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第11話 「不穏」


「――郁斗。その服も、もうピチピチだなぁ。

そろそろ、新しい服を探しに行くか」


「うん。さすがに寒いし……新しいダウンが見つかるといいんだけど」


はっきり言って、この崩壊した世界では金なんて無価値だ。


持ち主のいなくなった空き家や店に入り、気に入った物を持ち帰る。

時たま、食料なんかが見つかることもある。

宝探しみたいなものだ。


最初こそ忌避感が強かったが、今ではウキウキした自分がいるから嫌になる。


「いいわね。私も行こうかしら……調味料も欲しいし」


まるでショッピングに付き添うかのように、母は言った。


街への移動手段は基本的に自転車だ。

ガソリンは貴重で、いざという時のために車は滅多に使わない。

これまた盗品なのだが、自転車に跨り三人で漕いでいく。


銃は欠かせない。


祖父譲りの散弾銃。上下二連式だ。

弾は二発入るので、散弾とスラッグ弾(単発弾)が込められている。

俺と父で、二丁。


それだけで、荒くれ者どもへの抑止力になる。


有名店は最初に荒らされている。

俺たちは、良さそうな一軒家に入り、タンスやキッチンを物色していく。

半日も回れば、欲しい服は大体手に入る。


食料は運が良ければ見つかる程度だが、調味料は案外残っていることが多い。

醤油や塩、みりんや料理酒だ。自給自足で手に入らない物。

母も満足そうだった。


たまにこうした気晴らしがないと、やっていけないのだ。


「あと、図書館か本屋にも寄って、新しい本が欲しいんだけど……」


「本? 今度は何の本だ?」


山菜採りやキノコの見分け方の本は、前に父に探してきてもらった。

あとは野菜の育て方、サバイバル術などの実用書もある。


学校で習う社会や理科の本は、昔は好きだったがもう読まない。


「うん……精霊についての本。

ちょっと興味があってさ」


「そうか……向こうに行ったら役立つ知識だ。

専門書なら学校が一番だが、学校は危ないからな」


集団で行動する若者たちは、学校・病院・デパートなどを根城にしたがる。

思い思いの武装をした、チンピラやヤクザのような危ない連中だ。

近づかない方が良い。


「本屋で探してみよう」


専門書はなかったが、『知っておきたい異界基礎』という本を手に入れた。

精霊に関しても、少しは載っているようなので良しとする。

そのほかにも、適当な本を何冊か持ち帰ることにした。


その帰り道だった。


「やめてください! 離して!」


「イヤあぁ!!」


女性たちの悲鳴。


「――隠れろ!」


父が、小さく鋭い声を上げた。


とっさに、建物の影に身をかがめる。

心臓が、バクバクと音を鳴らした。


「ダメぇ~~! オラ、抵抗するな!」


バシッ――という乾いた音。


他にも数名の、下卑た嗤い声が聞こえる。


姿は見ていない。

だが、何が起きているのかは理解できた。


その声が遠ざかるまで、俺たちは息を潜め続けた。


「な、なに今の……」


恐怖で身体が震える。

直感的に分かる。女性が無理やり攫われたのだ。


「なんだアイツら……銃を持っていたぞ。

警察が持つような小型の奴だ」


警察から拳銃を盗む。そんなことがあり得るのか?

そう思ったが、この世界では十分あり得る話だった。


「どうするのあなた!?」


「しばらく隠れよう。それからすぐに帰るぞ!

見つかったら、何をされるか分かったもんじゃない」


小声でやり取りをすると、そのまま息を殺して潜んだ。


女性たちを助けるなんて選択肢はない。

この崩壊世界において、ああいう倫理観のないチンピラ集団が最も危険だった。

街を抜け、人気のない田舎道に出るまで、冷や汗が止まらなかった。


帰宅後、俺たちはむやみに街に近づかないことを決めた。


どうしても必要な時だけ、父が一人で行く。

食料や物資だけじゃない。

あの連中は、女性すらも獲物として見ている。


母は絶対に街に行かないようにと、父が念を押していた。




◇◆◇




十二月。


俺と父は、狩猟をしに山へと入る。

狙うのは、鹿や猪だ。


本来は十一月から二月までが狩猟期間らしい。

繁殖期を守ったり、個体数を管理するためだそうだ。

だが今では、そんなルールもない。


それでも、やはり冬が良かった。


春は子育て期で、警戒心が強い。

夏は山があっという間に、ジャングルと化す。

秋になると、どんぐりや木の実を食べて猪が太り始める。

冬は葉が落ちて足跡が残る。肉も保存しやすい時期だ。


何より、冬の猪は脂が甘くなり、鹿は身が締まる。


弾は貴重だ。今ある分が尽きれば終わり。

そうしたら罠猟しか行えなくなる。

一発、一発に命を込めるつもりで、狩りに出ていた。


気配を研ぎ澄まし、痕跡を追う。


――すると、奇妙なものを見つけた。


「お父さん……あれ何?」


ふわふわと発光する何かが、木々の間を漂っている。


「蛍? な訳ないな……」


夏にはよく見たが、今は冬だ。

父は訝し気に、その光を目で追った。


「もしかしたら、あれが微精霊かも……」


俺は、本で読んだ内容を思い出していた。


精霊のランクは第一~第十階梯までの十段階に分けられる。

微精霊とは、そのうちの第一階梯に当たる。

いわば、生まれたての精霊の赤ちゃんだ。


「お父さん! 俺、あれと契約してみる!」


精霊契約の仕方は、レグナートが教えてくれた。


魔力を分け与え、向こうも応えたら成功だ。

祝詞を唱えて契約をする。


「待て――危ないぞ、郁斗!」


父の静止も聞かず、俺は微精霊を追った。


枝を踏み越え、雑木をかき分ける。


しかし微精霊は、ふわふわと斜面の方へ流れていった。

そうなると、俺の足ではもう追えない。


「……逃げちゃった」


「コラ。あまり無茶をするな。怪我をしても病院はないんだぞ?

