第4話:積み上がるメダルと、その利益
「……なぁシエル、これ何の数字だ?」
深夜、閉店間近の静まり返った店内で、俺はシエルが差し出してきた分厚い帳簿を指さした。
その脇には銀貨の山が建てられている。
「今月の試算表でございます、マスター」
シエルは眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせ、羊皮紙の項目を細い指でなぞった。
「1号機『ゴーゴー・スライム』の稼働率はほぼ100%。1日あたりの平均総回転数は約6,000回転。投入されたメダルから払い出されたメダルを差し引いた、いわゆる『粗利益』は、1日平均でおよそ1,200枚……つまり大銅貨120枚分です」
「大銅貨120枚……」
1日あたり銀貨12枚相当。スラム街のしがないバーの売上としては、まあまあである。
「さらに、ここからがマスターの真の狙い通りというわけですね」
「俺の狙い?」
「はい。先ほどお話しした通り、客が勝ち取ったメダルのうち、約3割は換金されずに持ち帰られています。市場に滞留している未換金メダルは現時点で約15,000枚。これは『大銅貨1,500枚(金貨15枚相当)の現金が、無利子で我が店の金庫に預けられている』のと同義です」
「ああ、この山がそうなのか。なんか多いなと思ったよ」
シエルはフッと満足げな笑みを浮かべた。
「客側は『いつでも酒が飲める』『スラムの店で買物に使える』からとメダルを握りしめていますが、当店にとっては『現金が先払いされた状態』です。この浮かんだ資金を使えば、新台の増設資金など造作もありません」
俺は額を押さえた。
要するに、パチスロのテイク(店の取り分)による純利益に加え、換金されずに市場を回っている「未換金メダル分の現金」が丸々店の金庫にプールされているわけだ。
(……えぐいな。前世のホールもこうやって儲けてたのか……?)
「それとマスター。利益が増えたことで、ひとつ重大な課題が生まれています」
「課題?」
「治安と、物理的な限界です」
シエルが顎で指した先には、店の隅で頭を抱えているヴォルクの姿があった。
ヴォルクの手元には、メダルがぎっしり詰まった木箱(ドル箱)が3箱。BIGボーナスを数回連チャンさせ、手元に1,000枚近くのメダルを溜め込んでいるのだ。
「……マスター」
ヴォルクが、悲壮感の漂う顔でこちらへ歩み寄ってきた。
「頼む、このメダルを店で預かってくれねぇか……?」
「あ? 換金して持ち帰ればいいだろ」
「持ち帰れるわけねぇだろ! メダル1,000枚だぞ!? 重さが数キロあるんだ! こんなもん抱えてスラムの夜道を歩いてみろ、一分で身ぐるみ剥がされて裏路地に転がされるわ!」
ヴォルクの言い分はもっともだった。
メダル10枚でパン1個(大銅貨1枚分)という絶妙なレートだからこそ、大勝ちした時のメダルの「物理的な重さと量」が凄まじいことになっているのだ。大金を持ち歩くリスクは、スラム街においては死に直結する。
「店に置いておくのも、それはそれで盗賊に狙われそうだがな……」
俺が呟くと、待ってましたとばかりにシエルが前に出た。
「それでしたら、解決策がございます。……『預り証』の発行です」
シエルはすっと一枚の丈夫な羊皮紙を取り出した。そこには魔法の特殊インクで数字と紋様が記されている。
「お客様からメダルをお預かりし、その枚数を記載したこの羊皮紙をお渡しします。次回ご来店の際、この紙と引き換えに同数のメダルをお貸し出しする……つまり『メダルの貯留(貯メダル)システム』です」
「貯メダルか……まあ、前世でもあったな」
「さらに! この預り証自体に偽造防止の魔導印を付与すれば……お客様同士で『羊皮紙の譲渡』が可能になります。重いメダルを持ち歩かずとも、紙切れ一枚で高額な取引ができるようになるのです」
俺は思わず二度見した。
「……待て。それってただの『紙幣』じゃねえか!?」
「いいえ、マスター。これは『パチスロ貯メダル預り証』です(キリッ)」
シエルは満面の笑みで言い切った。
言っていることは完全に銀行の紙幣発行システムなのだが、彼女の中ではあくまで「パチスロの利便性向上」ということになっているらしい。
「よし、ヴォルク。お前のメダル900枚は店で預かる。この紙を持ってな」
「お、おお……! 助かったぜマスター! これで今夜は安心して眠れる!」
安心したように胸を撫で下ろすヴォルク。
だが俺は、金庫に積み上がっていく大量の現金とメダルを見つめながら、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。
店の利益は爆発的に伸びている。
だがそれと引き換えに、この小さなバーは知らず知らずのうちに「スラム街の中央銀行」へと変貌を遂げつつあったのだ。




