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五丈原にて諸葛亮を救い、その義子となる  作者: ほしかわ さとる
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力(ちから)で楊儀(ようぎ)を論破(ろんぱ)す(上)

第27 力(ちから)で楊儀(ようぎ)を論破(ろんぱ)す(上)

わたくしが著えるこの一領の青衫、額に方巾を束ね、眉目疏朗、燭火の裡に自ら幾分の風流倜儻の從容あり。五丈原に穿ち來てより、軍中に窃かに囁く聲あらざるにあらず——口音怪しき異郷の人、何ぞして丞相のこれほどの信重を得んや? この時楊儀すでに現形せりといえど、かく一駁するも、別に奇とするにあらず。

わたくしは楊儀がすでに銅符をもって釘づけにされながら、なお垂死の掙扎を欲する姿を看て、心中少しも波なく、ただ淡く口を開き、「楊長史、事ここに至りて、何ぞまた強きを辯ぜんや。密書はそなたが親筆、銅符は司馬氏の信物、書を送りし者みずから招認せり、そなたにまた何の言のあらんや?」

「それは偽造なり! ことごとく偽造なり!」楊儀、嘶吼す。

「偽造?」諸葛亮、ゆるゆると身を返し、目光彼に落ち、冷たく彼を瞬きなりに噤ませ、「わしとそなた、多年共に事えり、そなたが字跡、そなたが筆法、わし一目にして弁え申す。密書の上、そなたが平素書くとき習い性の缺筆、頓筆すら、一模一様なり。誰が敢えて偽造せん、また誰が偽造え申さんや?」

この一言、徹底して楊儀が最後の掙扎を碎き壊せり。

帳中の諸將この言を聞き、揃いて冷たき息を吞み——その「缺筆、頓筆」の癖、彼ら丞相と多年共にあれど、誰か認めざらんや? 鉄證山の如く、なお半分の強辯の余地も無し!

楊儀、身を震わせ、両足柔らぎ、地に癱れ倒れ、眼の色空ろに、面死の灰の如し。すべての強辯、哭き叫び、嘶吼、瞬きに喉に卡かり、もはや半點の聲も發せず。

事ここに至りて、贋を働かすも無用、掙扎するも無用。

鉄證山の如く、彼は死あるべし。

諸葛亮、彼がかかる姿を看、心中最後の一絲の舊情も徹底して消え、聲淡く氷の如く、「楊儀、そなた長史の位に居り、國の厚き恩を受け、後勤の機要を執り、却って敵寇に暗に通じ、主帥を搆陷し、北伐の大業を顛覆せんと欲す。罪證確たしかなり、そなたにまた何の言のあらんや?」

楊儀、地に癱れ、久しくして、やっと淒厲なる慘笑を發す、「ははは……言うべきなし……丞相、わしの負けじゃ、徹底して負けたり……ただ不甘心、わし、何ぞして文長に如かずや? 何ぞして姜維に如かずや? 何ぞしてそなた、一心に彼らを護りながら、かつて大權をわしに委ねたまわざりしや? わしが才は何人にも劣らず、ただ一つの機會を欲したるのみ!」

「機会?」諸葛亮、冷かに笑う——これわたくしが穿ち來てより、初めて彼がかくまで冷く笑うを見るなり——「そなたの望む機会とは、蜀漢を売り、三軍を売り、人を売りて、司馬氏の富貴を換えんとするにあらずや? かかる機会、わしには與え申さず、漢室もまた、容るること能わず。」

彼、手を擧げ、なお楊儀を一瞥も見ず、語氣決絶して、「引き據え、しばらく密幕に押さえ置け。今日大勝なり、刑を執るに宜しからず、明日正午、軍門にて眾に示し、もって通敵叛國の罪を以て、軍法をもって處せ。その心腹黨羽は、一并に嚴しく懲し、もって軍心を正せ。」

「はっ!」諸葛雲、應じて、手を揮って泥の如く癱れたる楊儀を引き據え去らしむ。

淒厲なる慘叫漸く遠ざかり、帳内ついに再び静かに歸す。

さきほどこの數名の楊儀に不平を抱き、ひそかにわたくしが證拠を捏造せりと疑いし偏將と士卒は、この時顔を見合わせ、さきほどの疑竇すでにことごとく冷汗と羞慚とに化せり——彼ら危うく、通敵叛國の奸賊のために、天下を挽く軍師を冤わんとせり。

わたくしが諸葛亮のやや疲れたる影を望み、静かに言った、「丞相、心事すでに了し、内姦すでに除かれ、休みて片時を歇すべきなり。さきほど山谷の一戰、丞相、強いて精神を撐えて三軍を指揮し、また楊儀が事を處せり、なお過度に勞神すべからず。處方を定時に服用し、扶桑のラジオ體操をなお練習し、身こそ根本なり。」

諸葛亮、振り返りてわたくしを看、眼に一絲の温和なる笑の色を浮かべ、疲れの中に釈然としたるを帯びて、「そなたが側に在て、時に提醒せば、わし、身を惜しまざるわけにこそいかがな。安心せよ、わし、そなたに約せしを、五丈原を生きて出で、北伐を續けんとせば、決して言を食らうことなかるべし。」

彼、一息ついて、眼の色再び鋭く、「されど、この時歇むは尚早し。楊儀伏法、軍中人心浮動し、諸將いまだ詳細を知らず、わし必ず自ら出でて、軍心を安んじ、軍紀を申明し、もって謠四方に起るを免れ、自ら陣を亂さしめざらしめん。」

丞相、自ら升帳せんとす?