それに、あれと契約出来たとして、魔法を使えるようにはならんだろう……」


父の言う通りだった。


せめて下位精霊レベルでないと、魔法は使えない。

自我を持ち、意思疎通が最低限条件なのだ。


「ごめん……。つい、気持ちがはやっちゃって……」


山での勝手な行動は、父も危険に晒してしまう。


反省しつつも、やはり未練があった。

その後も俺は、しきりに周囲を見渡し微精霊を探し続けた。




◇◆◇



それからしばらくしても、精霊が見つからなければ、狩猟も上手く行かなかった。


罠はどれも不発。

鹿を見つけたが、とても当たらない距離だった。

祖父はやはり熟練の狩人だったのだと思い知らされる。


ただ、備蓄を消費して過ごしていく。


最近は、シッポも元気がないから退屈だった。


老犬だからだろうか。

動きがめっきり鈍くなっていた。

病気かもしれないが、動物病院がない今、それも分からない。


身体が冷えないように、囲炉裏のそばで温めて過ごす。

散歩も、家の周囲でおしっこをさせて終わりだ。

前のようには、歩かせられなくなった。


そのため、空いている時間に身体を鍛えるようになった。


魔力の使い方を磨くのもそうだが、純粋に筋トレが主だ。

いざという時、両親を守れる力が欲しかった。




◇◆◇




素人がなかなか獲物を捕れるものではない。


父が「今日こそは」と意気込み。

母は「ほどほどにね」と笑う。


いまだに俺と父だけでは一匹も狩れたことはない。


魔力の影響か、成長期のせいか。

とにかく俺の身体は好調だった。

急斜面の山に苦戦する父とは違い、俺はスイスイと登れてしまう。

最近では、父のペースに合わせるのが辛いくらいだ。


そんな年明けのある日のこと。


運が味方してくれた。

藪の向こうに、一匹の雌鹿がいた。

こちらにはまだ気づいていない。


絶好のチャンス。


父は少し後ろにいる。声をかける余裕はなかった。

俺は散弾銃を肩に当て、狙いを定めて引き金を引いた。


銃声。

鹿は大きく跳ね、森の奥へ走り去った。


外したか――そう思ったが、地面には赤い点が落ちていた。


間違いなく、血だった。


鼓動が早くなる。

俺は父とすぐさま合流し、血痕を追った。


軽傷でないことを祈る。


しばらく山を進むと、鹿は倒れていた。

まだ微かに息がある。


父が短く頷く。

俺は震える手で止めを刺した。

それが“責任”だと理解していた。


初めて、自分の手で獲った獲物。


胸の奥から、言葉にならない喜びが込み上げる。

一刻も早く、母に報告したかった。


それからすぐに作業に取りかかった。

腹を開き、内臓を出し、血を抜く。

冬の山は、とにかく暮れるのが早い。


山の空気が冷たい。

湯気のような白い息が立ちのぼる。


肉をいくつかの塊に分け、背負子にくくりつける。

すべては運べない。

この気温では悪くはならないので、ロープで木に吊るして、野生動物から守った。


すっかり日が傾いていた。


重い荷を背負い、父と山道を下る。

だが、心はどこまでも軽やかだった。

家に着いた頃には、美しい夕日が山の向こうに沈みかけていた。


「お母さーん! ちょっと来てー!」


すぐには教えない。

背中の肉を見せて、驚かせるつもりだった。


自然と口角が上がっていってしまう。


しかし――


いっこうに母の返事がない。


「お母さん?」


畑にも出てはいない。


そこで、違和感に気付いた。


冬なのに、扉が開け放たれている。

それに、いつも聞こえる音がない。


「――鶏がいない!?」


六匹全部だ。

いよいよ、おかしいと確信に変わる。


父と同時に、家へ飛び込む。


「美月!! どこだ!!」


父が大声で叫ぶ。


「――なっ!?」


思わず目を疑った。


家の中は、滅茶苦茶に荒らされていた。


とにかく食料がなくなっている。


「お父さん!! シッポもいない!!」


もはや鹿のことなど、頭になくなっていた。


背負子を下ろし、家の隅々まで母とシッポを探す。

しかし、どこにも見当たらなかった。


収穫した米はない。

保存食、瓶詰、川魚の干物――全部奪われていた。


去年見た、あの荒くれ者たちを思い出す。


背筋がゾッとした。


母は――


今、どうなっているのか。


目の奥が熱くなり、身体の奥で魔力が渦巻いていた。


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