宮闈、奸を肃む(上)
遣使の命が下ると、成都から隴右へ通じる駅道には、馬蹄が昼夜と絶えなかった。糧署、武庫が一斉に啓運し、糧車輜重は首尾相銜んだ。黄皓、陳祗に抑えられていた忠臣たちは次々と復職し、宮中の積弊は雪が消えるように融けた。沿途の百姓は奸宦の伏法を聞き、竟然と自ら箪食を携えて送る者もあった。天下の大勢は、この一夜の宮闈の対質より、悄然と転じた。而して遠く五丈原の諸葛亮は、なお成都宮中のこの一夜の風波を知らず――彼はただ、後方の糧が、ようやく届こうとしていることだけを知っていた。
宮闈が清まると、私は後主に復命を終え、陛下の下した特詔に従い、成都にて羅憲が永安を棄てて北上する永安軍を待った。雲姑娘はすでに糧磚統籌の旨を領し、成都に留まって督辦することとなった――彼女は新法に依り民夫を調集し、大鉄鍋を支え、庫糧をことごとく熟化圧磚し、さらに運糧軍を以て祁山糧道に沿いて前線へ送り抵らせる。宮闈肃奸の捷報は、軽騎快馬を以て五丈原へ馳報する。彼女は拳を抱いて命を領し、玄甲は宮灯に映え、身を翻して駅道の夜色に没した。
私は独り成都に留まった。那道の特詔で羅憲を永安より召し北上させる快馬は、五丈原を離れる前にすでに発してあった。羅憲は永安の守将にして、孤城死守で名を馳せ、その所部の永安軍は当世一二を争う守城の勁旅である――彼を召すのは、他でもない、日后長安を克した後、最も反撲を受けやすいその門戸を支えるためだ。
傍から見れば、これは一歩の険棋だ。永安は蜀漢の東大门、長江の険を扼し、防ぐは東呉と曹魏の東南よりの侵し。この時特詔で永安を棄て、羅憲を北上させるのは、後方の東陲に一道の欠口を空けることになり、朝中にもひそかに首を振る大臣があり、「自ら藩籬を撤く」と言う者もあった。だが彼らは算り得ぬ――江東の孫権は新たに喪い、诸葛恪が初めて掌り、東呉は自ら顧みる暇なく、関中の司馬懿は二本の釘に鎖され、首尾難顧で、どこに兵力を分けて東を顧みる余裕があろう。私が永安の一軍を抽くのは、門戸を弱めたように見えて、実は仲達がこの刻、決して敢えて、また東へ一兵一卒も動かし得ぬを算準じてのこと。この一歩の妙は、まさに「破綻を露わしたように見えて、実は誰も趁き得ぬ」にある。
数日を出でずして、成都城外に煙塵大いに起こり、一彪の軍容肃殺たる鋭卒が塵を踏んで至った。先頭の大将は、身形精悍、目光鉄の如く、甲冑には辺関の風霜を帯びている。まさに永安の羅憲である。彼は馬を下りて私に会し、声は金石の如く言った。
「軍師、憲を成都に召されるからには、必ず重任があろう。憲が部の永安軍、ただ軍師の令に従うのみ」
私は彼と駅館で雍涼の地形を広げ、長安を克した後、彼が城に拠って死守し、曹魏の関中からの反撲を挡ぐ方略を、一一説いた。羅憲は聞き終え、ただ鄭重に一礼した。
「守城は、憲の本職にございます。この門、憲が軍師に代わって死に見守りましょう」
会合が定まると、私は羅憲と永安軍を率いて成都を離れ、北上して五丈原へ向かい、丞相の大軍に会した。
宮闈の捷報が大営に伝わった日、蜀軍は歓声雷動した。数日を出でずして、私と羅憲が永安軍を率いて原上に至る――
中軍大帳の内、諸葛亮は捷報と雲姑娘の粮磚の籌を聞き終え、目を閉じて軽く嘆息した。
「後主の明断、漢室の幸いなり」
私は彼の側の少し後ろに立ち、一襲の青衫に方巾を束ね、眉目疏朗、自ずから幾分かの風流倜儻がある。これを聞いて軽く笑い、羽扇は執らず、ただ折扇で軽く案の角を点した。
「黄皓、陳祗は下獄し、党羽は清除され、糧草軍械は源々として来たる。これより後顧の憂いなし。丞相、安心して北進できまするぞ」
