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五丈原にて諸葛亮を救い、その義子となる  作者: ほしかわ さとる
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夜審細作(上)

その一刻、王医者は悟った。己がいかほど徹底して負けたかを。

司馬懿が今何を思うか、あまりに良く分かる――彼があの伝書鳩の届けし密報を展き、目光を一行ずつ掠め見る。

「諸葛孔明の病勢、驟かに沈み、製剤効なし、すでに政を執る能わず。軍権は楊儀・魏延に渡らん。二人もとより相能わず、内乱まさに迫り。蜀軍の糧草まさに断えんとし、士は闘志なし」

彼の指先が一つ震え、即座に鬚を撫でて大いに笑い、笑いて眼角にまで涙を滲ませた。

「天、我を助くるなり!」

司馬懿は案を拍ちて起ち、帳を満つる将佐は皆驚いた。

「孔明、命を一線に懸け、蜀軍自ら乱る。これ千載遇う難きの機なり! 一挙もって蜀を破たん、この一挙に在り! 令を伝えよ、哨探を厳しくせよ。細作再び報せば、本督自ら大軍を提げ、五丈原を踏み平らげん!」

帳中、歓声は雷の如く動く。司馬懿は帳の中を踱步し、あたかもすでに蜀軍の潰散、諸葛亮の束手就擒のその日を見るがごとし。

彼の笑い、あまりに早かりき。

彼を狂喜せしめたあの密報、その一つ一つの字ごと、皆、諸葛亮と私が自らの手をもって彼に喂えし餌なり。

中軍帳の内、私と諸葛亮、相見て、口元同じく一つの冷意を揚げる。

「丞相」と私は軽く笑いて言った。「司馬懿、さきほどの『一挙もって蜀を破つ』との一言、臣としては、むしろ『一挙もって甕に入る』と改むべきと存じます」

諸葛亮は扇を撫でて低く笑う。

「なんと一挙もって甕に入るか。王医者はすでに一歩先んじて網の中に落ち、司馬懿はなお鼓の裏に蒙むる。彼は勝券掌中に在りと思えど、思いも寄らぬ、この碁は彼がその密報を受け取りしより、すでに負けおるを。彼の笑いいよいよ狂しければ、摔きいよいよ惨なり」

帳外の秋風巻き過ぎ、あたかも五丈原に代りて先に一声笑いけり。司馬懿知らず、彼が帳の中のその碁石はすでに網に落ち、彼が今の狂喜こそ、蜀軍がまさに奉せんとする、第一の響き渡る平手打ち――ただ彼自ら、頭をこの籠の中へ差し入れんことを待つばかり。

諸葛亮は軽く羽扇を揮い、眸の中に寒芒すみやかに露われ、声は平静なれど、千軍万馬の気勢を帯びて言った。

「令を伝えよ」

「白毦兵、総員出動せよ」

「各営の将領、密かに集結せよ」

「今宵の後、五丈原の大営に、もはや細作の立足する地なし」

「司馬懿については……」

「彼に、まず一場の好夢を見せておくがよい」

夜の色は墨の如く、殺機は暗に蔵さる。

一つの五丈原を巻き席卷する風暴が、ひそかに醸成されつつある。そしてこの風暴の中心こそ、この灯の揺らぐ丞相の軍帳なり。

五丈原の天、変わらんとす。

秋風は戈壁の沙礫を巻き、層を重ねたる軍帐に撞き当たり、嗚咽の音を発す。あたかも無数の亡魂が暗夜に低く語らうがごとく、また蒼天がまさに幕を下ろさんとする北伐の大軍に向けて声なく嘆くがごとし。

中軍大帳の内、銅灯の灯芯が躍り、二つの影を沈穏として山のごとく映ず。私は立ち、一えの青衫、頭に方巾を結び、眉目疏朗、灯の側に自ら一ふりの清雅従容の気度あり。指先は帳の縁の粗麻の紋理を軽く撫で、足元のそのアルミ殻の薬箱は静かに地に倚る――箱の棱角の冷たく硬き触りは、この一夜私が幾度も確かにせし確かなり。成敗は一線に系り、丞相の生死は一念に懸かり、蜀漢の国運は皆この一歩の間に在り、而して私の倚り頼むべきは、ただ千年後の成都近傍の廃墟より来たる一つの家財の箱と、結末を記せし一身の脳のみ。

諸葛亮は榻の上に端坐し、素色の夜具が膝頭を覆い、青色の朝服の外にさらに一えの薄き氅を罩せど、なお身形の清癯を隠し難し。手の中のその柄の羽扇は軽く揺れ、扇面はとっくに摩して白み、扇骨は歳月に摩さすられ温潤光滑なり。この柄の扇、赤壁の烽火を点し、益州の乾坤を定め、南中の蛮夷を撫で、また祁山の兵馬を揮斥せり。されど今、扇の動く風は微弱にして、帳内の半分の気流だも起こし得ず、ただ命を一線に懸けしがごとき力及ばざるのみ残る。

