第20話:オークの乙女と、黄金色の賄い唐揚げ
激動の経営会議や金融の企みから解放された、つかの間の昼下がり。
嵐のようなランチラッシュが過ぎ去った『S&S』1号店の厨房で、俺は巨大な鉄鍋を前に腕を振るっていた。
「よし、良い揚げ色だ……!」
じゅわぁぁぁ、と心地よい油の音とともに揚げ鍋から引き揚げたのは、拳ほどもある鶏もも肉の唐揚げだ。
特製の魔導醤油とニンニク、ショウガを効かせたタレにしっかりと漬け込み、衣はカリッと、中はジューシーに仕上げた当店自慢の隠れ名物。それを大皿に山盛りになるまで積み上げていく。
パチ、と厨房の暖簾がめくられ、ひょっこりと顔を覗かせたのはグリゼルダだった。
「あの……マスター……? フロアのお掃除とテーブルの拭き上げ、全部終わりました……っ」
190センチの巨体を縮こまらせながら、どこか緊張した低音ボイスで報告してくる。
だが、その視線は隠しきれておらず、俺の目の前にある山盛りの唐揚げに釘付けになっていた。見事な豚鼻がピクピクと伸び縮みし、小さな牙の隙間からゴクリと唾を呑み込む音が聞こえてくる。
「おう、グリ。お疲れさん。ちょうど今、まかないが上がったところだ」
俺が大皿をカウンターへ運ぶと、グリの瞳がパッと輝いた。
「これ……っ! あたしの大好物の、にんにく唐揚げ……っ!?」
「ああ。スラムで出会った頃から、お前はこれが一番好きだったろ? 今日もフロアの警備と案内、ありがとな。さあ、冷めないうちに腹いっぱい食え」
「は、はいっ! いただきます……っ!」
グリは巨大な体をさらに丸め、大きな手を合わせて丁寧にお辞儀をした。
そして、揚げたての大きな唐揚げをひとつ摘まむと、口の中へ放り込む。
サクッ……!
厨房に響く、心地よい衣の音。
次の瞬間、ジュワッと溢れ出す鶏肉の肉汁とニンニクの香ばしい風味に、グリの顔がとろけるようにほころんだ。
「んん〜〜っ……! 美味しい……っ! 外はカリッとしてて、中はすっごく柔らかくて……肉汁が溢れてきます……っ!」
「ははっ、火傷するなよ。ご飯もお替わりあるからな」
「はいっ! マスターの作るこの唐揚げが、あたし、世界で一番大好きです……っ! スラムで身寄りもなくてお腹を空かせてたあたしを拾ってくれて……こんなに美味しいごはんを食べさせてくれて……あたし、マスターのところで働けて本当にしあわせです……っ!」
豚鼻をフチフチと鳴らし、感動で大きな瞳に涙を浮かべながら、グリは実に美味しそうに唐揚げをご飯と一緒に口へ運んでいく。
その無邪気で素朴な笑顔を見ていると、日々シエルたちが持ち込んでくるややこしい組織拡大や金融の話で擦り減っていた俺の胃が、すーっと癒やされていくのが分かった。
(……そうだ。俺がやりたかったのは、こういう店なんだよな)
ただ旨い酒とメシを出して、身近な奴らが笑顔で腹いっぱい食べてくれる。
外でどんな巨大な金融グループ(O&A)が動いていようと、この温かい時間こそが俺の酒場の原点だった。
「マスター、あの……! もうひとつ、頂いてもいいでしょうか……?」
「おう、好きなだけ食え! まだ揚げたてが山ほどあるからな!」
「ありがとうございます……っ!(にっこり)」
地響きのような低音ボイスと、190センチの圧強めな微笑み。
だが、その裏にある心優しい乙女の満面の笑みに包まれながら、スラムの小さな酒場には、どこまでも平和で穏やかな時間が流れるのだった。