諸葛亮は私を見、その眼底の将に熄えんとする星火の中に、ふと一抹の極めて淡く、極めて柔らかな暖意が漾いた。彼はしばし黙し、ふと口を開き、その声は私と二人にしか聞こえぬほど軽かった。
「弘正」
私は一怔した。成都より帰ってから、彼は確かに私を弘正と呼んだが、これほど軽く、まるで私を驚かすまいとするように呼んだことはなかった。
「卿が我が帳中に昏臥してより、すでに少なからぬ時日が過ぎた」と彼は羽扇を軽く膝の上に置き、その目光を私の顔に落とした。まるで遅れて来た子を端詳するかのようだ。「卿は千年の後の安稳を棄て、逆命して来たり、我が命を続け、千古の憾みを補えり。我がこの一生、子嗣は薄く、膝下にはただ雲児一人のみ。今日、大計まさに啓かんとし、一事あり、まず雲児と斟酌せねばならぬ」
彼はそう言い、羽扇を軽く上げ、帳中に侍る親兵と書吏を屏退し、ただ私と雲児の二人を留めた。帳帘が垂れ、外の声息は一層隔てられた。
彼はまず側の諸葛雲を見、その目光には長者の晚辈を見る温厚さがあった。
「雲児、卿は弘正と同じ師門にあり、また曾て断魂坡、御苑拯溺に肩を並べた。卿から見て――弘正という人は、如何か」
諸葛雲は微かに一怔した。彼女は幼い時より義父の側にあり、このように鄭重に一人の男子の看法を問われることは極めて少なかった。彼女は眸を垂れてしばし考え、再び顔を上げた時、その眸には坦蕩たる公允があった。
「弘正は……医術神に通じ、昔、五丈原に奄奄一息だった人を、彼の一手で救い戻しました。謀略は沉稳、子午谷、潼関の議は、条分節析、歩歩として実処に落ちております。さらに得難きは、彼の心に蔵するものが一家一姓の富貴ではなく、この乱世の一人一人の活きた人間であること。臨危に乱れず、処変に驚かず、また担当あり。このような人、義父が臂助を得るならば、幸いなり」
彼女は句句由衷であった。断魂坡のあの夜、御苑の救溺の時、彼女は皆、彼が如何に命懸けの人を鬼門関から引き戻すかを目の当たりにした――この力量を、彼女は心底敬服していた。
諸葛亮は聞き終え、軽く頷き、その眸の暖意はさらに濃くなった。
「我も同じ感を持つ。今日大計まさに啓かんとし、我、弘正を義子と認めんと思う。雲児、如何に思う」
諸葛雲の口元の、まさに上がらんとしていた笑みが、倏ちに凝った。彼女は義父がこの話を自分の前に問うてくるとは思わなかった。まして――彼がその人を子と認めようとは。彼女の心口が理由もなく一つ空き、まるで本に手に攥んでいたものが、先に人に抽き取られたかのようだった。
「義父」と彼女は声を極めて低く圧し、近前の二人にしか聞こえぬようにした。「弘正の図る所は甚だ大きく、恐らく義父の制する所とならぬやもしれませぬ」
諸葛亮は微かに一怔し、眸を垂れて彼女を見た。雲児は幼い時より沉稳で、このように問われる前に諫めることは極めて少ない。彼は温声で言った。
「雲児、何ぞこの言をなす」
諸葛雲は唇を抿み、その眼神はしかし遠くに立つ私へ飄り、半晌してようやく言った。
「彼は千年の後より来たり、その心思手段は皆、我らの度し得る所にあらず。今日義子と認めれば、他日もし羽翼が次第に豊かになり、その行いが義父の本心に非ずば、義父が彼を拿するは、束縛されて手足を縛られることになりましょう」
句句理に在り。だが彼女自身、この言葉に別のものが混じっているのを知っていた。
――断魂坡のあの夜、彼は鬼使神差に彼女の一縷の散髪を耳の後ろへ別け、指腹が彼女の微かに涼しい耳廓を擦った。彼の掌の鼓動が束胸の素布を隔てて、一下一下、彼女の心口を敲いた。あの時より、彼女はいつもその温度を思い出す。彼女はもとより、いつの日かこの人に嫁ぐことを望んでいた。だが彼が一朝にして義父の子となれば、平白に一層の「兄長」の名分が増える――彼女こそ、誰よりも先に慌てた。この義子の名が、本に近づき得た人を、手足として隔ててしまうのではと。
