11年目(1190)
一月×日
兼実殿の娘御が入内する。
既に立后することが内定済みらしい。
めでたいことだ。
かくいう俺も従四位下に昇叙。
来月には因幡権介に内定している。
給料がふえる!
新年早々幸先が良い。
今年は良い一年になりそうだ!
二月×日
姫様と我が家で梅の花を見る。
途中、妻が乱入してきて、色々喚き散らしてきた。
「日中堂々不倫とは良い度胸だ」と。
誓っていうが、俺と姫様に男女の関係はない。
「ではどんな関係なのだ」と詰め寄られ、答えに窮する。
俺と姫様は
三月×日
西行法師が先月入滅したという訃報が届く。
如月の望月の時分に。
あの方の生き方は、それそのものが一首の和歌のようだなと思った。
四月×日
家隆殿とともに賀茂祭を見学に行く。
家隆殿は賀茂の社がお気に入りらしく、よく参拝にでかけるそうである。
「斎院がいらっしゃらないのが残念だ。これでは祭の本義が全う出来まい」
と家隆殿は愚痴る。
近年の戦乱に際し、斎院の後任が有耶無耶になっていた。
しかしそれで良いのではないかと、俺は思う。
賀茂の斎院も、伊勢の斎宮も、神に仕える巫女と言えば聞こえは良いが、その本質は生贄だ。
女子を捧げることで、神の歓心を買おうという伝統だ。
八岐大蛇に捧げられそうになった櫛名田比売と何が違うのだろうか。
斎院は、その人生を神に捧げなければならない。伴侶を持つことは勿論、他人と交わることも容易にはできない。
海を見たいという些細な願いすら、叶うことはない。
それはひどく孤独で不自由で、辛い役割だ。
神に仕える光栄と口では強がっていても。
それはとても寂しいことだ。
五月×日
姫様が体調を崩したらしい。
もともと病弱な人だ。
近年は壮健であったが、一度体調を崩すとまた以前のように床に伏せることが増えるかもしれない。
少し心配ではある。
六月×日
姫様だけでなく、姫様が世話になっている八条院全体で風邪が流行っているらしい。
七月×日
姫様の体調はまだあまり良くないらしい。
なんとなく無病息災を祈願しようと賀茂の御手洗祭に行く。
ついでなので家隆殿も誘った。
下社で足つけ神事に参加した後、せっかくなので上社にも参拝した。
まだ盆前の盛夏だというのに、賀茂の境内はとても涼しくまるで秋のよう。
帰る頃には、秋の夕暮のような空気が漂っていた。
家隆殿もそう感じたのだろう。
何か歌を思いついたようであった。
八月×日
先月誘ってくれたお礼にと、家隆殿から歌が届いた。
「風そよぐ 楢の小川の夕暮は 御禊ぞ夏のしるしなりける」
秀逸な歌だと、思った。
涼しい風に吹かれて、ならの木の葉がそよそよ揺れて音が立ち、その音もまた涼しげに響く。
境内のその涼しげな空気と夕陽で、上社を流れる御手洗川には、何か秋の気配がしている。
ただ禊の行事がされているということだけが、いま夏であることの「証拠」である。
そしてそれは同時に賀茂の大神の「験」でもある。外界は盛夏だというのに、境内まるで異世界のような空気が流れていた。そんな不思議なことが起こり得ること自体が、大神の恩寵の験なのだ。
俺もかつて賀茂社で「しるし」を詠じたことがあったが、いま考えると恥ずかしい出来であった。家隆殿の歌を詠んでしみじみとそう思う。
九月×日
すっかり秋めいて、肌寒くなってきた。
夕暮に庭に出て、紅葉を見る。
夕陽に照らされた紅葉は鮮烈な赤色で、まるで燃えているよう。
しかしこの紅葉も、やがては枯れ落ち、残るのはただの枯れ木。
紅葉の散った庭を風情がないという者もいる。
たしかに寂れた風景だけになる。しかしその代わりに夜、庭は月の光で満たされる。
昼の殺風景な風景は、夜に神秘的な舞台となる。
むかし姫様が詠じた歌を思い出す。
近年は、一年に一度二月にしか姫様はここに来ない。
梅の時期にしか。
ちょうどいま、庭に漂っているような梅の香りの季節にしか。
梅の香り?
不思議に思い、俺は振り返る。
すると、そこには、姫様がいた。
俺は、驚きのあまり、硬直する。
「あら。今回は転んだりしないのですね」
と姫様は悠長に語りかけてくる。
しかし、その顔は蒼白で、いまにも倒れそうだ。
無理もない。
先日「まだまだ不調」との連絡をもらったばかりだ。
なのに。
なんでここに。
いや、それよりも
「体に障ります。とりあえず中へ」
と俺は促す。
しかし、姫様は、無言のままこちらを、見ている。
夕陽が、姫様の顔を、照らす。
相変わらず、綺麗な人だなと、俺は思う。
いつまで経っても、綺麗な人だなと、思う。
しばらく目と目が合う。
風が吹いて、姫様の髪がそよぐ。
黒々とした長い髪が、さらさらとそよぐ。
梅の香りがする。
どれだけそうしていたのかわからない。
唐突に、姫様が、膝から崩れ落ちる。
俺は慌てて抱き支える。
梅の香に混じって、汗の匂いがする。
うなじが汗で濡れている。
呼吸が荒い。
やはり、体調がすぐれないのだ。
「体に障ります。中へ」
と再度促す。
姫様はそれに答えずにただ、一首の歌を詠じた。
「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることのよわりもぞする」
吐血するが如く、魂を削るが如き、壮絶な歌であった。
普段は技巧に凝った歌を好む姫様らしからぬ、何の衒いもない、純然たる感情の発露であった。
心中の激情をそのまま言葉にして吐き出したかのような、直情がそこにはあった。
俺は何も言えなくなった。
ただただ、姫様と寄り添っているしかなかった。
秋の寒空の下、姫様の体温だけが暖かかった。
結局、姫様が何をしに来たのか、わからなかった。
姫様が何を言いたかったのか、わからなかった。
十月×日
院が東大寺臨幸なさった。
俺は兼実殿に扈従し、大和へ赴いた。
せっかくなので、藤原の寺社たる春日の大社と興福寺にも参拝した。
藤原の源流たる中臣氏は、もとは中ツ臣を意味した。
神と人との媒を本分とし、祝詞を司る天児屋命を祖神と崇める。
もとは祭祀こそが我々の本分であったのだ。
しかしその本分はやがて忘れられ、やがて我々は、藤の蔓のように、天皇の血脈に絡まりつき、現代までその権勢を維持してきた。
しかし、本分が忘れられたとは言え、神と媒する血が俺の中に流れているというなら、俺の願いも神に届くのではないか。
届いて欲しい。
そう思った。
十一月×日
姫様が出家した。




