箸を借りて関中を論ず(上)
数日の後、軍中にすでに閑言は耳を悩まさなくなった。王医者は網にかかり、魏営へ飛びしあの伝書鳩も約どおり「丞相病危、軍心浮動」の偽りの報を届けている。暗線の回報によれば、司馬懿は報を受け大喜し、案の定前線の遊騎を退け、守るのみにて攻めず、ただ蜀軍の自ら潰えんとするその日を待っている。
暮色が営を圧し、刁斗の音の内、私は地に満つる碎き霜を踏みて中軍の帳へ向かう。この夜の召見は常と異なり――急報なく、毒案なく、諸葛亮の語らんとするは、医の病よりもなお重きものなり。
私が簾を撩げて入る時、彼はちょうど一つの銅灯に就き輿図を視ており、灯花が爆ぜてはまた爆ぜ、眉宇の間のその倦の色、白日よりなお幾分深い。されどその両眼がこちらを望む時、清らかにして驚くばかりなり。あたかも一世の心を、皆この一夜に蓄えしがごとし。
五丈原に初めて覚めしより、榻の前にて脈を診て、夜に語らい底を割り、さらにこの数日に軍中の暗線を摘み出しに至るまで、私と丞相の間は、もはや言葉をもって互いに試すを要せず。彼は私の能を信じ、私は彼の志を敬う。まさにこの故に、今宵のこの弁、ことのほか重く来れるなり。
この一夜、秋深く露重し。諸葛亮は帳中の親随を屏して退け、ただ私一人を留めて内に入らしむ。白毦兵は帳外十歩に守り、風の音すら外に隔てられた。
炭盆の内の火の粉がぱちぱちと炸ぜ開き、輿図の上を縦横に走る墨の線を照らし明かりを灭つ。諸葛亮は一えの関中全図を徐々に展き、指先を隴右より渭水に滑らせ、関中東口のその喉を扼する雄関に止め、久しく動かさず。
「弘正」と彼は眼を挙げ、目光沈静にして、まるで一つ山を丸ごと眸の底に圧し込めしがごとく言った。「内患いったん弭み、細作すでに清し。されどわが胸中、他に一つの医の病よりもなお重き症結あり――そなた、千年の後の風雲を知るというに、曾て司馬懿という人を看破せしことはあるか」
私は凝神した。司馬懿。この名、史冊の内に尽くして説かれ、また偏りて説かれり。彼は底なき死水の潭のごとし。石を投げ入るるも、浪を溅がず、ただそなたを一つずつ耗ち干し尽くす。そなた急なれば、彼は急せず。そなた乱れば、彼は穏やかなり。あえて逆にしてなせばこそ、この死水の潭を治し得べけれ。
「この人の最も擅なるは、もとより勝つことにあらず、『死なざる』ことにあり」私はゆっくりと口を開いた。「彼はそなたと一城一地の得失を争わず、ただそなたと耗つ。そなた進めば彼退き、そなた疲れれば彼守り、一たびの戦を十年盤を磨くがごとき死局に引き摺る。当の年、街亭既に下れば、彼はこのごとく堅き城の後に縮み、いかように罵陣挑戦せられんとも、高壘深溝し、壁を堅くして出ず、ひとつの鋭気を生き生きと秋風となさしめたり。累次の交鋒、彼は陣を輸し城を失いしことあれど、かつて『大勢』を輸しことなし。大勢は、彼が時をもって磨き出だせるものなればなり」
諸葛亮は苦笑一声した。
「わしの北伐半生、最も憎むはこの『耗つ』の字なり。憎むは憎むのうちに置き、毎度糧尽きるごとに、なお退兵するのみに――あたかも人の喉を掐まれ、進むべきを知りながら、足を挙げられぬがごとき。彼の最も知るは、いかにして輸ざるかなり」
「そしてご覧ぜよ、彼のこの『輸ざる』の算計、その根はまさにあなた様にあり」私は低き声に言った。「彼はあなた様のお身が保たぬを算り、『食少事煩』の消息を魏営に送り込むのみで、時経て久しければ蜀軍は自ら潰えんと認む。ゆえに彼を破らんには、まずあなた様をしっかりと『生き延べしめ』ねばならず――これこそ医者の本分の事なり。あなた様在らば、彼は明らかなる処にて耗つ。あなた様無事なれば、彼が算盤は空に帰せり」