彼女は「図る所甚だ大」を由頭にして、一先ず拦もうとした。拦めるかどうか、彼女自身も底がなかった。
諸葛亮は聞き終え、ただ軽く彼女の手背を拍し、否も可も言わず、その眸には一抹の了然の笑みが掠めた――雲児のこの心思、義父としてどうして見抜けぬことがあろう。
屏退した者をまだ呼び戻さぬうちに、彼は身を翻し、その目光を私に戻し、鄭重として山の如く言った。
「弘正。我、卿を義子と為す。今より後、卿は姓を诸葛、名を弘正とし、我が子・诸葛弘正と為る。これより後、卿は我が诸葛家の子、雲児と同じく、我を一声『父親』と呼べ」
彼の言葉が終わるや、しかし軽く一嘆し、その目光を私の顔に一停、まるで無意に、また有意に低く呟いた。
「弘正吾児、馬謖を覚えておるか。惜しいことをした」
私はただ彼が旧部を思い、随感の感懐を漏らしたものと思い、心頭はまだ先ほどの暖に浸っていた。そのため、この一言に別の重みが蔵されていることに、思い及ばなかった。
私の喉が一熱くなり、千年を独り行き慣れた孤魂が、竟然とこの千年の前の軍帳で、ふと帰る処を得た。私は深く揖して地に及ばんばかりにし、声は微かに震えた。
「弘正……孩児、叩して父親に謝す」
諸葛亮は手を伸ばして虚ろに扶け、その眼底には得難き釈然があった。
「よき子だ。この一程、卿は潼関を襲い、父親は長安を取る――両路併発し、関中を鎖死せよ」
――その一刻、私は初めて真に悟った。彼が私の名「弘正」を念じた時に言った「天下のために一份の正道を弘めよ」の一句は、もとよりこの乱世に説くためだけのものではなかったのだと。
帳中の諸将は丞相が義子を収めたと聞き、次々と前へ出て賀喜した。魏延は口を大きく開けて笑い、私の肩を拍した。
「よき小子、これからは俺たち一家人だ!」
姜維もまた拱手した。
「軍師、丞相の青眼を得られ、おめでとうございます」
費禕、羅憲らも皆、礼に来たり、一時、帳中は暖意融融たるものがあった。
屏退した親兵書吏はすでに呼び戻され、帳帘が重ねて挑まれ、諸将は各々その位に帰った。時は来た。
諸葛亮は目を開け、その眸に精光が爆射し、もはや半分の躊躇もなかった。
彼は起身して巨幅の『雍涼地形図』の前へ歩み、羽扇を一点、重く「祁山」の二字の上に落とした。
「令を伝えよ――全军、営を抜き、祁山より兵を出で、直ちに長安を指さん!」
帳内の諸将、魏延、姜維、諸葛雲、費禕、羅憲らは斉しく身を屈め、息を屏じて静かに聴き、甲葉の軽響は林の如くであった。
諸葛亮のこの言が出るや、魏延はしかし按捺しきれず、一歩踏み出し、拳を抱えて朗々と言った。
「丞相! 臣に一策あり! 曹魏の主力は我に渭水に誘われ、関中は震動し、長安は曹魏の旧都、城高く池深く、郭淮また険隘を死守せば、正面強攻は必ず持久戦とならん。臣、請う、精騎を率い、子午谷の奇道より直ちに挿入せんことを――魏軍は我がかかる険路を敢えて行くとは絶対に料うまい、必ず無防备なれば、我一挙に兵を長安城下に臨み、虚に趁じて旧都を下さん!」
帳中が静まった。姜維の眸光が微かに動き、子午谷のあの千里を迂回する険狭の山道を推演しているかのようだ。諸葛雲は眸を垂れて語らず、指先を袖の中で軽く叩いている。
諸葛亮はしかし即座に応允せず、羽扇で軽く図巻を叩き、沉吟すること良久、ゆっくりと首を振った。
