第5話:暴かれたメダルの秘密と、信用貨幣
「マスター、重大な問題が発生しました」
開店前の準備中、シエルが神妙な顔つきで帳簿を叩いた。
「メダルがの不足が予測されます」
「あ?」
俺は仕込みの手を止めた。
「メダルなら、ガルムのところで最初にかなりの枚数を作らせたはずだが……」
「足りません。原因は主に二つ。ひとつは、客が勝ち取ったメダルを換金せずに持ち帰り、スラム街の市場に流出させていること。そしてもうひとつは……」
シエルが店の奥の1号機を指さした。
「客が知識をつけ始め、目押しや小役奪取で『取りこぼし』を削り始めたことです。特にヴォルクたち常連は、ボーナス成立時に確実に揃えてくるようになりました。結果、ホッパー内のメダルが常にギリギリの状態で回っています」
俺は腕を組んだ。
確かに、スラムの連中もバカではない。毎日のように打っていればリールの動きに目が慣れてくる。それに加えてメダルが市中に流出しているとなれば、店内のメダルが底をつくのは時間の問題だ。
「増台も検討したいところですが、このままでは新台に充てるメダルすらありません。……マスター、メダルの追加発注にはどれほどの費用がかかりますか? 金庫の現金から出せますが、ドワーフの細工師に特殊な魔導刻印入りの銀メダルを大量発注するとなれば、相当な鋳造コストが——」
「あー、それなら心配いらん」
俺は手拭いで手を拭きながら、厨房の奥の物置へ向かった。
「鋳造コストなんて、最初からほとんどかかってないぞ」
「……はい?」
シエルが珍しく素で首を傾げた。
俺は物置の奥から、ズシリと重いグレーの金属塊を引きずり出してきた。表面に怪しい魔導紋様がうっすらと浮かぶ、不思議な質感の金属だ。
「これ、俺が冒険者時代に倒した『アイアン・ゴーレム』の残骸なんだよ。頑丈で加工しにくいうえに重いから、素材屋に持って行っても二束三文で叩かれた代物でね。ずっと放置してたんだが、ガルムの奴に『これを溶かして作ってくれ』って持ち込んだんだ」
シエルの目が点になる。
「ゴーレムの装甲……ですか? つまり、あのメダルは……」
「そう。もともとタダ同然で拾ってきた頑丈な魔法金属だから、原材料費は実質ゼロ。型のデザイン費用は多めに払ったが、鋳造は俺も手伝ったし、ガルムへの加工賃(酒代)だけで済んだ。あの金属なら、微弱な魔導シグナルが元から帯電してるから偽造防止の魔法をかける手間も要らない。……まだ物置にデカい塊が三つほど転がってるぞ」
「……はぁぁぁ……っ!」
シエルが深く、深〜く感銘を受けたように息を吐き、胸の前で両手を組んだ。
「素晴らしい……! 高価な銀を使わず、市場で価値のない特殊金属を『パチスロ専用の価値媒体』として再定義することで、極限まで発行コストを抑えていたのですね……! これぞまさに『信用貨幣』の真髄……!」
「いや、ただの廃品利用なんだけどな?」
俺のツッコミを心地よいBGMか何かのように聞き流しながら、シエルは素早くペンを走らせた。
「では、追加のメダルは物置のゴーレム素材を使って即座に大量増産させます。フフフ……ええ。発行コストほぼゼロの金属片が『10枚で大銅貨1枚の価値』を持ち、それが街中をぐるぐると回る……。マスター、あなたは実質的に『コスト無しで無限に価値を刷り出せる打ち出の小槌』を手に入れたことになりますよ」
恐ろしいことをサラリと言い放つシエルに、俺は思わず引きつった笑いを浮かべた。
「おいおい、大袈裟だな。うちはただのバーだぞ?」
「ええ、今はまだ……ですが。さあ、ガルム殿に素材を持ち込んでメダルを量産させましょう。2号機の導入と、スラム街の『メダル経済圏』の完全確立に向けて!」
意気揚々と指示をまとめるシエルを横目に、俺は物置のゴーレムの塊を突いた。
(……俺はただ、ゴミを減らしてスロットで遊んでただけなんだがなぁ)
おじさんの思惑とは裏腹に、廃品から生まれた銀色のメダルは、いよいよ本格的にスラム街の経済構造を根底から変革し始めていた。




