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五丈原にて諸葛亮を救い、その義子となる  作者: ほしかわ さとる
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箸を借りて関中を論ず(下)

諸葛亮の手が、忽然として輿図の上を重く一つ按した。


「そなた、根に触れた。わしの一生、穏やかならんことを求め、常に一戦もって乾坤を定めんと思い、高祖の『先んじて地を占め、後に天下を取る』を忘れておった。第一の北伐、街亭一つ失えば便ち満盤皆乱る。世の人は馬謖を怪しむが、これを看破する者は少ない。たとえ街亭失わざりせばとて、大軍久しく駐まり根を下ろさずば、糧尽くる時なお退かねばならぬ――根牢からずば、枝いかに繁れども枯れん。関中、まさにその地なるべし」


「まさにその通り」と私は勢いに乗じて言った。「一つの打ち方を改めましょう。もはや一城の速決を求めず、むしろ先んじて門戸を占め、関中を鎖し死にし、其処に即して根を生ぜしめよ。門戸一つ落ちなば、長安は孤城と成らん。仲達は関中に釘づけにされて出でず、時経て久しければ、糧尽き心散る――これこそ『門を閉ざして犬を打つ』なり。そして『其処に即して根を生ぜしむ』を為さんには、後方は早く糧秣を備え、其処に即して熟化屯積せねばならず、大軍の関中にて久しく相持し、糧の乏しきを憂えざらしめよ――糧は手の中に、人は地の上に、かくて彼はもはや我らを耗ち動かすこと能わず、かえって我らに耗たるべし」


諸葛亮は目光を一つ凝らした。


「門戸もし強く攻め下さば、いかにすべきか」


「強く攻むるを要せず、計を用うべし」と私は言った。「変装、城を詐り、その備えざるに乗じて之れを取る――門は『巧に取る』べきもの、『力をもって敵す』べきにあらず。仲達いかに守るに長じとて、自らの人の手をもって開かれし門は守ち得じ」


諸葛亮は頷いた。


「されど門すでに鎖さるれば、彼必ず力を傾けて奪いに来ん。その折、門を守る者は、彼が最とも猛き一扑に耐え得ねばならぬ」


「ならば彼を釘の上に扑たしめよ」と私は言葉を継いだ。「門の後は関中満倉の糧、根を生ぜし基業なり――彼、命を保たんがため必ず奪いに来らん。我らは逸を以て労を待ち、彼が鋭気を門前の壕溝の内に耗たしめよ。彼いよいよ急なれば、いよいよ破綻を露わす」


諸葛亮は久しく私を見つめ、忽然として一笑した。それは彼の顔に極めて稀に見る、少年のごとき鋒芒を帯びた笑みだった。


「弘正、そなたのこの『後世の眼』、見る所は勝負にあらず、『根基』なり。よい。この一局、わしはそなたと共に、『関中の門を占む』より碁石を置かん」


彼はもとより、私が箸を執りて描かんとするは、直ちに長安を取る攻城の路線――何処より兵を調べ、何処より城を破り、先に何の関隘を打つか、と思っていた。思いきや、私が箸を置く所は城頭にあらず、糧道と関中の腹地にあり、渭水に沿いて一路産糧の県を点し、屯積の倉を過ぎ、最後に「糧・根」の二字に止まった。


諸葛亮は凝神しばし、恍然として失笑した。


「わしはそなたが攻城図を描くものとばかり思いしに、元より描けるは糧道図――いや、大軍を関中に根を下ろさしむる図なり」


かくのごとき碁石の置き方は、彼の半生の「一戦もって乾坤を定む」の執念よりも、かえって実処に落ちていた。


彼は案の上の竹箸を執り、炭盆の微かなる光に就き、輿図の上に虚空に一すじ画いた。


「門すでに落ち鎖さるれば、長安孤懸、仲達困獣――残るは熬るのみ、ただ誰が先に乱るるかを比べん」


「糧を比べ、心を比べ、誰が先に垮るるかを比べん」と私は言葉を継いだ。「そして彼が最とも致命なる一ところは、自家の最とも要なるその一つの『門』を、拱手して我らの手に渡せしことなり」


諸葛亮は忽然として溜息をつき、声の内に一すじ極めて淡き疲弊があった。


「わしのこの一生、最とも悔いるは、蜀漢のために根基を遺さざりしなり。事ごと自ら為し、自らを熬り干し、されどこの国にいかに『自ら立つ』を教えずじ。そなたさきほど『生根』と申せし――この二字、わしが記し置かん」


