことがなかった。
でも今、俺はこうも必死に縋りついている。
家族と離れ離れになるなんて、到底受け入れられるものじゃない。
「お父さんたちの分まで、生きなさい!」
父は俺の肩を掴んで、怒鳴りつけるように言った。
肩を掴む手が、驚くほど震えていた。
父にこんな大声を出されたのは初めてだった。
食い込むほど強い力で、竦むほど強い眼差しで。
生きなさいという言葉が、あの日祖父に言われた言葉と重なり、
祖父にまで言われたようだった。
「あぁ……う……」
もう、止めどなく涙が溢れて仕方がなかった。
生きなくちゃいけない。
それがきっと、俺が引き継いだ“役割”だと理解していた。
崩壊した世界に両親を残してでも、これから先たった一人で生きるとしても……。
俺は、異界へと渡る決意をした。
「心配するな……あと三年生き延びて、俺たちもそっちに渡る」
「うん……俺、行くよ。お父さん……お母さん……ごめんなさい」
固く抱きしめ合う。
顔を近づけたら、シッポが俺のことをペロリと舐めた。
たまらなく辛かった。
「今まで育ててくれて、ありがとう……ございました……!
「あぁ……! 分かったから、早く行きなさい! 置いてかれてしまうぞ……」
父は無理矢理にでも、俺を前へと押し出そうとする。
後ろ髪を引かれながら、俺は人で出来た壁へと身体を滑り込ませていく。
なんとか、バリケードまでたどり着くと、目の前には異界人が立っていた。
近くで見ると、揃いの黒い軍服は金糸で縁どられて、その威容に竦んでしまいそうだった。
茶色い髪の短髪の男が、前に出た俺を見た。
額の中央には点が一つあり、それを囲むように、触れない距離で配置された菱形の線紋が刻まれている。見ると、他の異界人も同様であった。
あの紋章は異界人特有の文化で、生まれてすぐに刻まれる。
それにより、一目で互いの身分が分かるのだが、俺は詳しくは知らない。
線は多いほど、身分は高いという程度の知識だった。
男は一瞬だけ俺を見て――
「まだ小さいな……不合格だ!」
茶髪の男はそれだけ言うと、すぐに他の者たちへと目をやった。
あまりに一瞬の出来事で、唖然と立ち尽くしてしまった。
俺はまだ十三歳。
およそ十五~二十五歳と言っていたから、少しはチャンスはあるものだと思っていた。
「そんな、待って……」
「不合格者はさっさと退け! まだ審査されてない者は前へ!」
地球人の兵に、銃口を突き付けられる。
無理に抵抗すれば、子どもでも容赦なく撃ち殺されそうであった。
その時――人混みの中、赤髪の男と一瞬視線が合う。
「銃を降ろせ、子どもに向けるな――君、来なさい」
先ほどの赤髪の男だった。
兵士に銃を降ろさせ、俺の元へとやって来る。
そして、そっと胸元へと手をかざした。
「やはりな――君は、いくつだい?」
「えっ……じゅ、十五です」
とっさの嘘だった。
十五といえば、許可されるかもしれない。
「ふっ――嘘を付かなくても良い。君は合格だ。
正確には分からんが、かなりの魔力量を感じる」
「本当ですか!? レグナート隊長」
先ほどの茶髪の異界人が、驚いたように口にした。
レグナートと呼ばれた男は、背は高くすらりと伸びた体躯をしていた。
彫刻のように整った顔立ちで、深紅の瞳は燃えるような虹彩をしていた。
爽やかに微笑む姿は、外見の印象とは異なり、鋭さよりも静かな美しさを持っていた。
◇◆◇
通された先は、まるで古い格納庫のような広間だった。
天井は高く、空間は広いのに、妙なほど何もない。
床には円形の線がいくつも描かれているだけで、それが異界門の場所なのだと説明されなければ気づかないほどだった。神聖さなど欠片もない。
先ほどとは別の異界人が二名、俺たちを監視しながら誘導した。
円の内側に入らないよう、つづら折りに列を作らされる。
正午までは、まだ時間がある。
これから起こることに不安を抱きながら、皆が落ち着きなく過ごしていた。
周囲を警戒するもの。泣きわめく者。知り合いと寄り添い、小声で言葉を交わす者。
反応こそ様々だが、ここにいるのは選別され、生きることを許された者たちだった。
かく言う俺は、自分に大量の魔力が秘められるという話で頭がいっぱいだった。
(知らぬ間に、魔素感染を克服していたのか?)
