第2話:一攫千金の泥沼と、不穏な目算
「30枚でいいのか? ある程度ぶち込まないと無駄になるぞ」
ヴォルクが差し出してきた大銅貨3枚を、受け取りながら俺は言った。
「あん? どういう意味だ?」
「この台は完全確率で抽選しててな。サイコロを転がすようなもんだ。前に入れたメダルが無駄になるわけじゃないが、浅い回転数で諦めると損した気分になるって話だ。まあ……今は俺がボーナスを引いた直後だからな。内部のモードが上振れてたらすぐ当たるかもな」
もちろん、そんな設定のモード移行やストック機能なんてこの1号機には実装していない。オカルトである。だが、ゴーレムコアに「設定変更や内部状態のゆらぎ」を自然に行わせる処理を任せている以上、機械的なハマリと連チャンが生まれるのは事実だ。前世のホールでも、客は勝手に「波」を読んで一喜一憂していた。
「ふん……上等じゃねえか。俺の引きを見せてやるよ」
ヴォルクはせわしなくメダルを3枚、投入口へ滑り込ませた。
金属が擦れる手応えとともに、レバーを勢いよく叩き下ろす。
ガコン。
リールが滑らかに回転を始め、ヴォルクは息をのんでボタンを順番に押し込んだ。
ト、ト、トン。
不発。出目なしだ。
「ちっ」と舌打ちし、すぐさま次の3枚を投入する。
ヴォルクの目が少しずつ据わっていく。
ポン、ポン、ポン。外れ。
ポン、ポン、ポン。外れ。
持っていた30枚のメダルは、あっという間に吸い込まれて消えた。
「おいマスター、もう大銅貨2枚分くれ!」
「まいど」
20枚のメダルを手渡すと、ヴォルクは貪るように投入口へコインを放り込み始めた。
レバーを叩き、ボタンを押す。その繰り返し。手元のメダルが減っていくにつれて、眉間に深いシワが刻まれていく。
(まあ、そう甘くはない……)
俺が内心で苦笑した、その時だった。
カコォン……。
静かな店内に、あの独特な金属音が響いた。
筐体左上の青白い魔導ランプが、小さく点灯する。
「あ……?」
ヴォルクの手が止まる。
「ヴォルク、ランプが点いたぞ。スライムを狙ってみろ」
「お、おう……!」
震える指先で、ヴォルクが右ボタンを押す。
ズドン。
リール中段に、綺麗なスライム図柄が三つ並んだ。
ホッパーが重厚な音を立てて作動し、下部の受け皿に次々と銀メダルが排出されていく。溢れ出たメダルがコイン皿を満たし、受け皿の縁に積み上がっていく。
「BIG BONUSだ。おめでとう」
「お……おおおっ……!?」
ヴォルクは手元に溜まったメダルの山を、恐る恐る指先で撫でた。
BIGの払い出しは約300枚。
メダル10枚で大銅貨1枚(まともなパン1個分)のレートだ。つまり、手元にあるのは大銅貨30枚分。銀貨に直せば3枚相当。
スラムのならず者が、日雇いの力仕事や命がけの小仕事で数日かけて稼ぐ金額が、わずか数分の出来事で手に入ったことになる。
「す……すげぇ……! おいマスター、これ全部、俺の物なんだろ!?」
「ああ。現金に換えるなら大銅貨30枚だ。もちろん、そのまま店で酒や料理を頼む支払いに使ってもいい。できたら、うちで豪勢に使ってもらいたいもんだがな」
店内を包んでいた冷ややかな空気が、一瞬で熱を帯びた。
奥のテーブルでカードを繰っていた仲間たちが、椅子を蹴倒す勢いで駆け寄ってくる。
「おいヴォルク! マジかよ!?」
「たった大銅貨5枚が……ええと何倍になったんだ!?」
「マスター! 俺にもそのメダルってやつをくれ! 大銅貨5枚分だ!」
「俺もだ! メダル貸してくれ!」
群がり始める男たちを前に、俺は満足感を覚えると同時に、少しだけ頭が痛くなった。
1号機はまだ店内に「1台」しかないのだ。
「順番を守れ。それと、狭いから台を取り囲むな」
男たちが大銅貨を握りしめて押し合いへし合いを始める中、フロアの奥からゆっくりと巨大な影が歩み寄ってきた。
「お客様がた……マスターのおっしゃる通り、お並びになってお待ちくださいませ……(にっこり)」
190センチの巨体と豚鼻の威圧感を全身から漂わせ、グリゼルダが両手の拳を胸の前でかわいらしく握り合わせた。骨の鳴る鈍い音が響く。
「ひっ……!」
「わ、分かった! 並ぶ! 並ぶから!」
男たちは一瞬で青ざめ、綺麗に一列に整列した。威圧感抜群のウェイトレスのおかげで、店の治安は保たれたようだ。
熱狂する客たちと、それを見つめるグリ。
俺は手元のグラスを磨きながら、ふと手元に残ったメダルを眺めた。
(とりあえず、客寄せとしては上々か……)
だが、この時はまだ誰も気づいていなかった。
1枚の価値が絶妙に「生々しい」この銀メダルが、やがて店の外へ持ち出され、スラム街の流通そのものを塗り替えていくことになるのだとは。




