第19話:貴族向け仮店舗と、怠惰なる『第二皇子』
王都進出の足がかりとして、俺たちは王都郊外の高級保養地に、貴族や豪商限定の秘密サロン——『S&S VIPサロン』を仮オープンさせていた。
店内には落ち着いた絨毯が敷き詰められ、重厚な調度品が並ぶ。
メダルのレートは本店の10倍以上。メダル1枚=銀貨1枚(約1万円相当)という破格のハイレートだ。千円札どころか、諭吉を次々と投入口へ吸い込ませるような世界である。
高価な絹の服を着た伯爵が、目を出血しそうなほど血走らせてレバーを叩いている。
そんな熱狂と欲望が渦巻くVIPサロンの片隅で、俺は一人の男から目が離せなくなっていた。
派手な刺繍の入った上着をだらしなく崩し、前髪を目元まで垂らしてソファに深々と腰掛けている青年だ。
手元には空になった高級ワインのグラスと、山のように積み上がった銀メダル。
(……なんだ、あの男は)
前世を含め、俺は数多くの人間を見てきた。冒険者として死線をくぐり抜けてきた勘が、全身の毛穴を逆立てる。
無造作な立ち振る舞いに隠された、一切の隙がない体幹の軸。
貴族特有の洗練された所作を「怠惰」で隠すような、不自然なほど自然な身構え。
そして何より、その身体から漏れ出す魔力の圧が尋常ではない。高位貴族特有の圧倒的な魔力を内側に秘めながら、それを完全に制御し、ごく普通の人間に擬態している。
(間違いない……。魔力の質が、今まで会った大司教や最高監察官なんて比じゃない。俺が出会った中で……一番『上』にいる人間だ)
冷や汗が背中を伝う。俺は手に持っていた手拭いを置き、人生で最も丁寧な礼を仕込んでその男のテーブルへと向かった。
「……お客様。お給仕に不手際でもございませんでしょうか。私、当店のオーナー兼マスターを務めます『バルド』と申します。ご満足いただけるお酒をお持ちいたしましょうか」
深々と頭を下げた俺に、青年は前髪の隙間からニヤリと眩しい笑みを向けた。
「やぁ、丁寧な挨拶だな、マスター。俺はルーシャス。まあ……ただのヒマな道楽者さ」
「ルーシャス様、でございますね」
彼が身分を明かさない以上、俺も追及はしない。だが、この男が「王族の血」を引いていることくらい、直感で察しがついていた。現国王の長男でありながら、妾の子ゆえに第2皇子として扱われ、宮廷から「放蕩皇子」と疎まれている男——ルーシャス。
ルーシャスは手元で銀貨100枚相当(約100万円)のメダルをチャリチャリと弄びながら、湾曲液晶で神聖な讃BGMを奏でる『神王の降臨』を見つめた。
「いやぁ、素晴らしい店だ。酒は美味いし、この『神王』って箱は最高にイカれてる。俺のなけなしの小遣いが一瞬で消え去っていきそうだよ」
「恐縮でございます」
「だがな、マスター」
ルーシャスはふっと目を細め、声のトーンを落とした。その一瞬、鋭い知性が覗く。
「このメダルと『預り証』……そして、ここでの勝ちが、『ステータス』になり始め、負けた貴族たちが挙って『次の軍資金』のために領地の権利や手形をここに預け始めている状況。……ふふ、実に面白い『集金システム』だ。貴族どもは遊んでいるつもりで、自分たちの首輪をこの店に差し出していることに気づいてもいない」
俺の心臓が跳ね上がった。
(……一目で見抜きやがった。シエルが作った金融の仕掛けを、ただの遊び客として座ってただけで……!)
「ルーシャス様、当店はただの娯楽施設で——」
「まあまあ、そう硬くなるなよ」
ルーシャスはひらひらと手を振ると、再びだらしなくソファに沈み込んだ。
「俺は別に、お前たちの企みを暴いて告発したいわけじゃない。むしろ逆だ。……俺を、この店の『後ろ建て(パトロン)』にしないか?」
「後ろ建て、でございますか?」
「ああ。王都に本気で店を出すなら、うるさい貴族や法務院のハエどもが群がってくるだろ? 俺の印章を看板に掲げておけば、大抵の奴らは手を出せなくなる。その代わり……俺に『設定』をこっそり教えろ。この台、どこかに当たりやすい台とそうじゃない台があるんだろ?」
皇子からの直球すぎる「設定漏洩」の要求に、俺は思わず苦笑いした。
「申し訳ございません。営業中の設定開示は、たとえどのようなお方であってもお断りしております」
「なんだ、減るもんじゃないだろ? 顧問料の代わりだと思えば安いもんだ」
「いいえ。どの台が当たるか分からない緊張感と、自らの引きで奇蹟を掴み取る過程こそが、この遊びの最大の醍醐味(楽しみ)ですので。それをお教えしてしまっては、ルーシャス様のお楽しみを奪うことになってしまいます」
ルーシャスは一瞬驚いたように目を丸くした後、ハハッと楽しそうに口元を緩めた。
「くっ……くはは! 言うねぇ、マスター! 客の楽しみを守るために、王族の要求を面と向かって断るか! 気に入ったよ!」
ルーシャスは心底満足そうに背もたれへ身体を預けた。
「俺はさ、王位継承だの政治のドロドロした権力闘争だの、そういう胃が痛くなるような話が大嫌いなんだよ。正妻の弟(第1皇子)やその取り巻きどもが勝手に王冠を奪い合えばいい。俺は一生、美味しい酒を飲んで、博打を打って、王宮に迷惑をかけて、自堕落に生きたいだけなんだ」
最後のは聞かなかったことにするが、、嘘偽りは一切なかった。
彼は才能と魔力を持ちながら、野心がこれっぽっちも存在しない「本物の怠惰」だったのだ。
(権力に興味がなく、ただ平和に遊んで暮らしたい男か……)
どこか自分と似た匂いを感じ、俺の緊張がすっとほぐれた。
「……なるほど。お気持ちは重々理解いたしました。お互い、静かに過ごしたいものですね」
「ハハッ! 分かってくれるか! お前、良いマスターだな!」
俺たちが意気投合して笑い合っていると、いつの間にか背後に忍び寄っていたシエルが、静かに眼鏡をキラーンと光らせた。
「……ルーシャス様。そのお申し出、喜んでお受けいたします。本日より貴方を『O&A金融決済機構・特別最高顧問』に就任していただき、王都出店における政治的プロテクトの全権をお任せいたします」
「お、おいシエル!?」
「フフフ……王族の後ろ建てと非課税の政治的特権を与えていただきました。完璧な取引でございます」
俺が「(おい、この人、第2皇子だぞ!? 勝手に顧問にするな!)」と目線で訴えるが、シエルはすまし顔で帳簿をめくるだけだった。
「よし決まりだ! じゃあ顧問料の前払いとして、銀貨メダルをあと100枚(100万円分)貸してくれ! 自力で『神王』の奇蹟を引き当ててやる!」
「かしこまりました。ただちにメダルをご用意いたします」
「おいおいおい!! 結局ツケで打つんかい!!」
放蕩皇子を味方に引き入れた『S&S』。
王都進出への政治的な「絶対の盾」を手に入れた俺たちは、いよいよ王国の心臓部へとその巨額のメダル経済圏を流し込んでいくのだった。




