第15話:乙女のあごひげと、湾曲液晶のイノベーション
2号店のオープン、そして他都市への進出計画に伴い、俺たちは深刻な壁にぶち当たっていた。
「ダメだ……手が回らん……!」
工房の机に突っ伏し、俺は疲労困憊で絶叫した。
パチスロ筐体の心臓部である『魔導水晶(液晶画面)』の制作とメンテナンスが、あまりの需要に全く追いついていないのだ。
ドワーフの腕利き職人であるガルムにも店舗の仕事があり、冒険者ギルドの伝言板で技術者を募っても、この精密な魔導回路を扱える人材などそうそう見つかるはずもなかった。
俺たちが頭を悩ませていると、工房の重い扉がドスンと大きな音を立てて開いた。
「おいマスター! 連れてきたぞ! ガルムの奴が『俺の弟子の中で一番の変態技師だ』って太鼓判を押した奴だ!」
黒蛇会のダグが連れてきたのは、小柄だが目を引く風貌の人物だった。
ダグの背中に隠れるように立っていたのは、一人のドワーフの少女。
ドワーフ特有の豊満すぎる胸(爆乳)を皮の作業着で何とか押し込み、大きな丸眼鏡を鼻頭に載せている。そして何より目を引くのは、彼女の口元だった。
上唇にはひげがなく、あごにだけ蓄えられた、短くフワフワとした綺麗なあごひげ。
人間の感覚では二度見してしまうが、ドワーフの女性としてはごく一般的なファッションであり、むしろ「少しお洒落に気を使っている乙女」の嗜みである。
「あ、あの……はじめまして……っ! ガルム師匠のいちばん弟子、ミラベルと申します……っ!」
ミラベルはぺこりと頭を下げた。あごひげがピコピコと揺れる。
「よろしくな、ミラベル。実は魔導水晶の生産が追いついてなくてな。お前の技術でなんとか量産化できないかと思って引き抜いたんだが……」
俺が事情を説明すると、ミラベルは丸眼鏡をキラリと光らせ、鼻息荒く身を乗り出してきた。
「マスター! 師匠から『スロット&サケ』の筐体の話は聞いています! ですが……あの平らな魔導水晶にそのまま魔法陣を投射する方式、技術的に古すぎます!!」
「えっ、古いの!?」
「はい! 平面への投射は光の減衰が激しく、魔力効率が最悪です! そこで私、こんなものを作ってまいりました……っ!」
ミラベルが背中の巨大なリュックから取り出したのは、なだらかなカーブを描く、湾曲した特注の「曲面ガラス結晶」だった。
「これは……湾曲水晶か?」
「ふふん、ただの湾曲水晶ではありません! 内部に微小な魔導粒子を散りばめた『背面映写式立体水晶』です! 筐体内部の小型魔導球から光をレンズ越しに曲面へ投影することで、従来の1割の魔力で、10倍以上の高解像度かつ立体的な映像を映し出せます!」
ミラベルが背面のスイッチを入れると、湾曲した水晶の中に、まるでそこに実体があるかのような超高精細なスライムの3D映像がぬるぬると動き出した。
「なっ……! 映像が立体的に飛び出している……!? しかも曲面だからどの角度から見ても歪まない!」
シエルが思わず立ち上がり、眼鏡を落としそうになりながら水晶に顔を近づけた。
「……マスター、これは……とんでもない技術革新です! 従来のドット絵のような簡易演出とは次元が違います! キャラクターが立体的に動き、リールと連動して液晶から飛び出すような演出が可能になります!」
「さらに! この湾曲水晶なら、型枠さえあれば鋳造魔法で一気に量産できます! 生産スピードは従来の五十倍以上です!」
豊満な胸を揺らし、あごひげを誇らしげに立てて胸を張るミラベル。
「採用だ!! 即採用!! ミラベル、今日からお前がうちの『液晶・演出開発部』の最高責任者だ!」
俺はミラベルの手を強く握りしめた。これで他都市への増台も、新台の大量生産も一気に現実味を帯びてくる。
「えへへ……ありがとうございます! さっそく工房に引きこもって、新しい液晶演出の魔導回路を組み上げますね! ……あ、マスター。報酬は『大盛り賄いパン』と『爆走グリフォン』の設定6を打たせてくれればそれでいいです!」
「お前、すでに重度のパチスロ中毒じゃねえか!!」
数日後。
ミラベルが開発した「曲面映写式液晶」を搭載した試験機が、グランドホールのメイン島にお目見えした。
液晶の中で立体的なモンスターが画面狭しと暴れ回り、チャンス目(激アツフラグ)が成立した瞬間に画面全体が立体的なヒビとともにフリーズする衝撃演出が炸炸裂!
「うおあぁぁぁっ!? 画面が割れたぁぁぁっ!?」
「モンスターが画面から飛び出してきたぞ! なんだこの神台は!!」
立体液晶の圧倒的臨場感とド派手なフリーズ演出に、客たちは文字通り狂喜乱舞した。
その光景をカウンターから見つめながら、シエルが素早くペンを走らせる。
「素晴らしい……演出の臨場感が増したことで、客の没入感とインサート(投資金額)が従来の1.8倍に跳ね上がっています。ミラベルさんの技術、本物ですね」
「ああ、だが一人の技術に依存するのは危険だ。ミラベル、これからはお前を中心に若手ドワーフや魔導技師を集めて『開発・製造技術者集団(技研)』を組織してくれ」
「はいっ! 師匠の弟弟子や工房の若手たちをスカウトして、技術の標準化と量産体制を整えます! 演出用のド派手な魔導回路もチームで作りますね!」
あごひげを輝かせるミラベルのもとに、次々と若手技師たちが集まり、ひとつの巨大な開発組織が誕生しようとしていた。
前世のパチスロメーカーも真っ青の「技術革新」と「開発ラインの組織化」を手に入れた『スロット&サケ』。
液晶革命を起こした俺たちの勢いは、もはや一店舗の枠を完全に超え、王国全土を巻き込む巨大産業へと進化を遂げていくのだった。




