第8話:王国調査団と、完全なる金融スキーム
ベルナール監察官の予告通り、一週間後。
店の前に、豪勢な馬車と十数名の王国騎士団、そして重々しい服を着た財務省の役人たちがずらりと並んだ。
「総員、構えろ! 本日、不法賭博および私鋳通貨製造の疑いにより、この店に立ち入り調査を行う!」
ベルナールの怒号とともに、武装した男たちが店内になだれ込んでくる。
調査団の先頭に立つのは、財務省の次官と呼ばれる見るからに頭の切れそうな中年男、マルセルだった。
マルセルは店内に充満する異様な熱気——ひっきりなしにレバーを叩く客たちと、カウンターで行列を作る商人たち——を一瞥し、眉をひそめた。
「ふむ……噂通りだな。店主、そしてそこの娘。言い残すことはあるか? 現場を押さえた以上、言い逃れはできんぞ」
俺が冷や汗を流して立ち尽くしていると、シエルが一歩前へ進み出た。
その手には、分厚い羊皮紙のファイルが何冊も抱えられている。
「お待ちしておりました、マルセル次官。当店の監査資料はすべて揃っております」
「……なに?」
シエルは完璧な所作でお辞儀をすると、卓の上に資料をズラリと並べた。
「まず第一に、ベルナール監察官が主張される『私鋳通貨』についてですが。当店が発行しているのは通貨ではなく、寄託された無価値な金属片に対する『寄託物返還請求証書(預り証)』です。証書には発行者、担保資産、免責事項が明確に記載されており、王国の貨幣法規に定められた『紙幣』の定義には一切該当いたしません」
マルセル次官は片目を細め、資料の一枚を手に取った。
精巧な魔導印章と、細部まで記載された契約条項。次官の顔色が、わずかに変わる。
「……だが、この証書は市中で物品の決済に使われていると聞く。実質的な貨幣ではないか」
「それは利用者の利便性による『債権譲渡』に過ぎません。市民が個人の自由意志で債権を譲渡し合っている行為を、国家が法律なく制限することは不可能です。もしこれを規制されるのであれば、商人同士の手形取引やツケの回し合いもすべて不法行為として処罰せざるを得なくなりますが……いかがいたしますか?」
「くっ……手形取引と同等だと……!?」
マルセル次官が言葉を詰まらせる。シエルは間髪入れずに次の資料を突きつけた。
「さらに、当店は本日付けで『スロット&サケ 相互金融寄託組合』として、事業の登記申請書を財務省宛に提出いたしました」
「なんだと……!? 組合だと!?」
「はい。当店は単なる娯楽施設ではなく、会員(客)から預かった資産を厳重に保管し、相互に融資を行う非営利寄託機関です。そして……ここが最重要でございます」
シエルはニヤリと、悪魔のような笑みを浮かべた。
「当店がこれまでに得た純利益、および組合の運営手数料から算出される『営業特別税』および『寄託決済税』——合計で金貨50枚相当。本日、王国財務省へ自主納付させていただきます」
「金貨50枚……!?」
マルセル次官とベルナール監察官の目が飛び出さんばかりに見開かれた。
金貨50枚といえば、スラム街どころか地方都市の年間税収に匹敵する大金だ。
「なっ……な、ナニを勝手なことを! 賄賂のつもりか!?」
ベルナールが叫ぶが、シエルは冷淡に首を振った。
「いいえ、正式な『納税』です。王国税法第12条に基づき、新規事業形態による所得として正当に申告いたしました。もしこの納税を拒否し、当店を潰されるのであれば……財務省は『年間金貨数百枚規模の確実な新財源』を自らドブに捨てることになりますが、よろしいですね?」
マルセル次官の額から、タラリと冷や汗がこぼれ落ちた。
王国の財政は慢性的な赤字だ。貴族たちの反対で増税もままならない中、突如として目の前に転がり込んできた「莫大な新財源」。これを自分の代で潰したとなれば、上層部からの首が飛びかねない。
「……次官! 惑わされてはなりません! こんな怪しげな店、今すぐ閉鎖を——!」
「黙れ、ベルナール!」
マルセル次官が一刀両断した。
「……ふぅ。シエルと言ったな。君の提出した資料と申告書、確かに受け取った。法的な不備はなく、納税の意思も確認できた。……当店の営業および組合活動を、暫定的に認可する」
「な、次官!? 本気ですか!?」
「うるさいと言っている! 文句があるなら、金貨50枚以上の穴埋め案を出してからにしろ!」
マルセル次官は苦々しい顔でシエルを睨みつけ、最後にカウンターの俺を一瞥した。
「……店主。見事な謀略だな。まさかパチスロなどという娯楽を隠れ蓑に、王国初の『民間中央銀行』を設立してみせるとは。君のような恐ろしい男がスラムに潜んでいたとはな……」
「いや、俺はただスロット打って酒を売りたかっただけなんですけど……」
俺の絞り出すような本音は、騎士たちの足音とベルナールの敗北の呻き声にかき消されていった。
調査団が去り、勝利を収めたシエルが誇らしげに胸を張る。
「やりましたね、マスター! これで王国お墨付きの『金融機関』としての地位を確立いたしました!」
「……なあシエル。俺、もう完全に酒場のマスターじゃなくて銀行の総裁になってないか?」
「何を言っているのですか。さあ、次は3号機『爆出しAT機・ミリオンゴッドフェンリル』の導入と、他都市への『支店展開』の計画を立てましょう!」
「新台のネーミングセンスが物騒すぎるだろ!!」
ただ穏やかに酒場を経営したかった元冒険者のおじさんの意図を置き去りに、異世界初のパチスロ銀行は、いよいよ王国全体を巻き込む大金融帝国へと突き進んでいくのだった。




