第16話:王国財務省の暗雲と、些細な異変
王都の最奥、重厚な石造りの財務省執務室。
財務大臣の重臣たちは、長テーブルに積み上げられた羊皮紙の山を前に、疲弊しきった顔で頭を抱えていた。
「重税に喘ぐ北部の領主たちから減税の嘆願書が届いております。拒否すれば反乱の兆候すら見せかねません」
「南部の穀倉地帯の不作による食糧価格の暴騰、並びに隣国との国境警備費の増額……。今年度の国家歳入は、過年度と比較して15%以上減少する見込みです」
「新通貨の改鋳案は……粗悪な金貨への不満から、王都の商人組合から猛反発を受けております」
次々と報告されるのは、王国の根幹を揺るがす深刻な危機ばかりだった。
国家財政は破綻寸前。
貴族層の利権争い、隣国との緊迫した軍事情勢、そして食糧難。国家の命運を左右する重大案件の怒号が飛び交う中、財務省次官マルセルは、提出された書類の一番下にあった薄い羊皮紙に目を留めた。
地方都市の徴税官ベルナールから届いた、定期報告書の一節だ。
『報告:西部の治安維持および税収に関する件。
スラム街を発祥とする新興の娯楽事業(通称:パチスロ店)および、それに伴う「寄託預り証」の流通について。
現在、当該店舗は納税の義務を順守しており、年間金貨50枚規模の営業決済税を自主納付中。
なお、市中における独自の金属片および証書の流通が確認されているが、法的な私鋳通貨には該当せず、現時点では「手形と同等の扱い」として暫定容認。地域経済の安定に寄与しているため、追加の介入は不要と判断す』
マルセルは眉間を指で揉みほぐしながら、小さな溜め息を吐いた。
「……西部スラムの、例の『パチスロ』とやらか。あの地方の小さな遊技場が、金貨50枚の税をきっちり納めているのだな?」
「はっ。ベルナール監察官からの報告では、不正の証拠はなく、むしろ周辺のギャングを吸収して治安を維持しているとのことです」
「ふん……」
マルセルはその報告書を書類の山へ戻し、印を捺した。
今の財務省にとって、一地方都市のスラム街で起きている「風変わりな娯楽店の流行」や「小さな地域限定の手形取引」など、対処すべき問題のリストの中で最も優先度の低い、些細な出来事に過ぎなかった。
北部の反乱リスクや、王都で起きている大貴族の不正蓄財、国家予算の巨大な穴に比べれば、金貨数十枚を素直に納める地方の小さな経済活動など、気にする価値すらもないのだ。
「放っておけ。税さえ正しく納めているなら、地方の貧民どもが何を使って遊んでいようと構わん。我々が今議論すべきは、北部の軍費調達と王都の金融麻痺だ」
「はっ。了解いたしました」
役人は報告書を脇へ退け、再び巨大な国家債務の議論へと戻っていった。
彼らはまだ知らなかった。
自分たちが「地方の些細な問題」として見過ごしたその小さな芽が、王国のどの地方領主よりも強固な信用を築き上げ、粗悪な国家通貨を徐々に内側から侵食し始めていることを。
そして、やがてその「些細な異変」が、王国の財政基盤そのものを根底から揺るがす巨大な金融の津波となって、王都へ押し寄せてくるということを——