彼はほんのわずか停まり、眸の内に白帝城の風雨を掠めた。


「先帝白帝に孤を託し、わし受任以来、夙夜憂嘆し、唯託付の効あらぬを恐る。されどついに、この国なおわが一身に系る――わがもし不測あらば、根基いずくにか在らん」


「ゆえにこそ『生根』せん」と私は粛然として言った。「勝敗を地勢と糧道に系らしめ、一人に系らしめざる。門一つ落ち、糧一つ足れば、たとい人去るとも、この局は立って崩えじ。丞相、私を信ぜば、この『生根』の碁、弘正が代りて、一子ずつ置き下さん」


諸葛亮は輿図をゆっくりと巻き上げ、粛み深く私の手に渡した。


「この策一日にして成るにあらず。後方の『糧』と前線の『門』は、皆わしに代りて凝視する者を要す。弘正――この局の活子、そなたはいずれの一つを為さんと欲すか」


私は両手もって輿図を受け取り、粛然として言った。


「ただ丞相の差遣に任せつかまつる」


彼は頷き、眼底は託付なり、また孤注一擲なり。


「いざ行け。一つの要なる事、先ず後方より備えねばならぬ――そなた、わしに代りて一つの『糧』の字を記せ。成都の辺は、早く統籌すべし。糧秣熟化し、磚に圧製して、糧道に沿いて前線に送り抵らしめば、大軍こそ久しく駐まり飢えず」


「密函は一切の耳目を欺かねばならぬ」と彼は一つ言葉を補し、声色を沈かに転じた。「成都にさえただ『糧・磚』の二字のみ言い、余の者一つ文字を著さず――仲達の耳目方々に遍く、一字泄れなば、満盤皆輸けん」


私は粛み深く頷き、この二字を牢に記し死に留めた。


「この策ただ我とそなたとの二人のみ知る」と諸葛亮は私を望み定め、声色を鉄のごとく沈かにした。「魏延性烈に、楊儀多疑なれば、皆半の字も泄らす可からず――門鎖さるる前は、風さえ透らす可からず。そなた、すでにこの局に入らば、すなわち局眼、担い得てこそ、穏やかに座り得ん」


私は粛然として命を受けた。その一つの託付の重み、千軍よりもなお重し。


その夜、帳外を踏み出でし時、秋風が袖に灌ぎ入り、懐の中はあたかも一団の火を匿せるがごとし。自らの帳に還り、灯の光に就き輿図を再び展き、指先をその東の大門に沿いて細かに一めぐり描き、また「関中」の二字の上に久しく停まる。


成都を思う――あの大後方の城。もし真に「其処に即して根を生ぜしむ」とするならば、早くより成都にて糧秣を統籌し、熟化屯積し、さらに糧道に沿いて前線に送り抵らしめねばならず。他日門一つ落ちなば、関内の兵は勝利を飢えたる腹をもって待つを憂えず。そしてあの正方に圧さえし糧磚の数々こそ、司馬懿を釘づけにするもう一つの釘なり。


直ちに素帛を取り墨を研ぎ、成都へ一つの密函を送り、ただ二字の要を言えり。糧・磚。親信を命じ星夜駆け報せしめ、後方に即日よりこれに依りて籌備せしむ――この一局まさに碁石を置かんとす、根は先ず土の中に扎し込まねばならぬ。


「糧」と私は低き声に諸葛亮の嘱せしその一つの字を念じ、筆を執り輿図の裏に時を移して幾筆記す。関中・門戸・糧・生根。


帳外の星河低く垂れ、五丈原の秋風は霜気を巻きて帳の角を扑つ。大帳の簾の辺に立ち、あの沈黒の渭水の方を望み、初めて明らかにこの一盤の碁の脈絡を見る。人を医するのみならず、さらにこの一方の天下の積弱の病根を医さねば。来日の大軍の旗は、あの門の後より、一寸ずつ長安へ向けて插さねば――そして今、根はまさに土の中に扎し込みはじめしばかり。


知る、己はもはや危局を渡し、命を救う医者にあらず。この天下にかかわる大碁の局、私は今宵より、碁石を置きおけるなり。


そしてあののち詐城をもって換え得べき門、あの成都が統籌し、糧道に沿いて前線に送り抵る磚は、皆この一夜の箸を借りての語りより、第一の一筆を埋めおけるなり。


後世の人、張良が箸を借りて高祖に策を画きしは、天下を定めしと説く。今宵のこの一箸、画けるは関中――門・糧・根、三つ点一つ線に連なれば、これ即ち勝ち得べき一盤の碁なり。


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