15年目(1194)
一月×日
先日人生二度目の式を挙げる。
仲人は良経殿である。
妻はなかなかサバサバした女性であった。
「あなたに夫らしさだの父親らしさだの、家庭的なものを求めるつもりはありませんわ。芸術肌の男性に人並みの対応を求めても徒労であることは、父を見て十分承知しておりますから」
義父は西園寺家の実宗殿である。
琵琶の名人で、近年師匠から秘曲伝授、つまり免許皆伝を受けた御仁である。
妻の話によれば年がら年中琵琶を弾き続け、琵琶と食事も睡眠時も琵琶と共に生活を送っているらしい。
さすが名人ともなれば気構えが違うと感心する。
「そこは呆れるところであって感心するところではありません。これだから、あなたや父のような人種はズレているのです」
なんだか怒られてしまった。
ちなみに実宗殿は歌もうまい。
「播磨潟須磨の晴れ間に見渡せば 波も雲居のものにぞありける」
雲の流れがはやく、目まぐるしく移り変わる空模様。
たまに雲が途絶えて、日光が瀬戸内海に差し込む。
日光は空中で散漫に発散して、空全体にぼんやり明るく広がる。
他方で海に目をやれば、日光に照らされた海はきらきらと白く輝いて眩い。
空も海も眩くて、目を開けていられないほどだ。
まとめると「須磨の海をながめていると、雲の合間から差し込んだ日光で、空も海も白く美しく輝いて、その境界がどこにあるかわからないくらい、眩い」。
そんな感じだろうか。
「ねぇ聞いてます?」
「あ、いえすみません」
「まったく......。とにかく、家のことはお任せください。ふつつか者ではありますが微力を尽くさせていただきます。ただ」
妻は少しキツ目に言った。
「光家君のお世話は致しません。他人の子供の世話をするほどお人好しではありませんので」
2月×日
『源氏物語』の書写をした。
ついでなので、漢字に読み仮名を振っていく。
源氏物語はその知名度の割に、文学としてはあまり重視されてこなかった。
それゆえ写本は数多あるが、きちんとした体裁の写本は少ない。
中には明らかに間違った読み仮名や注釈が振ってある写本もある。
それに話が幾つか欠けている写本も珍しくない。
というより、全話揃っている写本が、そもそも存在しない。
源氏物語は全54話から成る、とされている。
写本はかなりの数集めたのだが、どうにも53話しかない。
「雲隠」という題の話があるはずなのだが、その題の通り雲隠れしてしまっている。
これはなかなか不思議な話だ。
まぁ考えても仕方がない。
とにかく後世の者たちに、出来るだけ正確に伝わるように写本を書こう。
......そうすれば、母もきっと喜んでくれるだろうと、思うから。
一周忌を機に、そう考えた。
三月×日
姫様のお宅でお茶をする。
「そういえば宗派は浄土宗にしたのですね」
「ええそうですよ。あなたの言うところの『胡散臭い生臭坊主の興した新興宗教』に入門した、世間知らずで哀れな小娘でございます」
「勘弁してください......」
「九条の兼実殿も確か浄土宗でしたわね? ああこの国の中枢を担うお方が新興宗教にお金を貢ぐ愚かな方だなんて! この国の未来はどうなってしまうのでしょうか?」
「ごめんなさいってば! あの時のことは反省しています! 大原の勝林院での法然上人の問答も耳に入ってますし、『選択本願念仏集』にも目を通しました! とても真面目で誠実な方でいらっしゃることはわかっています!」
「ふふふ、相変わらずからかうと面白い人ねぇ。そろそろ泣き出すからここらへんでやめましょうか」
「泣きませんてば......それにしても、どういうご縁で法然上人とお知り合いに」
「ああ、それは簡単な理由です。あの方の歌がなかなか素敵だったので、宅に招いたのです。
『月影のいたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ』
月の光の至らない村はない。月の光を眺める人々の心は澄んでいく。それと同じように阿弥陀仏の救いの至らない村はない。阿弥陀仏は心に住むのだ。
浄土宗の宗歌です。なかなか素敵でしょう? お坊さんらしい素朴さの中に、簡素な掛言葉があることで、何やら暖かな雰囲気を醸し出している。それはまるで月光の優しさのような、押し付けがましさのない慈愛。
この歌の他にも、いろいろ面白い歌をたくさん詠じられているんです。たとえばですね」
姫様は楽しそうに、語る。
五月×日
姫様は、歌で人を判断する。
歌の良し悪しで人間性を判断する。
歌の内容で相手の気持ちを悟る。
まぁ俺も似たようなものだが。
いや俺の方がひどいか。
姫様は相手の気持ちがわかっても、歌にしなければ興味が持てない。
俺は、歌にしてくれなければ、相手の気持ちが、わからない。