「ゆえに彼はそなたに勝って勝を得るにあらず、そなたの不敗に依りて勝を得るなり」と私は言葉を継いだ。「かかる者、そなたがいかに急き立って彼と勝負を分かたんと欲するも、いよいよ彼の拍子に落ち入る。彼を破らんには、まず彼の碁盤より跳び出でねばならぬ」
「碁盤より跳び出でるとはや」諸葛亮の眸の内が微わずかに動いた。「申して聞かせよ」
「彼の城を力づくで攻むるは、まさに彼の望むところ。我らが為すべきは、逆手にて彼を『閉ざ』すことなり」私は指先を輿図の上のその東の大門に指した。「仲達の倚仗は、身後の関中一面の糧と兵と民心なり。もし我ら先んじて関中の門戸を占め、彼の東出西援の咽喉を掐まんぬくれば、彼は籠中の獣と成らん――城壁は彼自ら築きたるもの、糧道は我らの手に握る。その時彼、たとい雄兵十万を有すとも、関中にて空しく耗つのみ、一歩だも出で得じ」
輿図の上にひそかに一めぐり行う。門戸一つ鎖されば、関東の糧は入らず、関中の兵は出でず。仲達たとい雄兵を有すとも、瓮の内の鼈と成らん。我ら彼と鋒を争うを要せず、ただ門口を塞ぎ、彼が糧一日ごとに減り、心一日ごとに慌つを見るのみ。『耗つ』の字の苦しみを、そのままの形にて彼に返さばよい。彼が気づかば、門はすでに焊だ如く固く閉ざされ、再び奪わんと欲せば、血肉をもって我らの備えし壕溝を填めねばならぬ。
ほんのわずか停まり、脳裏に医帐のあの有様が浮かぶ。
「傷を治するは城を治するが如し。膿瘡は表を絞るのみにあらず、その血の供を断ち、根を清くせねば、真に口を収むること能わず。司馬懿のごとき多年盤拠する沈痾に対するもまた然り――彼と一時の刃光を争わず、彼の糧を断ち、彼の門を鎖し、あの銅墻鉄壁と思える城を、内より自ら朽ち果てしめよ」
諸葛亮は久しく語らず、眼底に光が巡る。しばらく経て、彼は輿図を私の方へ押し寄せた。
「ならば長安はいかが。この旧都を、そなたはいかに見る」
「長安は漢家の旧都にて、『旧都に還る』の四文字の内、天下の人の心の中最とも重き一つの碑にござる」と私は言った。「誰ぞ長安を把らば、誰ぞ大義の旗を挙げん。関中の百姓、漢帜の旧都に再び立つを見て、帰心に落ち處を得ん。されどそれ城高く池深く、強く攻めば必ず惨勝――士卒溝を填め、民心驚懼、勝っても得るは失うに如かず。もし勢いをもって迫し、仁をもって服し、関中の父老、漢帜を望みて安からしめば、長安は攻めずして自ら困わん。されど我ら、急いでこれを『打ち落と』すを要せず――」
私は指節で関中の腹地を敲いた。
「当の年、楚漢相争いし時、高祖劉邦はまさに先んじて関中に入りたり。項羽彼を漢中に封ぜしが、彼は明らかに桟道を修い、暗かに陳倉を度り、殺って関中へ還り、蕭何をもって鎮守せしめ、漕を転じて絶えず、法を約して三章と為し民心を尽く収め、ここに根を下ろし、終に四海を掃平せり。先んじて関中に入る者は之れを王となす――彼の勝ちしは一たびの戦にあらず、人心と糧道というこの二つの最とも久しきものなり。亮が帥として六出祁山、たびたび功一簣を虧き、病根こそは『関中に根を下ろさざりし』にあり。毎度皆客軍の遠征、糧尽きれば即かに退き、他の人の庭に短く宿るがごとく、住み穏やかならねば、おのずから守ち難し。六出祁山、出ずること皆客、回ること皆空手――将士の勇まざるにあらず、足下にその地なきなり」




