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第7話:金融業の誕生と、預り証の猛威

「監査団が来るまであと一週間……。シエル、本当に手立てはあるんだろうな?」


ベルナール監察官が去った翌日、俺は頭を抱えながらカウンター越しにシエルへ尋ねた。


「もちろんでございます、マスター」


シエルはすまし顔で帳簿を開き、羽ペンを軽快に走らせていた。


「ベルナール殿の言い分は『メダルの市中流通=私鋳通貨の製造』および『不法賭博』です。ならば、そのどちらにも該当しない、完全に独立した合法的な仕組み(スキーム)を構築すればよいだけの話」


「合法的な仕組みねぇ……」


「ええ。本日より、当店は単なる『酒場』から『メダル保管および担保融資事業』を取り扱う総合遊技法人へと段階を移行します」


シエルが差し出してきたのは、一枚の厚手で重厚な羊皮紙だった。

そこには精巧な魔導印章とともに、【スロット&サケ 発行:貯メダル預り証】とデカデカと記されている。


「これは、常連のヴォルク殿たちに試行運用していた『預り証』の正式版です。偽造防止のため、ドワーフの技術とマスターの魔力シグナルを組み込んだ特殊な魔法紙を用いております」


「紙幣……じゃなくて、預り証か」


「はい。お客様が獲得された大量のメダルを当店でお預かりし、この羊皮紙を発行します。お客様は重いメダルを持ち歩く必要がなくなり、いつでもこの紙と引き換えにメダルを受け取れる……ここまでは以前お話しした通りです」


シエルは眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせた。


「ですが、ここからが本番です。この預り証に『譲渡可能』および『分割・統合可能』の特約を付与しました」


「……あ?」


「例えば、1,000枚分の預り証をお持ちのお客様が、露店で大銅貨10枚分(メダル100枚分)の買い物をしたいとします。当店にお越しいただければ、1,000枚の預り証を『900枚の預り証』と『100枚の預り証』に無料で分割再発行いたします。お客様は100枚の預り証をそのまま商人へ手渡せばよいのです」


俺は目を見開いた。


「それ……もう完全に『紙幣』じゃねえか! 金属のメダルすら持ち歩かなくなってるぞ!?」


「いいえマスター、これはあくまで『寄託されたメダルの返還請求権を示す証書』に過ぎません。紙幣などという大層なものではありませんよ」


恐ろしいことに、このシステムは発表されたその日のうちにスラム街と下町へ爆発的に浸透した。


大勝ちした冒険者や商人は、重く盗難リスクの高いメダル現物を持ち歩くのを嫌がり、こぞってメダルを店に預けて『預り証』に換えた。

そして露店や取引先も、「いつでも『スロット&サケ』に持っていけば確実にメダルや現実に換金できる紙」として、預り証での支払いを快く受け入れたのだ。


「マスター! メダル500枚分の預り証を、100枚ずつ5枚に割ってくれ!」

「はい、手数料として小銅貨1枚で承ります」


カウンターの横では、シエルがテキパキと処理を行い、次々と預り証を発行していく。


さらに、シエルの暴走は止まらない。


「マスター。預り証の発行により、金庫内の『現物メダル』の大部分が常に店に留まり続ける状態となりました。つきましては、この余剰メダルを活用し、信頼できる商人や冒険者へ『メダルの貸付(融資)』を開始します」


「融資ぃ!?」


「ええ。1,000枚をお貸しし、一ヶ月後に1,050枚(利息5%)で返済していただきます。借り手はメダルをそのまま事業資金や仕入れに使い、利益が出たらメダルで返済する……。利息分は当店の純利益となります」


「ちょっと待て! 金融業まで始めるのか!? 俺はただ……俺はただパチスロで遊んで酒を売りたかっただけなんだよ!!」


俺の悲鳴などどこ吹く風で、シエルは淡々と帳簿に数字を書き込んでいく。


「フフフ……マスター。これで来週の監察官調査も恐るるに足りません。当店は賭博場ではなく、民間の『寄託預金および金融決済機関』なのですから」


数日後。


スラム街の路地裏には、もはや酒を飲む客ではなく「預り証の分割」や「メダルの預け入れ・融資の相談」に訪れる身なりの良い商人や冒険者で行列ができていた。


「いらっしゃいませ……! 預り証の分割ですね、少々お待ちください……(にっこり)」


190センチの巨体を誇るグリが、両手いっぱいの羊皮紙を丁寧かつ超人的な速度で仕分けていく。その圧威と圧倒的な処理能力に、列に並ぶ大商人たちも冷や汗を流しながら恭しく頭を下げていた。


店の隅で、俺は2号機『爆走グリフォン』のリールを寂しげに眺めながら、ぽつりと呟いた。


「……なぁヴォルク。俺、何屋だっけ?」


「知らん。だがマスター……俺の貯メダル、利息でちょっと増えてたぞ」


ホクホク顔で預り証を眺めるヴォルクを見つめながら、俺は来週やってくるであろう王国の監査団がどんな顔をするのか、想像して頭が痛くなるのだった。

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