第17話:敗者たちの再生と、派遣という名の人的資本
グランドホール1号店と2号店の盛況の陰で、スラム街には無視できない問題が生じていた。
パチスロの中毒性や、無謀な借金によって身を持ち崩した「破産者」たちの存在だ。
彼らは路地裏で頭を抱え、日々の糧すら得られずにスラムの浮浪者と化していた。
「マスター……このままでは、当店の評判に関わります」
開店前の準備中、シエルが神妙な面持ちで書類を提示した。
「パチスロで身を滅ぼした者がスラムに溢れれば、いずれ治安悪化を理由に王国や貴族層から介入の口実を与えてしまいます。……負けた者たちからこれ以上回収することは不可能ですし、放置するのはリスクでしかありません」
「そうなんだよなぁ……。俺も、借金で身投げする奴まで出たら後味が悪いと思ってたんだ」
俺が苦笑いしながら頷くと、シエルは眼鏡のブリッジをクイッと押し上げた。
「ご安心ください。彼らには『自己破産および債務整理手続き』を適用し、当組合の管理下で再起を図っていただきます」
「自己破産……? 借金を帳消しにしてやるのか?」
「ただ帳消しにはいたしません」
シエルはすっと、新しく作成された分厚いマニュアルを卓上に広げた。
「破産を申請した者には、当組合が設立する『再生職業訓練所』への入所を義務付けます。そこでまず行わせるのは、基礎的な読み書き、計算(算術)、そして接客と清掃のマナーの徹底指導です」
俺は目を見開いた。
「読み書きと計算……!? スラムの連中にそれを教えるのか?」
「ええ。この世界において、文字が読めず計算ができない人間は単純労働しかできません。ですが、最低限の『読み・書き・計算』ができる人材は、下町の商店や建築現場、さらには冒険者ギルドや貴族の屋敷において、喉から手が出るほど欲しい超貴重な労働力となります」
シエルはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「訓練を修了した破産者を、当組合直属の『人材派遣スタッフ』として登録します。そして労働力を必要としている商人や企業へ派遣し、彼らが稼いだ給料から、生活費を除いた一定額を『債務の返済分』として徴収するのです」
「お、派遣業まで始めるのか……!?」
「はい。ただの無職だった破産者が、読み書きのできる『高品質な労働者』として社会に還元される……。これは雇用主にとっては人手不足の解消、破産者にとっては自立とスキルの獲得、そして我が組合にとっては『死に金だった借金の確実な回収』という、完璧な三方良しのシステムです」
数日後。スラムの旧倉庫を改修した『スロット&サケ 技能開発センター』。
そこには、パチスロで負けて破産を申請した元ごろつきや露店商たちが、緊張した面持ちで机に向かっていた。
「いいですか! 文字が書ければ、商品の帳簿がつけられます! 計算ができれば、お釣りを誤魔化されずに済みます! あなたたちは今日からただの敗者ではありません、技術者の卵です!」
教壇に立つのは、巨大な指示棒を握りしめた190センチの巨漢・グリ。
その圧巻の威圧感と、意外にも丁寧で分かりやすい指導に、男たちは必死の形相で羊皮紙に文字を書き走らせていた。
「うおおおっ! 俺、自分の名前が書けたぞ……!」
「計算ができるようになると、店の仕入れの計算が分かる……! おもしれぇ!」
昨日までパチスロの出玉に泣き叫んでいた男たちの目が、学ぶ喜びと再起への希望で生き生きと輝き始めていた。
さらに、彼らの訓練が終了すると——。
「シエル支配人! うちの建設現場で、図面が読めて資材の数を計算できる作業員を5人貸してくれ!」
「当店のレジ打ちと帳簿付けができる接客スタッフを、至急3名派遣していただけないでしょうか! 派遣料は弾みます!」
下町の商人や「スラム不動産開発(旧黒蛇会)」から、派遣要請の悲鳴のようなオファーが殺到した。
「はい、かしこまりました。当組合のSランク研修修了者を派遣いたします。……なお、派遣契約金および管理手数料として、給与の2割を当組合へお納めいただきますね」
シエルはテキパキと契約書を交わし、次々と破産者たちを適材適所の現場へ送り出していく。
派遣された破産者たちは、現場で「読み書きができる優秀なスタッフ」として重宝され、真面目に働いて給料を得る。その一部が債務返済として『スロット&サケ』へ還元され、残りは彼らの手元に残り、再び生活を立て直していくのだった。
夕方、静かになった訓練所を眺めながら、俺は感心したように息を吐いた。
「すごいな……。ただの借金取り立てじゃなくて、人間を育てて社会に戻す仕組みにしちまうとは」
「フフフ、マスター」
シエルが帳簿を閉じ、満足そうに胸を張る。
「パチスロは単にメダルを回転させる遊びではありません。負けた者にすら『教育と雇用』という新たな価値を与え、社会全体の生産性を爆発的に引き上げる……これぞ我が金融帝国の『CSR(社会的責任)』でございます」
「CSRとか専門用語を異世界で使うな。……まあでも、あいつらがまっとうに働いてメシ食えてるなら、それが一番だな」
(……俺はただ、パチスロを置いて楽しく酒を売りたかっただけなんだが……まさかスラムの職業訓練校と人材派遣会社まで作ることになるとはな)
呆れつつも、どこか誇らしげな気持ちで、俺は酒場のカウンターへ戻っていくのだった。