最近いろいろ思うところがあって、自分を省みて気づいたけれど、俺や姫様の有り様というのは、きっと歪なのだろう。
歌という虚構を通してしか、現実にかかわることができないのだから。
六月×日
斎院は、孤独だ。ありとあらゆる戒律に縛られる。
斎院は人間扱いされない。斎院は現人神の如く、神社のご神体のような扱いを受ける。
神のため。それ以外のものは捨てねばならない。
神のため。人との付き合いを制限される。
神のため。与えられた部屋から出てはならない。
神のため。恋をしてはならないし伴侶をもってはならない。
しかしそれは形骸化した規律だ。
建前上そうなだけで、実際にその戒律を守る人なんていない。
斎院だって恋をするし伴侶をもつ。
外に遊びに行くし友達だって作る。
まともに守るバカなんて、どうしようもなくクソ真面目で愚かな奴くらいだろう。
そして残念なことに、姫様は愚かなくらいクソ真面目に斎院の仕事をこなしたらしい。
姫様は父君、つまり後白河院に褒めてもらいたかったらしい。
いや、褒めるまで行かずとも、自分のことを見て欲しかったらしい。
構って欲しかったらしい。
しかし院は女遊びと神仏への祈祷しか興味のない人であった。
姫様は寂しかった。
寂しくて寂しくて、たまらなかった。
そんなある日、姫様が賀茂の斎院に選ばれる。
「この仕事をちゃんとこなせば、褒めてくれるかな。喜んでくれるかな。話しかけてくれるかな。愛して、くれるかな」
そう思って、褒められたい一心で、姫様は真面目に斎院の役割をこなした。
10歳から10年間、姫様は戒律を一から十まで全て守った。
その見返りに彼女が得たのは、想像を絶する孤独だ。
私語は一切しない。
言葉を発するのも、規律に定められた言葉のみが許される。
祭の時以外は部屋から出ない。
祭の時でも、一から十まですべての言動は決められている。
それは遅効性の毒のように、あの人の心を蝕んだ。
斎院を辞するときには、あの人は中身のない空虚な人になっていた。
残りの人生を、消化試合のように考える女性になった。
父親のことも、もうどうでもよくなっていた。
あの人が唯一生きる意味を見出すのは、言葉の世界だ。
10年間、歌と物語だけが姫様の友だった。話し相手だった。歌と物語に耽溺しながら生活をしていた。
歌の織りなす虚構の世界に、あの人は生きている。
四季の移ろいも、人生の喜怒哀楽も、そしてたぶん恋心も。
すべて歌を介してしか、味わえない。
そんな歪な女性なのだ。
五月×日
姫様と同様に俺も何か、人として大事なものを、何処かに置き去りにして大人になってしまったのだろう。
俺も姫様も虚構の世界に住まう愚者だ。
痴れ者のごとく、他人には映るのかもしれない。
いや、韜晦はやめて、そろそろ自分と向き合うべきだろう。
だが、まだ。
六月×日
兼実殿の求心力が弱まっている。
以前書いたように、恨みや反発心を持った者が多い。
それだけではなく、反九条勢力としてまとまろうという機運がある。
その中心人物は、例の丹後局である。
いや中心人物というのは語弊があるか。
彼女は明らかに傀儡だ。
反九条の旗印にされているに過ぎない。
彼女の裏にいるのは源通親殿だ。
後白河院崩御後、丹後局の娘 宣陽門院は、広大な院領を遺産として相続した。
そしてその後見人についたのが通親殿である。
通親殿はその元院領からの莫大な収益をもとに成り上った。
また丹後局を介して、鎌倉殿と蜜月関係にもある。
表向きは一文官として兼実殿に付き従っているが、どうにもキナ臭いことを企んでいるように思われる。
七月×日
姫様のお宅にお邪魔する。
「海が見たいので何とかしてください」
と無茶振りをしてくる。
「丹後国か摂津国なら近場ですし、行けなくもないと思いますよ」
「ダメです。私は京を出たくありません。何とかしてください」
「いくら何でも不可能なタダをこねないでください」
「不可能を可能にしてこそ男冥利というものでしょう。さぁはやく、京に居ながら海を見せなさい」
「そんな輝夜姫の無理難題のようなこと言わないでください」
姫様は時々気まぐれで、こういうワガママを言い出す。
八月×日
今日も今日とて、姫様は「海が見たい」とワガママを言う。
姫様には、海というものが何かわからない。湖すら見たことが無い。
ただ「海」という言葉から連想され虚構される世界に、姫様は住んでいる。
そこには入江があり苫屋があり、月光があり陽光があり貝があり岩場がある。
けれど姫様は、潮騒の音を知らず、大海の広さを知らず、潮風の感触を知らず、海水の匂いを知らない。
姫様はただ想像する。
海の見た目を、匂いを、音を、肌触りを。
海に行ったことがないからこそ、姫様にとって海は、豊穣なものとして想像される。
姫様がどんな海を思い描いているのか、頭の中を見てみたいと、時々思う。
八月×日
「ここで海を見せなさい」
