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五丈原にて諸葛亮を救い、その義子となる  作者: ほしかわ さとる
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暁前、現れ出る(下)

私は幕中に立ち、眠れる諸葛亮を見やり、心のなかひそかに算計した。この一幕の芝居は、逼真せねばならぬ。蜀軍は触れるや潰え、鎧を棄て兜を捨て、糧草営は乱れ極まり、兵は慌てふためく。司馬懿の最も見たがる光景を、ことごとく夏侯威の目の前にそのまま演じ尽くさねばならぬ。

ただ夏侯威に「蜀軍はすでに乱れ、諸葛亮は必ず死なむ」との消息を負わせて魏営へ滚げ戻らせてこそ、司馬懿は真に戒心を棄て、さらに「一戦にして功を定め、蜀軍を徹底して撃破せむ」という貪の念を生じ、みずから大軍を率いて諸葛亮の布きたる天羅地網へ踏み入らしむるであろう。

この一子は、敵を誘くの基い、覆すの始めなり。

幕外、東方の山谷の方より、ほのかに兵器の打ち合う音、兵の喊声が聞こえた。音は大きからぬが、ちょうど「局部の騒乱、速やかに潰え」の雰囲気を醸し出した。私は幕の辺へ歩み寄り、耳を傾けて聴き、戦場のリズムを判断した。すべて、予想のごとく進みつつあり。

蜀軍はわざと散らばち、魏軍は得たり顔に追い、のち蜀軍は「慌てふためいて」退き、魏軍は「大勝」して兵を収めた。凄惨なる廝殺も無く、天地を揺すものも無く、ただ一つ巧みに設けし偽りの敗れあり。

半時とも経たぬうちに、廝殺の音は次第に静まり、夜色は再び静寂に帰し、ただ秋風のみなお哮る。

さらにほど経てば、諸葛雲の姿が再びひそかに至り、口調のなかに抑えられたる亢奮を帯びて。

「先生、事成りました。夏侯威は部隊を率いて一とき劫掠し、わが軍を大敗せしめたりと思い、幾ばくかの旗や武器を奪い、すでに得意げに撤兵し、司馬懿のもとへ功を報ぜむと去りました。わが軍に重傷を負いし者は一人もなく、半ばの破綻も露わさず」

「よし」

私の懸りし心がついに地に落ちた。

「各営に令を伝えよ。相変わらず元のごとくにて、表は緩かに、内は厳しく防ぎ、今夜の事を洩らす者あらば許さぬ」

「は!」

諸葛雲、退く。

私は長く息を吐き出し、全身の緊めたる筋肉が幾分緩んだ。第一局、勝ち。司馬懿は、すでに一足を罠のなかに踏み入れたり。

後営の片隅、幾つかの下級の軍官が風を避けし土塀の下に集まり、声を極めて低く潜めていた。これらの言葉は、間を置かずして私の耳に届いた。

「そなた、言え……丞相は本当にもう駄目なのか」

一人の若き屯長が矛の柄を握りしめ、眉をひねった。

「昨夜伝わりしは重篤、今日伝わるは魏軍が来て探り、わが軍が触れるや潰えたと。本当になんとも無ければ、どうして夏侯威までが草料営の門前まで摸ねり得たのか」

「恐らく本当に駄目なのでござろう」と、もう一人の什長が首を振った。「見なかったか。中軍は連日人の近づくを許さず、孔先生は一歩も離れず。わしが申すに、この戦はいままで皆丞相一人が支えておる。丞相が潰えば、わらわらごとき兵の身では、命はもはや自らのものではなくなる」

「されば、あの孔先生は治せぬのか」と、有人がなお一つ僥倖を抱いていた。

「治す? ますます虚になっておる!」

先の者が唾を吐いた。

「よそ者の医者が、何を知る、軍国の大じを。ただむやみにやりおって、軍心まで攪乱せしめた! 前もって知っておれば、まだ王医者の老いぼれを信じておけばよかったものを、せめては身内の者じゃ!」

数人の者は語るほどに慌て、その火をことごとく私に向けた。彼らには見えぬのだ、中軍の大幕のなかで、諸葛亮が薬香のなかに安らかに眠り、呼吸は均しく、顔色は温もりを取り戻したことを。彼らの口の「ますます虚になっておる」こそ、まさに私みずから掐じ断ちし死の関なりしことを。

私は身を翻して榻の上の諸葛亮を見やった。丞相はなお安らかに眠り、呼吸は均しく、顔色はさきほどより一つ紅潤を帯び、もはやあの死の気を帯びたる蒼白ではなかった。私の心は一つ温まり、再び幕門の傍へ座り直し、引き続き見張りを続けた。

夜色はなお長く、危うきは未だ遠からず。

私は良く知っている、夏侯威の退きはただの短き平静に過ぎぬと。真の暴風雨は、司馬懿が「諸葛亮重篤、蜀軍は破つべし」と確かに信じたる後、轟きをもって降りかかるであろう。そしてその前に、われらは中軍の高層に潜むその内鬼を捜し出さねばならぬ。

