第3話:優秀すぎる少女と、膨れ上がるメダル
1号機『ゴーゴー・スライム』が稼働し始めて一週間。
店内は連日、スラムの男たちでごった返していた。
たった1台のパチスロを巡り、開店前から行列ができる始末だ。
ポーカーのテーブルは物置と化し、男たちは酒も頼まずに目をつり上げてリールを見つめている。
「マスター! メダル大銅貨10枚分!」
「俺は換金だ! もうやめるから、150枚、大銅貨15枚に換えてくれ!」
「おい、並び順で揉めてるぞ!」
「順番は厳守でございます……!(ギロリ)」
「ひぃっ、すみません!」
グリが強面の圧威で暴動を防いでくれてはいるが、物理的に限界だった。
メダルの貸出、計数、現金への換金、酒の提供、そして客の整理。俺とグリの二人だけで回すには、あまりにも業務量が膨らみすぎている。
(……アカン。俺は静かに酒場をやりたいだけなのに、これはちょっと違うぞ)
限界を感じた俺は、店の前に一枚の貼り紙を出した。
『求人:店員募集。計算が得意な方。日給:大銅貨5枚+賄い付き』
スラム街においては破格の条件だ。だが、やってくるのは足し算も怪しいごろつきばかり。溜め息を吐きながら断り続けていた三日目の夕方、その少女は現れた。
「あの……貼り紙を見て参りました」
声をかけてきたのは、ボロボロのローブを羽織った痩せぎすの少女だった。
髪は乱れているが、その奥にある瞳だけは冷たいほどに鋭い。
「お名前は?」
「シエル、と申します。元は……ある商会の会計をしておりました」
話を聞けば、優秀すぎるがゆえに同僚の嫉妬を買い、帳簿の横領という冤罪を着せられてスラムへ落ち延びてきたのだという。
「ためしに、これの計算をしてくれ」
俺はカウンターの上に、不揃いに積まれた大量のメダルと大銅貨の山を指し示した。今日一日で動いた貸出と換金の雑多なメモ書きだ。
シエルは一瞬だけ目を細めると、ソロバンも使わずに口を開いた。
「……本日貸し出されたメダルは合計4,250枚。換金されたのは3,100枚。差引1,150枚が未換金のまま市場(客の手元)に残っています。店の現在の現金残高と照らし合わせると、大銅貨2枚の計算ズレが生じていますが、おそらくあちらの木皿の下に落ちている小銅貨がそれかと」
指差された木皿をどかすと、まさに小銅貨が2枚転がっていた。
「……即採用でおねがいします」
俺は即答した。掘り出し物どころの話ではない。国宝級の事務処理能力を持った人材が、向こうから飛び込んできたのだ。
シエルが働き始めてから、店の経営効率は劇的に改善した。
彼女は着任してわずか半日で、複雑怪奇だった換金所の導線を整理。メダルを10枚単位で素早く計量できる木製の専用計数尺を自作し、貸出と換金の記録を完璧な帳簿へと落とし込んでいった。
「マスター、少しお話しがあります」
閉店作業を終えた数日後の深夜、シエルが一枚の紙を手に俺の元へ歩み寄ってきた。
「なんだ? 給料の増額なら喜んで払うぞ」
「いえ、そうではなく……この『メダル』についてです」
シエルは銀色のメダルを一枚、指先でつまんで光にかざした。
「このメダル、実に素晴らしいですね。ドワーフの精巧な刻印と、マスターが施した微弱な魔導シグナル。外部での偽造はほぼ不可能です。そして『1枚=小銅貨1枚(大銅貨1/10枚)』という明快な価値基準」
「まあな。イカサマ防止にガルム(ドワーフの職人)に無理言ったからな」
「はい。ですがマスター……お気づきですか? 今、スラム街の露店で何が起きているか」
シエルは冷徹な、しかしどこか熱を帯びた瞳で俺を見つめた。
「昨日、スラムのパン屋へ調査に行きました。スラムの住民たちは、店で勝ったメダルを換金せず、そのままパン屋へ持ち込んでいます。『メダル10枚でパン1個』と」
「……あ?」
「パン屋の親父も、それを普通に受け取っていました。なぜなら、そのメダルをうちの店に持ってくれば、確実に大銅貨1枚と換金できると知っているからです。……それどころか、王国が発行する粗悪で削られた金貨や銀貨よりも、この偽造不可能なメダルの方が『確実に価値が保証されている』として、スラム内で信頼を得始めています」
俺は磨いていたグラスを止めた。
「いや待て。ただのパチスロのメダルだぞ?」
「ええ。ですが、実質的にスラム街の『地域共通通貨』として機能し始めています」
シエルはすっと身を乗り出し、薄い唇を吊り上げた。
「マスター……あなたは最初からこれがお狙いだったのですね? 腐敗した王国の貨幣制度を、ギャンブルの景品という形で下から侵食し、新たな経済圏を構築する……! なんという深謀遠慮」
「いや全然?? 俺はただスロットで遊んで酒を売りたいだけなんだが??」
俺の切実なツッコミは、シエルの瞳に宿る尊敬の光によって綺麗にスルーされた。
「ご安心ください、マスター。あなたの偉大な構想、このシエルが完璧にサポートしてみせます。まずは……増台と、メダルの『預かり業務』から着手しましょう」
「……はい?」
静かに酒場を経営したかったはずの俺の足元で、何かが音を立てて崩れ始めていた。




