山谷(さんこく)破敵(はてき)(上)
第25 山谷破敵(上)
諸葛亮は羽扇を軽く搖し、声は清冷にして、整なる山谷に響き渡る。「司馬仲達、そなた、半生を算り尽くし、余を耗して死なしめんとせり。今日、すなわちそなたが身を葬る所なり!」
「全線より出撃!」「討て!」
山谷の両側、滚石擂木轟として落ち、魏軍に頭を破り血流しむ。箭は雨の如く、人命を收割す。前後の路口すべて塞がれ、魏軍は進退得ず、自ら相践み合い、乱れ一団と化す。
司馬昭、夏侯威、面は死の如く青く、魂飛び魄散ぜり。中ったり、徹頭徹尾中ったり。諸葛亮、本来的に病危にあらず、これすべて、罠なり!魏軍の将兵、斉しく冷気を吸い込み、さっきの狂喜は瞬時に死灰の如き恐れに凍りつく。
私が後に知りしは、遠き山坡の上に司馬懿が前軍の急報を受け、中伏し、諸葛亮の無傷なるを知り、当場に顔色大いに変じ、身を震わせ、額の角に冷汗涔涔として、几乎坐し倒れんとせしを。
「諸葛亮……竟に病を詐りて我が誘いしとは!」
彼はまた驚きまた怒り、また悔いまた恨み、歯を嚙み切り、なすすべなし。
「令を伝えよ!」司馬懿、厲声に嘶く、「全線撤退!先鋒の救援を棄て、直ちに撤軍せよ!早く!」
彼は知る、谷に入りし部隊はすでに果てたり。更に退かざれば、主力もまた纏わり付かれ、大敗虧輸せんと。
山谷の内、殺声天を震わし、血は河となって流る。司馬昭、夏侯威は親衛の死力を以て掩護せらるる下、狼狽不堪、死力を尽くして谷口を衝き抜け、倉皇として逃げ窜し、身の回りの士卒の死傷十の七八に及ぶ。
伏兵の戦、蜀軍大いに勝つ。
中軍大帐。捷報届き、諸葛雲、大いに歩み入り、片膝をつき、声奮って、「丞相!大勝なり!魏軍の先鋒、我が軍に於いて全殲さる、司馬昭、夏侯威は身を以て免るるのみ、魏軍の主力は倉皇として撤退し、我が軍は軍械、粮草数を斬獲し、士気大いに振るう!」
帳内、すべての者が狂喜の色を露わす。
諸葛亮は羽扇を軽く搖し、顔に釈然たる笑みを浮かべた。私は傍らに立ち、胸中長く安堵の息をつく。
勝った。この一局、徹底的に勝った。敵を深く誘い入れ、病を詐りて敵を破り、内と外の双線、一勝一穏かなり。司馬懿大敗し、士気を挫かれ、短期に再び易く出戦せず。蜀軍は膠着を転じ、北伐の勢い、再び振るい立つ。
ちょうどこの時、諸葛雲がまた低く稟した。「丞相、先生、また一事あり。属下、楊儀を監視し、魏軍谷に入らば、楊儀が暗かに心腹を遣わし、密信を携えて魏軍の営寨へ送らんと試みしを、我が軍が当場に截獲せり。人証物証、俱に在り!」
一つの言、帳内を瞬時に一静せしむ。
程なくして、楊儀、帳に引き上ぐらる。
彼が歩履従容、衣冠斉い、面に幾分の坦然を帯び、さながら尋常に議事に呼ばれしが如し。己が削権の敲きを受けてより、彼が胸中にはすでに計りあり——あの魏営へ送らんとする密信は、心腹が自ら渡し、己は曾て手を触れず。営中の往来の文書、後方の帳目、要害の処は皆、清らかに料理せり。たとい諸葛亮が彼を疑うとも、何の把柄を掴まんや?彼はなおひそかに算段せり:司馬都督がこの営を破りし後、己を以て「内奸を清査す」の名を以て、かえって弘正この外の者を一鍋に端なんと。
是を以て彼が一たび立てば、先ず口を開き、声色凛然として、かえって罪を問わんとして、「丞相!さきほどの大捷、挙軍歓騰、慶ぶべきなり。されど——」彼が目を帳中に掃し、我が身に落つる時、一瞬極めて速やかに一抹の冷たさを掠め、速やかに収む、「営中、すでに奸細ありて敵に信を递す、このごとき国の蠹虫は、決して姑息すべからず!儀、丞相に厳令を立てらるることを請う、窮究して底まで及ぼし、凡て通敵する者は、直ちに斬りて徇にし、以て軍法を正さしめよ!」
