第25話(最終話):メダルが金貨を駆逐したあとに
第25話(最終話):メダルが金貨を駆逐したあとに
「おい、例の噂を聞いたか?」
王都の中心街、高級酒場の一角で、ある貴族がひそひそ声で身を乗り出した。
「噂って……あの『開拓村の隠れ酒』のことか?」
「そうだ。どこかの田舎村で、正体不明の最高級酒が造られているらしい。あまりの美味さに、王都の豪商たちが金貨を積んで買い占めようとしているが、一切応じないんだとか」
「さらに酷いのは『煙草』だよ。あの独特の芳醇な香り……ひとくち吸うだけで至高の安らぎが得られるという極上の葉煙草が、その店でしか手に入らないらしい。一体誰がそんなものを作っているんだ……?」
貴族たちの間でまことしやかに囁かれる、正体不明の「酒」と「最高級煙草」の噂。
だが、彼らはまだ知らない。それがかつて王都の経済を塗り替えた「あの男」の手によるものだということを。
その頃、王都の頂点に立つ『O&A金融決済機構』本部の最高総裁室。
ミラベル特製の魔導音声機からは、アナウンサーの誇らしげな声が流れていた。
『——本日、我が王国の全域において、O&A預り証および統一メダルによる新決済システムへの移行が完了いたしました。これにより、旧改鋳金貨は完全に流通を停止し……』
「……フフフ。ついに完了いたしましたね」
窓の外に広がる王都の街並みを見下ろしながら、シエルが静かに眼鏡のブリッジをクイッと押し上げた。
かつてバルドが1台のパチスロ機から始めた小さな革命は、国家の通貨制度を丸ごと呑み込み、ついに「メダルが金貨を駆逐する」という歴史的偉業を達成したのだった。
隣で不満そうに腕を組んでいたミラベルが、あごひげをサワサワと撫でながら呟く。
「まったく、マスターときたら……! あれだけの帝国を作り上げておいて、あっさり『ワシは引退する』なんて言って田舎に引っ込んじゃうんですから。……あ、でも、マスターから送られてきたこの『自家製のお酒』と『葉煙草』、すっごく美味しい……」
「ええ。マスターは『金があまり余って暇だから、土いじりと酒造りを始めた』とおっしゃっていましたが……フフフ、本当にそれだけでしょうか?」
シエルは手元に届いた開拓村からの定期報告書をそっと開いた。
『報告:バルド様が開拓村にて【14枚の重厚な石の牌を使う心理戦ゲーム】をはじめました。店内では自家製の酒と最高級煙草がふるまわれ、夜な夜な村人や商人が集結中です。
「……ゲーム、でございますか」
シエルがキラーンと眼鏡を光らせた。
「流石はマスター……。メダルによる【貨幣改革】を完成させた次は、酒と煙草という【絶対的嗜好品】で人々を魅了されるおつもりなのですね……! 」
一方、遥か遠く離れたのどかな開拓村。
夕暮れ時の小さな居酒屋では、山盛りの弁当を美味しそうに頬張るグリの姿があった。
「んん〜〜っ……! 今日もマスターの唐揚げと自家製のお酒、最高に美味しいです……っ!(にっこり)」
「ははっ、焦って喉に詰まらせるなよ。煙草の煙が気になるなら外で吸うからな」
「平気です! この煙草の香り、とっても香ばしくて好きですから……っ!」
大きな体を縮こまらせて笑顔を弾けさせるグリに、バルドは苦笑しながら自家製の煙草を一服ふかした。
紫煙がゆったりと天井へ上り、冷えた自家製酒のグラスに夕日が反射して輝く。
表の巨大な金融組織や通貨の暗闘なんて、もうどうでもいい。
心優しいオークの乙女と、美味しい唐揚げ、旨い酒、そして静かな日常。
俺がずっと手に入れたかったのは、このささやかで温かい時間なのだから。
「おいマスター! 例の石の牌のゲーム、今日も教えてくれよ!」
「俺も俺も! 酒と煙草もおかわりだ!」
村の農夫たちがガヤガヤと店に入ってくる。
「はいはい、分かったよ。……よし、じゃあ今日も始めるか。ただの絵あわせと数字のパズルだから、気楽にやろうぜ」
ジャラジャラジャラ……と、重厚な石の牌が混ぜ合わされる心地よい音が、のどかな開拓村の夜に響き渡る。
何も知らないバルドが嬉しそうに牌を倒す姿を最後に——
『メダルが金貨を駆逐するまで』の物語は、静かに、そしてどこまでも平和に幕を閉じるのだった。
(完)
終わりです。思ったよりも長くなりました。
お付き合いいただきましてありがとうございました。




