第24話:のどかな開拓村と、最高の賄い
王都の喧騒から引き継ぎを終え、数ヶ月。
王都から遠く離れた、緑豊かな街道沿いの小さな開拓村。その片隅に、看板のない小さな石造りの居酒屋がひっそりと佇んでいた。
「よし……これで仕込みは完了だな」
俺は厨房で包丁を置き、手ぬぐいで汗を拭った。
王都での『S&S』の全権をシエルたちに譲り渡し、俺が手に入れた念願の「ただの田舎の居酒屋」。
カウンターとテーブル席が数個だけの小さくて静かな店だ。
パチ、と厨房の暖簾がめくられ、190センチの巨体を小さくかがめながらグリが顔を出した。
「マスター……っ! お掃除と薪割り、全部終わりました……っ!」
大きな体と、低音の圧がある声。だが、その瞳は期待に満ちあふれてキラキラと輝いている。豚鼻がピクピクと伸び縮みし、口元から小さな牙が覗いていた。
「おう、グリ。ごくろうさん。ちょうど賄いが出来上がったところだ」
俺が揚げたての鉄板をカウンターに置くと、グリの表情がパッと華やいだ。
「これ……っ! あたしの大好きな、にんにく特製唐揚げ……っ!」
「ああ。今日は村の農家から手に入れた新鮮な地鶏で作ったんだ。お前が一番好きなやつだろ? さあ、冷めないうちに腹いっぱい食え」
「は、はいっ! いただきます……っ!」
グリは大皿の前に座り、大きな手を合わせて丁寧にお辞儀をした。
そして、大きな唐揚げをひとつ摘まむと、幸せそうに口の中へ放り込む。
サクッ……ジュワッ……!
「んん〜〜っ……! 美味しい……っ! お肉がすっごくプリプリで、ジュワッと肉汁が出てきます……っ!」
「ははっ、焦るなよ。ご飯もお替わりあるからな」
「はいっ! マスターの作るこの唐揚げ、やっぱり世界でいちばん美味しいです……っ! 王都の大きいお店にいた時より、今のこのお店でマスターのごはんを食べてる時が、あたし一番幸せです……っ!(にっこり)」
地響きのような低音ボイスと、圧の強めな満面の笑み。
だが、その笑顔には一切の偽りもなかった。
王都に残れば、国家規模の『O&Aグループ』で一生遊んで暮らせる破格の地位と報酬が約束されていたというのに、このオークの少女は迷わずすべてを蹴って、俺の賄い唐揚げのために一緒についてきたのだ。
「ありがとな、グリ。お前が看板ウェイトレスでいてくれて助かるよ」
「えへへ……あたし、マスターがどこへ行ってもずっとついていきますからね……っ!」
夕暮れ時、ぽつぽつと村の農夫や冒険者たちが「マスター、やってるかい?」と暖簾をくぐってくる。
冷えたビールと揚げたての唐揚げを差し出すと、客たちは「うめぇなぁ!」と声を上げて笑い合う。
巨大な金融組織も、預り証の暗闘も、億単位の手形決済もここにはない。
ただ旨い酒とメシがあり、身近な奴らが笑顔で腹いっぱい食べてくれる。
(……ああ、そうだ。俺がずっとやりたかったのは、こういう店なんだよな)
冷えたビールをぐっとあおりながら、俺は心から満たされた心地で静かに目を細めるのだった。