されどその双眸は、昏黄の灯の下、再び久しく現れざりし鋒芒を燃やし起こせり。

もはや病榻の上の垂垂たる老にあらず、もはや天命将に尽きんとする沈鬱悲涼にあらず、むしろ天地を運籌し乾坤を算り尽くす臥龍の本色なり。側目して之れを見るに、胸中俄かに一つ熱湧く――ついに悟る、世の人いかにして諸葛亮を両漢以来の無双の士と称え、何をもって三代の後第一の人と為すや。たとい絶境に陷り、たとい命旦夕に在るとも、ただ一すじの生機なお存するならば、即かに天下を吞吐する気魄を再び把り得べし。

営中の某処の暗がりに、あの輜重を管る細作が今何を思うか、あまりに良く分かる――彼は額の角の汗を拭い、胸中ひそかに得せし、ほとんど声を立てて笑わんばかり。彼は勘定す、王医者の辺はすでに素帛を渡し、伝書鳩を発ち、丞相の「病危」の報がかくも滑らかに送り出さるるは、この網なお極めて穏やかなり、半分の破綻だも露わさずと。彼思えば思うほど楽しく、ひいてはすでに胸中に算らくす。司馬都督が大軍をもって境を圧し、蜀営自ら乱るる時、己がこの「敵に通じたる首功」は、侯を封せられ将と為らざるべからず。彼、懐に把れるもう一つの予め備えし偽りの軍報を、うっとりと算らくし、今宵風声いよいよ緊しくなば、機を得て城外の応援に押し込まんとす。彼ただ天わが助くるなり、勝券掌中に在りとばかり思う。

彼知らず、私はとっくに彼のこの一歩を予め料りき。暗がりに声もなく摸り出せるは、まさに諸葛雲の麾下の白毦の精鋭――あの予め備えし偽りの軍報は、彼がうっとりと算らくせし高官厚禄と併せて、一つ残らず奪い尽くさる。彼の顔色俄かに白く、口を開き呼ばわんとすれど、麻核をもって満ちたる口を塞さがる。彼、死するまで敢えず信ぜず。己がこの「万一の失なし」の線が、なんと早くより死ぬほどに見張らられ、最後の半句の得せしさえ、枷鎖鎖さるる前の余韻と成り果てしを。

「諸葛雲はすでに半時去りぬ」と諸葛亮はゆっくりと口を開き、声なお病後の嗄れを帯ぶれど、すでに先の虚浮を見せず。「白毦兵の行い、もとより妥当なり。されど……向う多年潜伏し、根を盤らげ錯節せり、わずかに慎まざれば、即かに満盤皆輸けん」

私はほんのわずか頷き、声を低く押し、口調を鉄のごとく沈定して言った。

「丞相、ご安心を。あの王医者はあなた様の病重き消息を急ぎて届けんと欲し、今宵必ずすべての暗桩と連絡し、早く魏軍大営へ送り返らんとす。これ彼らの最とも弛み、また最とも活発なる時、まさに我らの一網打尽の最とも好き機なり」

ほんのわずか停まり、目光を微わずかに冷たくし、声をいよいよ低く押す。

「なおさら、彼らは決して思いも寄らぬ、丞相が短き一日の内にすでに全盤の陰謀を識破け、なおさら我らが今宵すでに俄かに網を収めんとせしを。驕兵必ず敗れ、暗なる者自ら誤つ――彼らは負け確かなり」

諸葛亮は眼を挙げて私を見やり、眸の内に一すじの賛許を閃めかす。目の前のこの青年は、千年の史冊に熟稔なるのみならず、なおさら人心の詭道、兵家の権謀を深く知る。言語沈穏度あり、少年らしい焦り軽浮の半分だも見えず、かえって久しく沙場を経て、政道を深く知るわがごとき。もし親ら見ざらば、彼、この人がなんと千年の後より来たる異世の来客なりとは決して信ぜじ。

「そなたさきほど申せし、楊儀と魏延の事、わし反復して思量するに、竟に一夜眠らず」と諸葛亮は忽然として話題を転じ、羽扇を軽く止め、眉宇の間に幾分の凝重を加えた。「文長は勇猛、性高く気傲なり、確かに得がたき将才なり。もし内闘に因りて亡びなば、蜀漢は一臂を折る。楊儀は才学こそあれど、心胸狭隘にして、矜驕自満、大任に堪えず。この二人、もし事前に制衡せられざれば、わが身の果てに、必ず大禍と成らん」

心中一つ凜たり。

これ私が意して埋めし長き線の伏線なり。楊魏の争いは、蜀漢中期最とも致命なる一つの内乱にて、直ちに大将を折り損ない、朝堂を動揺せしむ。史に諸葛亮、二人の矛盾を知らざりしにあらず、ただ一生穏やかならんことを求め、在世の時強く抑え得んことを望めど、ついに自らの病逝の突如を料り得ず、なおさら矛盾がかくも惨烈に爆発せしを料り得ざりき。この一世、私の為さんとするは、根の源よりこの内乱の可能を断ち斬るなり。

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