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第6話 「家族」


年を越してすぐに、祖父は倒れた。


あまりに突然のことだった。

顔を青白くして、胸を押さえて苦しそうにし始めた。

電話は繋がらないし、今は救急車も動いていない。

貴重なガソリンを使って、病院まで連れていったが封鎖されていた。

検査が出来なければ、治療も薬も望めない。


発熱や倦怠感といった症状ではなく、急に倒れたため魔素感染症とは違いそうだった。


とりあえず家に連れて帰るしかなく、横にしてそっと見守り続けた。


祖父は朦朧とした意識で、俺たちに「生きろ」と言った。


それが、最後の言葉となった。


漠然とだが、死ぬときは魔素感染によるものだと思っていた。

もしくは、丈夫な祖父は最後まで天寿を全うするのではないかとすら思っていた。


「適切な治療を受けられてたなら、まだ死ななかったかもしれないのに」と、母が小さくこぼした。


――そうだ。


祖父は、きっと時代に殺されたのだ。

そう考えると、あの強かった祖父が死んだことにも納得できた。


二十三年前に、異界人が地球なんかに来なければ、今も平和だったのに……。

やり場のない哀しみは、怒りとなって異界人へと向いた。

そうすることでしか、感情がコントロール出来なかった。


ある意味一番ショックだったのは、火葬も葬式も出来なかったことだ。


庭の片隅をスコップで掘り起こし、そこに祖父を埋めることにした。

土には石が混じり何度も弾かれた。埋葬し終わったのは日が暮れる前だった。

それらしい大きな石を見繕って立てて、花を供えただけの墓だ。

盛り上がった土は、何とも不格好だった。

こんなことしか出来ず、良かったのだろうか……。


どんなに考えようとも、答えは出なかった。


祖父の遺品で、使えそうなものは俺が引き継いだ。

よく切れる無骨なナイフと祖父の猟銃だ。

弾を込められるジャケットも欲したが、サイズが合わず父が受け取った。


代わりに、祖父と一緒に仕留めた鹿の革をなめした手作りベストをくれた。

俺の身体はどんどんと大きくなっている。

すでに長けは短いが、いずれ着れる服がなくなりそうなほどだ。

このベストは、祖父の優しさの一つだった。


俺が大切にしている護り石のネックレスも、元々は祖父が作った物だとその時に知った。


三十年ほど前に、祖父がこの森の奥で見つけた牡鹿。

目が合うと、その牡鹿は逃げてしまったが、見慣れない木の実を齧っていた。

果肉の中から覗き見える綺麗な石のような種。

取り出して磨くと、宝石の様に輝いた。


あまりに綺麗な鈍い色の種だったため、細い紐で包んでペンダントにしたという。

祖父は山からの贈り物だと言っていたそうだ。


父が幼少期にねだって受け継ぎ、その後は護り石だと妊娠の期に母に渡された。

妊娠中こそ願掛けで身に着けていたが、産後になり結局は外されて放置されていた。

それを俺が気に入って、また引き継いだという。


実は我が家の歴史深い一品だとは知らなかった。


元々気に入っていたペンダントが、祖父からの物だと知ってなおのこと気に入っている。

いつも寝る前に、ペンダントを握り締めながら祖父の成仏を祈った。


哀しみに暮れながらも、生きるために歩みは止められない。


冬から春へと近づき、また一年のサイクルが繰り返される。

祖父は今のような事態を見越して、あらゆる野菜や稲作の手順や注意点をまとめたノートを残していた。

それは、俺たちに大いに役立ち、これを読むたびに祖父の偉大さを知った。


手探りながら、ノートのおかげで収穫は順調だった。


祖父は当然のようにもみを保管しており、それを芽出しさせて苗代なわしろを作った。


おかげで田植えも、例年通りに行えた。

確かに、祖父の知識と技術を俺たちは継承していた。

今年も無事に実れば、その籾をまた来年へと引き継げる。


「本当はな、親父は俺にこうして家を継いでほしかったんだ。

でも、身体を動かすよりも、頭を動かす方が得意だった。だから医者になって家を出た」


父は、一面に植え終えた苗を見て語った。


「嫌だったんだよ――こんな山奥の田舎暮らしで、一生を終えるのがな。

泥と土に塗れるのも、何もかも嫌だった。ここに未来なんて無いと信じてた」


やがて天を仰ぐ。


「でも、違った……。親父は、凄かったんだなぁ……」


父は唇を震わせ、静かに涙を流していた。


それを聞いて、俺も思わず目頭が熱くなる。


この家を、俺も守りたいと強く願った。





◇◆◇





六月も終わるころ、俺たちは久しぶりの家族会議を開いていた。


議題は、“第八次異界門通過”のある旧皇居へ行くかどうかだった。


電力の供給がままならなくなり、テレビからの情報はない。

ラジオなんかも、すでに何も流れなくなっていた。


世界では一体どれほどの人が死んだのか、あの深海のアビサル・フローラがどうなったかも知らない。

自給自足が出来ている現在、街にも不用意に近づかないようになった。


もはや、一番の敵は魔素よりも人間だと考えていたからだ。


「……俺は反対。魔素感染リスクが高そうだし、行っても無駄だと思う」


率直な意見だった。


「確かにな……生存者や克服者は、こぞって集まるだろうな。

去年みたいに、また圧死するかもしれん」


父もその危険性を理解していた。


「そもそも、そこまで行くガソリンがもうないわ。

信号も消えてる。道路も安全かわからない」


母も現実的なことを言っている。


「じゃあ、物理的に無理じゃん……何のための話し合いなの?」


三人中、三人が反対なら異論なしで否決に決まっている。


「……だがな、小さいが可能性はあるんだ。

恐らく、この世界の情報は、三年前に異界へと渡った人たちから伝わっているはずだ。

まだテレビが付いていた頃に、八回目の異界門は“小さいサイズ”で、より長時間持つという話しがされていた」


「何それ、どういうこと!?」


俺は知らない情報だった。


「異界門はサイズが変えられる。これは、事実そうらしい。

今までは大きな物資を運ぶために、三、四メートルの門に設定して、それで数分しか持たなかったんだ。

人だけが移るなら、一メートルだって事足りるだろ? どの位伸びるかは知らんが、相当な時間伸びるだろうな。それにだな、向こうからの物資搬入とかも今回はない。全ての時間を、地球人を逃がすために使えるんだ。どうだ? 可能性を感じないか?」