「さにあり。」諸葛亮、頷く、「令を傳え、諸將を召して中軍の大幕に議事せしめよ。文長、伯約、諸葛雲……すべての営なる都尉以上の將領、ことごとく前に來れ。わし、眾に楊儀が罪を宣し、人心を安んじ、軍紀を重整し、北伐の戰局を再び部署せしめん。」

「承命。」

令を傳うる兵速やかに去り、法螺貝の聲軍営の中にゆるゆると起こり、沈穩莊重に、四方に遍し。

各営の將領號角を得て、紛らわしく衣甲を整え、駆け足に中軍の大幕に趨る。魏延、姜維らは方に山谷の戰場より返り、なお歇む間なく、丞相が升帳せしを聞き、心に疑いあれど、敢えて怠らず、立ちどころに來たる。

程なきに、帳内武將林し立ち、甲光日を向き、氣勢凜然たり。

魏延、首位に立ち、體魁梧、眼の色振るい、あきらかにさきほどの大勝の喜びに浸り居たり。彼、諸葛亮が主位に端坐し、氣色大いによく、精神矍鑠なるを看、心中なお喜び、蜀漢救わるべし、北伐望みありと覺ゆ。

諸將揃いて禮を行う、「丞相に參ず!」

「諸將の軍、禮を免ぜよ。」諸葛亮、聲清朗にして、帳内のすみずみに遍く聞こゆ、「今日そなたらを召して來たるや、一つは、今日の大勝の功を宣せしめん;二つは、軍紀を申明し、内姦を除かん;三つは、北伐の戰局を再び部署し、大業を共に圖らんとす。」

彼、先ず魏延、姜維を看、語氣温和中かに、「文長は偽り敗れて敵を誘い、伯約は伏せて敵を殺し、両將軍、功至って偉し。三軍の將士、人として功あることなし。成都に歸らば、わし一一に表を上げ、功を論じ賞を行わん、決して虧待せじ。」

「丞相に謝す!」諸將揃いて聲を應ず、士氣高まる。

諸葛亮、手を擧げて眾の聲を押さえ、顔の色驟に沈み、「されど、わが軍血を浴びて戰い、魏軍を大破するその際、軍中にこそ、裡を食らい外に扒く、曹魏に暗に通じたる奸賊の出たれ!」

この言一出、帳内瞬きに嘩然たり。

「奸賊? 軍中に竟に内姦あらんや?」

「誰ぞ? 何ぞかくの如き背叛の事をなさん!」

「搜し出せ! 千刀万剐に!」

魏延なお更に勃然として怒り、厲しく喝して、「丞相! 誰ぞ? わし、今すぐ行って彼を斬らん!」

諸葛亮、目光眾を掃らい、聲冷たく、「この者、すなわち元の長史、楊儀なり。」

轟——

大帳ことごとく炸け開く。

皆驚き呆れ、顔を見合わせ、眼の色皆なんとも信じがたきに満てり。

楊儀?

丞相の側の近臣、長く軍機後勤を掌りし長史の楊儀、竟に魏に通ぜり?

誰もこの事實を信ぜず。

「丞相、これ、……これ、真に候や?」魏延、暫く呆け、やっと聲を失って問い申す。彼、楊儀と水火の如く勢い相反し、とうに恨みて骨に徹すれど、楊儀が魏に通ぜるを聞き、なお驚きの方が快意に勝れり。

「千真万確。」諸葛亮、沈として言う、「楊儀、職の便を藉り、密かに司馬懿と結び、軍情を傳え、わが軍の部署を漏らせり。今日なお山谷の伏擊戰の際、人を遣わして密かに魏軍に報ぜしめ、裡より應じ外より合するを圖り、わが軍を顛覆せんと欲せり。幸いに弘正早くより察知し、諸葛雲將軍適てい時に擒拿し、人證物證俱に目の前に在り、鉄證山の如く、彼すでに供認せり。」

諸葛雲、前に進み、密書、銅符などの物證を一つ一つ諸将の目の前に示す。

眾看て、皆怒髪衝冠せざるなきものなく、齒を嚙みしめ、恨みを銜う。

「楊儀むざと! 竟に此の如き事をなすか!」

「丞相が彼を遇いやったる厚きに枉げて、まことに狼心狗肺なり!」

「丞相、令を下して彼を斬れ、もって軍心を正せ!」

諸葛亮、手を擧げ、帳内静まりて、ゆるゆると言う、「楊儀、通敵叛國、罪赦すべからず、明日正午、軍門にて刑を執らしめ、もって眾に倣い、その心腹黨羽は、一并に嚴しく懲し。これを除きては、但し無辜に連坐する者あるも、一概に究せず、諸君安心して、自ら疑うことなかれ。」


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