第22話:国家の敗北と、中央銀行への昇華
『S&S 王都旗艦店』がグランドオープンしてから数ヶ月。
王都の熱狂は冷めるどころか、王国全土を巻き込む巨大な渦となっていた。
王立財務省の執務室。
莫大な書類の山に埋もれていた財務省次官マルセルは、手元に提出された最新の経済統計報告書を見て、頭を抱えて呻いていた。
「……あり得ん。こんなことがあってたまるか……!」
報告書に記載されていたのは、恐ろしい事実だった。
王国が発行する改鋳金貨(金を極限まで削った粗悪な金貨)は市場から完全に消え失せ、代わりに庶民から大貴族にいたるまで、誰もが『S&S』の発行する「寄託預り証」と「銀メダル」で取引を行っているというのだ。
「税の納入率が跳ね上がっている……? なぜだ! 領主たちが納めてくる税の8割が『S&Sの預り証』ではないか! 一体我が国の本位貨幣は何なのだ!?」
「じ、次官……」
蒼白な顔をした部下の官僚が、さらに追い打ちをかけるような書類を差し出す。
「すでに王都の主要な物流、高級品取引、果ては不動産売買の決済まで、すべてあの旗艦店の別館(総合資産寄託交換所)を経由して行われております。我が国の金貨は『誰も受け取りたがらない紙くず同然の金属』と化しており……もはやS&Sの預り証を公的通貨として認めねば、明日にも国家財政が機能不全を起こします……!」
「くっ……! あの『S&S』の裏にいるのは何者だ!? 経済で我が国を丸ごと買い叩く気か!?」
「う、裏で決済機構を統括しているのは……『O&A金融決済機構』。そしてその最高顧問には、第2皇子ルーシャス殿下が就任されております……!」
マルセルはガタガタと震える手で書類をテーブルに叩きつけた。
「ルーシャス殿下……! あの放蕩皇子が、これほどの金融怪物を従えていたというのか……! 負けだ……我が王国の財政は、完全に『O&A』に敗北したのだ……」
こうして王国は、国家の崩壊を防ぐための唯一の選択肢として、「O&A金融決済機構を王国の正式な中央銀行(国家決済インフラ)として公認する」という特権法律を公布せざるを得なくなったのだった。
一方、その頃。
『S&S 王都旗艦店』の地下にある豪華な総裁執務室では、シエルが静かに眼鏡を光らせていた。
「フフフ……王室および財務省からの『中央銀行化』の打診、すべて予定通りのタイミングで受諾いたしました」
すまし顔で書類に判を押すシエルの横で、ミラベルがあごひげを満足げに撫でている。
「これで全全土の魔導通信網を使った『メダル自動換金&口座決済システム』の運用が正式に認められたのじゃ! 筐体の量産体制も完璧、現場のスタッフ教育もグリゼルダが育て上げた優秀な派遣生たちが完璧にこなしておる!」
「ええ。これにより、マスターがわざわざ現場で指揮を執る必要性は完全にゼロとなりました。組織は恒常的・自動的に世界の金融を統括し続ける『完全自走スキーム』へと昇華いたしました」
シエルは満足そうに微笑み、巨大な金庫の鍵をそっと机の上に置いた。
「さあ……すべては整いました。マスターに、この『完璧な金融帝国の完成』をご報告に上がりましょう」
仲間たちが「マスターの次なる神がかった構想」に胸を躍らせているとは露知らず。
地上店舗の喧騒から離れた自室で、バルドは荷造りを終え、冷えたビールを飲みながら「……よし、荷物はこれだけだな」と静かに荷物を背負うのだった。