彼が語るは大義凛然として、誰よりもこの奸細を恨めしがるが如し。帳中の数名、平素彼と交わり良き中低層の将校、聞きて相次ぎ頷く。
私は左側に立ち、動ぜず、ただその一抹の笑みを眼底に圧む。
諸葛雲はすでに一歩前に出で、双たび手に一方の染血の素帛を捧げ、躬を屈めて案に呈す、「丞相、これは楊長史の心腹の身より截獲せし親筆の密信なり。送信人は当場に招認し、実に長史の指使を受け、魏軍が谷に入る際、我が軍の伏撃の布局を递すべかりしと。」
素帛を抖い開けば、墨跡なお乾かず。信中には、山谷の伏兵の方位、兵力、主将を標せるのみならず、さらに一句、「亮病危にして詐り死、営中空虚なり、丞相、一挙にこれを破り給わんことを望む、儀は内応たらんことを願う」と書けり。
楊儀が目をこれに落とす——ただ一瞬。
その指先はほとんど覚え難きほど微かに震え、唇の端の常なる従容は半ば息を止めたり。なれど電光石火、彼が猛しく顔を紅に漲らせ、一掌を案に打ち、声色俱に厲として咆哮し、先よりもなお怒り、なお狂おしく:
「荒唐!無恥!これこそ司馬懿の反間の計なり!」
彼が我を指し、眼玉は殆んど眶より飛び出でんばかり、声は字字鏗鏘として、さながら戯台の浄角が定場詩を念ずるが如し、「司馬仲達、自ら力なくして営を破る能わず、かくの如き下作の手段を用い——我が心腹に偽書を帯しめ、故意にそなたらに截かしめ、再び丞相の手を借りて、我が邪魔なる『内応』を除けしむ!好なる一招の借刀殺人!弘正!定めしそなたと魏延が串ね、この偽りの信を拿して我が罪を構えんとし、我が長史の位を奪わんとするならん!」
彼が演じるは極めて足り。頸筋暴れ出で、髯髪皆張り、さながら真に天大の冤を被りしが如し。帳中の数人、顔を見合わせ、さきほど頷きし数名の将校、こんどはまた猶予の色を露わす——一介の来歴明らかならざる外の者、一通の信、もって長史の通敵を定めんや?
我はあわてず、ただ諸葛雲に微かに頷く。
「捜せ。」
白毦兵前に進み、強いて言わず、直ちに楊儀の身に就き細かに捜検す。彼、はじめはなお頸を梗うして捜さるるに任せ、さながら捜し出ださん半ばの穢物もなかるんと確かにせり——一名の卒が彼が胸に貼った衣襟の内側より、寸ばかりの長き銅符を摸ぐり出だすに至るまで。
銅符、手に入ればなお温く、正面に「司馬」の二字を鋳る、背面は曹魏の軍司の狼の図騰、縁に一道の暗紅の血沁、分明に常に身に貼りて、摩り出せし痕なり。
楊儀が目をこの銅符に触れれば、人として雷に殛たれしが如し。
さっきの滔天の怒り、あの戯台のが如き狂態、刹那にして顔に僵き死しぬ。彼が唇は翕き、喉に咯咯と音を鳴らすれど、半ばの字も吐かず。その銅符、彼が再び熟せる——これは司馬懿の親信のみ持ち得る信物、彼が暗かに魏に投じ、幾度か往来せし憑証、肉に貼りて数月、自ら万全なりと信ぜり。
なれどそれ、此刻案の上に躺し、満帳の将校に向かい、冷たき光を泛べたり。
「楊長史、」私はゆっくりと口を開き、声は平静に過ぎて殆んど残忍なり、「司馬懿の反間の計、自らが身内に、『司馬』の二字を刻みし貼り身の銅符を鋳らんや?」
満帳死寂。