父は、希望を抱いた顔で語った。


「今から準備すれば、廃車からガソリンを抜いたり、時間がかかってでも自転車で行くことも出来るわね。減った今の人口なら、確かに皆でいけるかもしれない……。

克服者よりも、優先して行けるでしょうしね?」


母も一考の余地ありと判断したのか、希望を見出し始めていた。


そうとなれば、話は変わる。

俺なんかよりも、二人が魔素感染したら致命的なんだ。

異界に逃げれるなら逃げたい。


「……いいじゃん! 最悪、お父さんとお母さんだけでも逃げれるかもしれない!」


思わず興奮して、自分でも驚くほど大きい声が出てしまった。


「馬鹿言え、そん時は郁斗も一緒だ。

そうでないなら、いく意味はないからな」


「あっ……。でも、待って。

シッポと鶏はどうなるの? それに、この家は?」


鶏は草でも食べて生きていけるだろう。

でも、シッポは可愛いだけで狩りが出来るとは思えない。

異界に行けたとしても、絶対に犬を連れていく余裕なんてないはずだ。

きっと、断られる。


「…………その時は、シッポは諦める」


父は沈黙の後、冷徹な判断を下した。


シッポはすでに老犬だ。

寿命は短いかもしれない。だが、それとこれとは話は別だ。

犬も家族。その言葉は嘘だったのか?


「分かってる……シッポは大切な家族だ。異界門まで一緒に行く。

でも、もしも俺たち三人だけ行けて、犬がダメだと言われたなら……。

シッポには悪いが、鎖を放して頑張って一人で生きてもらおう」


愕然としてしまった。

この可愛いシッポを、都会の真ん中で切り捨てる?

最悪、人に捕まって食われてしまってもおかしくない。

もう、犬や猫だって食い物として見られる時代なのに……。


「郁斗……辛いのは分かるけれど、自分たちの命が優先よ」


母は、俺の事を優しく撫でる。


一度飼ったら最後まで面倒を見るんじゃないのか……。

ペットへの命の重さは、自分たちには劣るのか。


否定したい……でも、その答えは出てしまっている。


涙を流す俺に、どうしたと言わんばかりに首を傾げるシッポ。

俺は、その温かい身体をキツく抱きしめた。


「…………明日から、ガソリンが手に入るか人里を見てくる。

お前達も、七夕には絶対に間に合うように出るからな。

念のため、三日前には出発するつもりでいてくれ」


父は、シッポから目を逸らすようにそう言った。




◇◆◇




七月四日。


俺たちは、出来る限りの準備をして車に乗った。


ガソリンは手に入った。数日分の食料も積んだ。

田畑は出来る限り整え、鶏たちにも餌を置いてきた。

近所に住んでいた人は、すでに魔素で死んでしまったので、家を荒らされることはないと思っている。

それでも、念入りに戸締りを確認した。


家族三人と一匹を乗せた車は、三年ぶりの東京へと向かう。


俺は荒廃した街を見るのは、久しぶりだった。


止まった信号。

ガラスの割れた家や店ばかり。

ガソリン切れで乗り捨てられた車が、至る所に留まっていた。


しかし、道路自体は石や枝が散らばるくらいで、気を付ければ十分通れた。

このままだと、昼過ぎには東京についてしまう。

かといって、そこから三日も過ごすには、どれほど危険か分からなかった。


一応下見として、まずは旧皇居付近へと向かう。


千代田区に入ってからは酷かった。

戦争が起きたのではないかと思う程の様子。

いや、実際に起きたのかもしれない。

ビルのガラスが散乱し、道路は瓦礫ばかりで通れなかった。

道路には動く車は見当たらず、人が疎らに歩いている。


ジロリ――と、そこにいた人たちが一斉にこちらを見た。


殺気のような異様な雰囲気を感じ取る。

父は慌てて車をバックさせて、急発進でその場から去る。

一度取り囲まれれば、身動きが取れなくされそうだった。


俺はすぐさま後ろを確認すると、誰も追っては来なかった。


これが、今の東京か……。


とりあえず前に住んでいた、新宿区四谷坂街にある家に向かってみることにした。

旧皇居から程よい距離にあるため、車をここに隠してからなら、当日には徒歩で向かえる。


家は窓ガラスが割られて荒らされていたが、問題なく住めそうだった。

この家だけが特別という訳ではなく、どの家もすべて割られて人に入られた跡があった。

久しぶりに訪れた家は、もう俺たちの物ではないが、酷く懐かしい気持ちにさせた。


たった三年で、世界は変わってしまったのだと実感する。



誰にもバレないように食料を降ろし、俺たちは二日間、息を潜めて過ごした。


そして、七夕の日を迎えることとなる。


本来、願っても届かない距離が、唯一交わる日。

奇しくも俺たちは――その日、異界へと渡ろうとしていた。


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