「文長、この策は……勇は勇なれど。子午谷の山道は迂回し、糧秣は継ぎ難く、一たび行跡が露わになれば、行けど帰らぬ死路となる。たとえ奇襲に成功し、兵を長安に臨むも、関中の東面の門戸は洞開し、曹魏の援軍は旦夕に至るべし――孤城を占めるのみでは、関中全体を鎖すことはできぬ」
――丞相は躊躇した。
私は一歩進み、その目光を地形図の上、関中の東口を扼する潼関に落とした。心中のあの後世より持ち来たった研判の法――情報、後勤、リスク、損益、四維の拆解――はすでに胸中に成っていた。
「丞相、魏 top将軍のこの計、弘正、深くこれを然りと存じます!」
私の声は平稳で、一字一句、脈を診て症を断ずるかのように条理分明であった。
「子午谷より直ちに長安へ挿入するは、魏軍が絶対に料らぬ死路を行くもの――魏 top将軍のこの胆色こそ、まさに奇兵の道。弘正はこれを賛同するのみならず、さらにこの一歩を借りて、落子の処を潼関に改めんと存じます。潼関は関中の東户、これを鎖せば、すなわち関中全体を鎖す。関をいかに奪うかは――急襲か、あるいは別の奇兵か、弘正に一慮あり。潼関は雄険、五千人で硬く撞かば、縦い下せども、傷亡は必ず惨重とならん。この節は、子午谷を出で、虚実を探明した後、弘正が面に丞相に禀し、臨機に計を定めん。その時こそ、すべては潼関のあの門が、自家の運糧の旗号を覚えておるか否かにかかっております。どうか弘正に軍師の見を以て、先ずその四端を析させられよ」
「其一、情報。諸葛雲の辖する暗探は、すでに潼関の虚実をことごとく摸っております――司馬懿の主力は我らに渭水に钉さされ、郭淮の部は久しく後方を鎮し、関隘を分守し、潼関一线の守軍はもとより多くなく、満打満算で五千を出でず、しかも久しく後方に在りて懈弛すでに極みに達しております。これ天の与えたる窓にございます。
其二、路線。子午谷の山道は千里を迂回し、魏軍は我が真に大軍を率いて穿行するとは絶対に信じぬ――この『死路』こそ、最良の掩护。我が軍、谷中を潜行し、谷を出づる処は、すでに潼関の西、長安の南へと繞り、正に関中の東户の軟腹に咬みついております。我が軍五千の精鋭、一兵の輔卒も帯びず、各々二十日の糧磚を自携し、軽装疾進し、この死路より鑽り出で、正に魏軍の不意を打つ。我が軍五千の精鋭、一兵の輔卒も帯びず、各々二十日の糧磚を自携し、軽装疾進し、この死路より鑽り出で、正に魏軍の不意を打つ。
其三、泄密。この策の最大の険は、風声を漏らすに在り。だが王医者の細作はすでに除かれ、楊儀は伏法し、陳祗、黄皓はすでに下獄し、党羽はことごとく除かれ、軍中にすでに内鬼なく、司馬懿の耳目は尽く断たれた。泄密の虞は、ほぼ零にございます。
其四、損益。魏 top将軍の子午谷の謀は、『その無備を攻む』にあり。弘正の潼関の議は、『その退路を鎖す』にあり。一攻一鎖、表裏相済――子午谷は長安の魏軍の心を牽き、潼関は関中の東户の援を掐み断ち、司馬懿は顧彼失此となり、則ち雍涼は定まり、関中は復し、事半にして功倍にございます。
魏 top将軍が『敵は絶対に我が死路を行くと料わず』と点破されたなら、弘正はこの死路に順い、直ちに彼の絶対に料らぬ活门を捣かん。子午谷の死路に入り、潼関の活门より出づ――この活门をいかに開くかは、弘正が谷を出でて虚実を探明した後、自ずと分かることでございます」
諸葛亮はこれを聞き終え、その眸の権衡の色が次第に消え、ついに頷いた。