楊儀が顔色、紅より白に、白より青に転じ、遂に「ぷッツン」と軟く倒れ地に伏し、もはやさきほどの大義凛然、公堂に咆哮せし半ばの気焔もなし。彼が死に絞る如くその銅符を睨み、さながら自ら書きし判詞を睨むるが如し。
ここに至り、鉄証山の如し。弁ずるもすでに及ばず。
前営の楊儀に冤を鳴らせし士卒数名、此刻ちょうど人混みに押し、親ら方の一幕を見る——長史がいかに大義凛然として奸細の斬りを請うやら、またいかに銅符現形の時、泥の如く軟く倒れしやら。さきほどの忿忿、不びんを抱けしは、此刻すべて顔に僵き死せり。数人は冷気を吸い込み、あの老卒が口を開き、半ばしてやっと一句を絞り出だす、「元より……まことに我らが眼を眩ましいたり。」傍らの者も羞愧して頭を低れ、転じて中軍大帳の方に向かい深く一揖す——この一揖、丞相に向かうなり、またあの冤を被りしながら、幾度か力を挽回せし我に向かうなり。怨嗟は嘆服に化し、この一刻、彼らこそ真に、何を「人がそなたの見えざる刀を見張る」と申するかを悟れり。
山谷の血腥の気はなお秋風に徹底的に吹き散らされず、蜀軍の大営はすでに一ふうの気象を換えたり。
獲たる魏軍の軍械は士卒に扛がれ営を穿ち過ぎ、奪い得たる戦馬は一匹ずつ低く嘶きて人に牽かれ帰る。平日、百日の膠着に生ぜしあの疲れと低迷とは、此刻一掃されて去り、取って代わるは、滚燙なる戦意なり。
中軍一帯、白毦兵の甲械铿鏘として、三步に一崗、五歩に一哨、陣を列ね鉄の如し。
さきほどの一幕「奸細の斬りを請い、銅符現形」は、一記の驚雷が帳に落ちしが如く、大勝の狂喜を瞬時に一片の氷寒の肅穆に圧めきぬ。
楊儀、魏と通ず。
この四字、重くして人の胸に圧し。
諸葛亮、主位に端坐す。素色の衣袍が彼の面色を襯し、すでに復して暖なれど、眼差しは冷たく深冬の寒潭の如し。我、彼が手に執る羽扇が半空に停どまり、久しく動かず、唯指先微かに緊まるを認む——彼に多年仕えし親兵も認む、これこそ丞相真に殺心を動かせし時の形なりと。
我、左側に立ち、神色平静なれど、胸中にはすでに局勢を看破せり。
楊儀は内通者、既に意表の外にあり、また情理の内に在り。
この人は才ありて徳なく、能ありて量なく、一向諸葛亮の後継者を以て自ら任ず。眼の前に丞相病危にして、北伐望みなしと見なば、自らの富貴性命を求めんがため、暗かに司馬懿に投じ、悉く彼が性に合う。
史書の上、彼はこの一歩を踏まず、唯諸葛亮の死急なりしにより、彼はまだこの選択を為すに及ばず、早くも魏延との内闘に陥りしのみ。
而るにこの世において、我、穿って来り、暗かに製剤を取り替え、丞相の病状を安うし、また病を詐りて敵を誘うの局を布き、反って楊儀を逼って提前に現形せしむ——一場の未来の内乱を、今日の明き棋となせり。
これは意外、なおさら伏線早く定まれるの必然なり。
我が孔明と、すでにこの人を看破せり。
早くも山谷の大勝の前、我、すでに楊儀の魏と通ずる蜘絲馬跡を覚えり——粮草の帳目の蹊蹺、駅路の異常なる信使、魏営と暗かに款曲を通ずる銅符。我ら二人一ちょく算り、さては将計就計せし——我が暗かに製剤を取り替え丞相の性命を安うし、また故意に「丞相病危、営中空虚」の風声を放ち、楊儀この暗なる処の毒蛇を、無理矢理に洞より引き出せり。
もしかくの如く放線して魚を釣らざりせば、楊儀、决してかくも急に信を递し、内応とならんことはなく、かくてこそこの一通の魏と通ずる暗線を掴み出すことあたわざらん。この一着の棋、初めより掌握の中に在り。