時は一点ずつ過ぎゆく。銅灯の灯花が幾たびか爆ぜ、幕外の天際にほのかなる白魚の腹の如き光が滲み出し、黑夜は去らむとし、黎明は来むとす。

ちょうどこの時、私の耳がふと動いた。

一つ極めて軽く、極めて意って放たれたる足音が、幕外の遠くよりゆるゆと近づきつつあり。親衛の巡邏のようでもなく、将領の稟告のようでもなく、まさに――人が意って潜行し、黎明前の最も暗き一瞬を藉りて、中軍の大幕を窺わむとするが如き。

私の眼が瞬きに冷たく氷の如くなり。

来たりぬ。

魏軍ではなく、斥候でもなく、むしろあの暗に潜み、いまだ敢えて姿を現さざる高層の内鬼なり。王医者らが一網に打ち尽くされ、夏侯威の試しも成せり、この者きっと心神安からず、自ら露わにならむことを恐れつつ、なお更に「正しき」消息を司馬懿に伝えむとして、自らの価値を証しむと欲するであろう。黎明前、人は最も眠く、守備は最も緩き、まさにかれが手を出す最良の時なり。

私は声も無く、ゆるゆと眼を閉ざし、疲れたる眠れるがごとき姿を装い、呼吸を均しくし、ただ一すじの神を留め、幕外のその影を死に凝らして捉えたり。

足音は幕外数十歩の外に止まり、影のなかに立ち、久しく動かず。明らかに、相手は観察し、幕内に警覚する者ありや、伏兵ありやを確かめおるなり。

なるほど用心深きか。私はなお動かず、相手に観察せしめ、わざと身をわずかに横たえ、極めて軽き、疲れたる呼吸の音を一つ漏らしたり。

さらにほど経てば、その影は遂に動き出したり。足音は極めて軽く、鬼魅の如く、ゆるゆと大幕に近づき、幕の簾の外側に止まり、一層の粗麻布の幕を隔てて、じっとながら幕内の動きを聴いておった。

私は明らかに感じ取れた、一つの陰冷にして警戒せる眼差しが、簾の隙間を透かして、榻の上の諸葛亮の身に落ち、久しく移らぬを。あの者は確かめおる。諸葛亮が本当に重篤に昏睡し、本当に事を理する力を失いおるや否を。これを確かめさえすれば、直ちに手段を講じて消息を伝え、司馬懿の総攻の道を鋪かむ。

私の指先が微かに緊まり、心のなかに殺意が密かに生じた。この者が諸葛亮にこれほど近く、もし刺客なれば、この刻こそ凶なり。昨夜王医者らを清め、守備を厳しくせしおかげじゃ、さもあらば結末は考えるにも堪えぬものがあったろう。

私は直ちに発難せむとする衝動を強く堪えた。動くべからず。今動けば、ただ一つの影を捕らえるのみ、証拠も無く、自白も無く、相手は高位に居るゆえ、きっとあれこれ詭弁し、いやはては反り返って噛み付き、軍中に動乱を招かむ。諸葛亮はなお安らかに眠り、大局は目の前にあり、乱れてはならぬ。

私は引き続き眠れるを装い、一つとして動かず、相手にしばし窺わせおき、さらにしばらく経てば、幕外のその影は幕内に何の異も無きを確かめ――諸葛亮の気息は微弱にして昏眠し醒めず、私もすでに疲れて眠りしと――遂にゆるゆと身を翻し、音も無く退き去り、足取り軽く、黎明前の暗きなかへと速やかに消え去ったり。

その息づかいがすっかり遠ざかるを待って、私は始めて双目を大いに開き、瞳のなかに寒光を放ちぬ。

たとえ幕の簾を隔てて、顔の相を見ることも、身の形を弁うこともできねど、その息づかい、その足取りの律動は、すでに私の心に刻み付けおいたり。なおさら重要なるは――相手の近づきし方位、退きし方向、留まりし位置は、すでに明らかにわが心のうちに烙印せられおるなり。

この者、きっと黎明の刻に中軍の大幕に近づき得、軍機に参与し、丞相に面せし得る高層の将領または幕僚に相違なし。範囲は、すでに大いに狭められたり。

私はゆるゆと身を起こし、僵たり冷たき身を動かし、榻の側へ歩み寄り、なお安らかなる諸葛亮の眠りの貌を見つめ、心のなかひそかに言ったり。

「丞相、安らかに眠りたまえ。あの暗に潜める鬼は、すでに尾を現したり。遠からず、私がかれを捜し出し、この蜀漢の心臓に刺さったる毒棘を抜き去らむ」

私は再び幕門の見張りに守り直し、東方の天際を望みやり、その一つの微かなる光はますます明るく、黑夜は裂かれむとす。五丈原の黎明は、もう来む。

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