「よし。魏延、精鋭五千を率い、輔兵を帯びず、各々二十日の糧磚を自携し、子午谷の奇道より直ちに挿入せよ――文長を帥とし、この一路の主将と為せ。弘正は軍師として軍中に賛画し、その間を運籌せよ。羅憲はこれを副とし、副将と為せ。谷を出でた後、機に相応じて潼関を奪い、関門を落鎖して犬を打つ――これすなわち文長の子午谷『死路を行く』の胆色に応じ、ただ落子をさらに鎖户に易き処とせり。我は親ら中軍を統べ、急行して直ちに長安へ撲らん――潼関と長安、二処の釘は、司馬懿の大軍を死死と関中に閉じ込めん!」
彼は羽扇を一転し、また羅憲を点じた。
「憲、この度の子午谷、卿は副将と為り、文長、弘正と同行し、互いに犄角と為れ。なお卿の所部永安軍は、当世最も守城に善き師なり、中軍の後に随い、攻城の継と為し、また克城の盾と為せ――長安一たび破れなば、すなわち永安軍を以て城に拠って死守し、曹魏の関中よりの反撲を挡ち、前軍に後顧の憂いなからしめよ」
羅憲は拳を抱いて応じた。
「憲、令を遵奉いたします」
彼は羽扇を再び転じ、帳中の諸将を掃視し、朗々と将を点じた。
「王平、無当の旧部を率い、斜谷、駱谷の諸険道を扼し、仲達の南遁の路を断ち、関中魏軍の南援の望みを絶て――卿は守に善し、この役はまさに卿に合う。馬岱、軽騎を率いて渭北を游弋し、游哨を遮断し、糧道を襲擾し、仲達の耳目を通ぜず、号令を達せざらしめよ。張翼、中軍に随いて右翼と為し、専ら長安攻城の梯衝を司れ。城破れた後は、潼関と長安の間の要衝に拠り、両釘を呼応せしめ、首尾相顧せしめよ」
王平、馬岱、張翼の三人は斉しく拳を抱いた。
「臣、令を遵奉いたします!」
魏延は大喜過望し、拳を抱いて轟然と言った。
「臣、必ず丞相、軍師の託に負いませぬ!」
中軍まさに発せんとす。両路分兵の軍令が下ると、魏延はすでに刀を按じて五千の先鋒を点じに出で、羅憲も親兵を率いて後を押さえ隊を整えた。私はあのアルミ殻の薬箱を挿み、まさに子午谷の一列に随いて帳を出でんとし――
帳の後ろより、ふと一人転び出でた。諸葛雲である。彼女は一身の玄甲を卸さず、帳口の風の中に立ち、しばらく待っていたかのようだった。私が望むのを見て、彼女の口元が動き、何かを言おうとして、また飲み込み、ただ一歩進み、手を挙げて私の肩の、半寸緩んだ薬箱の帯を正してくれた。指先が甲葉に触れ、冷たい。彼女自身の手も、冷たかった。
「子午谷の千里の死路」と彼女の声は極めて低く、ほとんど風に散りそうだった。「早く行き、早く帰って」
私はふと一怔した。彼女は眸を垂れ、その眼の周りが赤くなり、中に水の光が盈ち、彼女はぐっと堪えて、落とさなかった。唇を白く抿み、まるで口を開けば、その何かが泄れてしまうのを恐れるかのようだった。彼女は兵を知らぬ者ではない――このような神色は、どうして軍務を憂うものか。分明に、離れ難いのだ。
私は一時、何と答えてよいか分からず、ただ薬箱の帯を彼女の手の中で軽く一握した。
「雲 top将軍、ご安心を。潼関のあの門、私が義父に代わって開けましょう」
彼女の指先が微かに震え、手を抽き、極めて軽く一点頭し、半歩退いた。それでもなおその場に立ち、子午谷の方向を望み、歩を挪さなかった。
数歩の外、諸葛亮はちょうど姜維と中軍の後続を交代し、羽扇を軽く揺らし、面上は気に留めぬようだった。だがその余光は、この一幕をことごとく眼底に収めていた。彼は先日、彼女が「弘正の図る所甚だ大」と私諫した時の、その隠しきれぬ慌てを思い出し、また彼女が今、涙を忍んで垂首する様を見た――雲児はどこが弘正を制し難いと怕れているのか。彼の口元が極めて淡く上がり、心中のその推測は、これでさらに篤くなった。この子が義子を認めるのを拦めたのは、もとより社稷のためではなく、自分のためだったのだ。彼は軽く首を振り、その眼底に一人の父としての、どうにもならぬ、しかし了然とした笑みが浮かんだ。