今日もまた海を見たいと言われる。
ここまで頻繁に言われれば、流石の俺も気がつく。
謎かけの答えに気がつく。
「愚かな人。やっと気づいたの? これだけ待たせたのだから、とびっきりの海を見せなさい。どうせなら遠い遠い、北の海を見せなさい」
九月×日
俺は詠じる。
「たづね見るつらき心の奥の海よ 潮干の潟のいふかひもなし」
陸奥の海。それは冬に吹雪と共に荒れ狂う極寒の海。この国の北端に位置する遠い遠い場所。都から一番遠い北海。
遠路はるばるその海を訪れても、そこには何も無いだろう。その極寒の海の干潟には、貝ひとつ無いだろう。寒空と潮騒と雪があるばかりであろう。
私につれない態度をとるあの人の心の奥は、まるでその陸奥の海のようだ。その本音を尋ねて探って見るのだけれども。その甲斐はない。あの人の私への想いは干上がってしまっている。
「まったく相変わらず理屈っぽい歌を詠ずる人ですね。しかも悲恋の歌。女性に披露するならもっと艶のある歌か、熱い求愛の歌を選ぶべきでしょう。あなたはいつまで経っても女心がわからない人ですね」
姫は満足そうに笑った。
十月×日
最近、また丹後局が姫様のもとを訪れたらしい。
姫様は「あなたには関係ないから」と言って、どんな話をしたのか教えてくれなかった。
十一月×日
父の体調があまり良くない。
母を亡くしてからすっかり元気が無くなってしまった。
男やもめに蛆が湧き、と言う。それでなくてももう80歳と高齢だ。
本人は「問題ない」と言うが心配である。
申し訳ない気持ちで、いっぱいになる。
義父は琵琶と共に在り、琵琶と共に寝る生活を送るという達人の鑑のような御仁だが、うちの父も負けてはいない。
毎晩家人の寝静まった後に、一本の灯火に向かって居住まいを正し、忍びやかに詠吟する。そして感情が高まって涙が出てくるまで、そうしているのである。
涙が流れるくらいに感情が高ぶらねば、良い歌は出来ぬとのお考えであろう。
まことに感嘆せざるをえない、歌に対する打ち込みようである。
母を失ってからは特に、父の泣き声は大きくなった気がする。
十二月×日
俺は、元妻のことを大事に考えたことがない。
彼女に、用事があるとき以外は話しかけない。
彼女の話を、ちゃんと真面目に聞こうとしない。
彼女は、俺にもっと見て欲しかった。
もっと話をしたかった。
もっと寄り添いたかった。
そして出来ることなら、俺に好いてほしかった。
しかしダメだった。
思いつく限りのことはしたらしい。
しかし俺は、彼女に振り向くことをしなかった。
彼女の相手を真剣にしたことが、なかった。
それでどうにも堪らなくなって、どうして良いかわからなくなって、俺に辛く当たることにしたのだという。
すると、当然のことながら俺は嫌そうな顔をした。
俺は彼女の目を見て、話した。
そんなことを言うもんじゃないよと、俺は彼女をたしなめた。
それが、彼女には、とても、とても、嬉しかったのだという。
俺に反応を返してもらえたことが、嬉しくて仕方がなかったのだという。
それから彼女は、歪んでいるとは知りつつも、俺に喚き散らすようになる。
酷い喚きかたをすればするほど、俺は彼女の相手をした。
自分で自分が惨めであった。
わざわざ醜態を演ずるなんて、正気の沙汰ではなかった。
それでも俺にかまってもらえるのがうれしくて、俺との唯一の繋がりに思えて、縋ったのであった。
子供さえ生まれれば変わるだろう。
こんな惨めな仕方で暗い喜びを得ないで済むだろう。
そう思っていたらしい。
そこで震災が起こった。
俺はほとんど昏睡状態で一月過ごした。
その間に、彼女は子を産んだ。
我が家の長男の光家である。
元妻の期待に反して、俺はまるで自分の息子に興味を示さなかった。
さらに神経を逆なでするように、あの時期、姫様から毎日のように文が届いていたらしい。
というよりも、俺が謹慎していたときから、けっこうな頻度で文を寄越していたらしい。
そしてそのすべてを握りつぶした。
そのあと母の仲介で、妻と姫様は一度話し合いの場を設けたのだという。
その際にどのような話がされたかは、三人とも教えてくれなかった。
とにかくその話し合いの結果として、姫様は俺とは直接会わないと約束したらしい。
それ以来、俺が誘っても姫様は、のらりくらりと直接会うのを避けるようになる。
まぁ、一年に一度、二月に会っていたわけだが。
母に頼み込んで、二月だけは何とか会えるようにしていたらしい。
どういう心境だったのかは、教えてもらえなかった。
で、あの年、俺と姫様が庭で梅を眺めているところを、妻は目撃してしまった。
あのとき妻は「不倫」と詰ってきた。
俺は勘違いも甚だしいと当時思っていたが、妻からすると、約定を破って姫様は俺と密会していたのだ。
そりゃあ不倫と言われても仕方がない。