赤髪のレグナートさんと、あの蒼髪の男。
多分だが、去年ニュースで見た竜と人魚の精霊を操っていたのは彼らだ。
数メートはある光り輝く精霊……力強く、美しかった。
(俺も、精霊と契約する力を秘めているのだろうか……)
内から湧き上がる高揚感。
そして、自分自身への期待。
だが同時に、未来を楽しみに思う気持ちへの罪悪感が込み上げる。
俺は、両親を置いてきたのだ。
未来を楽しむ資格なんて、きっとない。
やがて、あの四人の異界人が戻ってきた。
銃を持っている兵士たちも、七人ほど一緒である。
蒼髪の男が拡声器を使い、全員に聞こえるような声で説明を始めた。
「おめでとう、諸君!
今、ここにいる者だけが、異界門通過を許可された!」
「私の名は、異界派遣軍管理隊副隊長ラーテル。
これより、転移の際の注意点を述べる。心して聞くように!」
ラーテルと名乗った男は、背丈はレグナートよりわずかに低いが、それでも人の群れの中で際立っていた。
蒼銀の髪が、動くたびに水面の光のように揺れる。
整った中世的な顔立ちに、白い肌。
整った鼻筋と薄い唇が、静かな気品を漂わせている。
瞳は深い蒼。まるで底の見えない海のような色をしていた。
列を乱さないこと。
時間との勝負であること。
転移門の“縁”には絶対触れないこと。
空間の狭間は、どんな刃物よりも切れる。
そういった認識を持つよう、淡々と注意点を説明していく。
一通りの講習が終わると、あとはその時を待つだけとなった。
定員は二百人と言っていたが、俺は列でいうところの百七十番目くらいだった。
やがて、見廻るように、レグナートとラーテルが前から歩いてくる。
どうやら、見込みのある者を前へと移動させているようだった。
――そうして、俺のもとにもやって来る。
「君か――君も前に行きなさい。この位置では、渡れないかもしれない」
レグナートはそういうと、俺を前へと連れて行こうとした。
おそらくこの場で最も権力を持つ者に、認められ認知される快感が押し寄せてしまう。
切り捨てたのもまた、この人たちだというのに……。
「僕は……結構です。大好きな家族を置いてきています。
行けないのなら……それはそれで、地球で生きていきます」
全員が行ける確証がないのは、予想外だった。
だが、それならそれで構わない。
これはささやかな地球人としてのプライドだった。
俺が本当に向こうに行くべき人間なのか、運命に占ってもらえばいい。
「……家族、か。良いだろう。どの道、私は全員を送り届ける覚悟だからな」
レグナートはその業火のような瞳に、一層深い色を宿した。
「バカな子どもだなぁ。せっかくレグナートが、こう言ってくれてるのにな。
三年後もまたチャンスがあると思ったら、大間違いだからな?」
一方、ラーテルは俺のバカな発言に呆れた様子だった。
自分でもそれは分かっている。
これで行けなかったとして、そのことをいつかは悔やむかもしれない。
「あの……精霊って、どうすれば契約できますか!?
二人みたいな精霊術師になりたいんです」
「そうか……異界に渡れたならば、君は良い精霊術師になれるだろう。
気に入った精霊がいたならば、魔力を差し出し己を知らせよ。
認められれば、彼らもまた君に力を差し出すだろう。
――“魔力分ち、魂を紡ぐ。今この時より、我ら契約を結ぶ”
祝詞を唱えれば終わりだ。儀式はそれだけ、簡単だろう?」
低く、耳に残る声だった。
俺は、強く頷く。
「お前、真に受けるなよ! 契約は、そんな簡単な話じゃないからな!
こいつは天才だから、こういう適当なことを言ってるだけだ!」
ラーテルは、即座に否定した。
第一印象と違い、こちらの方がよほど快活で荒々しい男だった。
それから二人ほど、俺を抜かして前へ連れていかれる人がいた。
――少しだけ、先ほど勇ましく断った自分を後悔した。
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