第11話:スラムの支配者と、買い占められた土地
大聖堂の大司教までを味方に引き入れ、もはや敵なしと思われた『スロット&サケ』。
だが、急速に拡大する「メダル経済圏」の前に、スラム街の“真の支配者”が黙っているはずもなかった。
「おい店主……ツラ貸しな」
仕込みの最中、店の扉が乱暴に蹴り開けられた。
入ってきたのは、蛇の刺繍が入った革ジャンを羽織る男たち。スラム街の裏社会を仕切る巨大ギャング組織『黒蛇会』の構成員たちだ。
先頭に立つ男——副組長のダグは、ドカリとカウンター前の椅子に腰掛けると、ギロリと俺を睨みつけた。
「うちのシマで、挨拶もなくデカい顔して『メダル銀行』なんぞ始めてくれたなぁ。おかげでうちの若いのが集めてた『みかじめ料』も、全部お前のところの『預り証』で払われちまって商売あがったりだ」
「……へい、それはどうも」
俺が淡々とグラスを拭いていると、ダグはチッと舌打ちをして、懐から一枚の羊皮紙をテーブル叩きつけた。
「用件は一つだ。この店、それから『メダルとパチスロの権利』を、うちの組で丸ごと買い取ってやる。提示額は金貨100枚だ。悪くない話だろ?」
「断る。俺はただのパチスロ屋だ。売る気はない」
「……断るだと?」
ダグの目の色が変わり、背後の男たちが一斉に懐へ手を伸ばした。
重苦しい殺気が店内に満ちる。
だがその時、帳簿をつけていたシエルが、静かに眼鏡を押し上げながら割って入った。
「ダグ様、とおっしゃいましたか。……お言葉ですが、仮にこの店を力尽くで奪われたとしても、貴方方にこの事業を運営することは不可能です」
「あぁん? なめ落としてんのか小娘が。利息取って金貸すだけだろ?」
「いいえ。当店の強みは、ドワーフの技術とマスターの特殊魔力で保護された『偽造不可のメダルと預り証』、そしてBランク・ゴーレムコアによる『完全確率の管理システム』です。これを維持できる人材がいない以上、貴方がたが奪った瞬間、民衆の信用は失墜し、メダルはただのゴミ屑となります」
「くっ……!」
図星を刺されたダグの顔が歪む。
「……それに、ダグ様。暴力で奪うよりも、もっとお互いに『大儲け』できる提案がございます」
「大儲け……?」
シエルはすっと、スラム街の詳細な地図を卓上に広げた。
「当店は現在、連日の大盛況により店舗の狭さが限界に達しております。近々、隣接するブロックを丸ごと買い取り、数十台規模の『超大型遊技場』を建設する計画です。……そこで」
シエルは地図の特定の区画を指差した。
「当店の周囲にある破格の暴落土地を、貴方がた『黒蛇会』の手で事前に買い占めていただくのです。もちろん、我が組合が破格の低金利で『メダル融資』いたします」
ダグが眉をひそめる。
「……土地を買い占めて、どうすんだよ?」
「当店がグランドホールを建設すれば、スラム街の中心地として毎日何千人もの客や商人が押し寄せます。そうなれば、周辺の土地の価値は十倍、二十倍へと跳ね上がります。貴方がたは、買い占めた土地を後からやってくる商人たちへ『高額で貸し出す』あるいは『売却する』だけで、転売益が得られるのです」
「なっ……地上げと不動産投資……!?」
「さらに、グランドホールの『警備業務』および『駐車場管理』を、黒蛇会へ一括で優先発注いたします。不法なみかじめ料などという端金ではなく、合法的な『総合警備会社』として、毎月安定した莫大な収益を得ていただく……いかがでしょう?」
ダグは口を半開きにしたまま、地図とシエルの顔を交互に見つめた。
「む、無血で……ただ土地を押さえて警備するだけで……うちの組がスラム一番の富豪になれるってのか……!?」
「ええ。暴力ではなく『資本と不動産』でスラムを支配するのです。スマートだとはお思いになりませんか?」
ダグは息を呑み、ゴクリと唾を飲み込んだ。
数秒の葛藤の末、彼は勢いよく立ち上がると、シエルに向かって深く頭を下げた。
「シエル大支配人……! いや、シエル様! ぜひ……ぜひその話、乗らせていただきます! すぐに組員総出で周辺の土地を買い占めます!!」
「フフフ、よろしくお願いいたしますね。……融資の契約書はこちらになります」
意気揚々と店を飛び出していくギャングたちを見送りながら、俺は冷や汗を拭った。
「……なぁシエル。あいつら、スラムで一番凶暴なギャングだろ? なんでお前に平伏してんだ?」
「何を言っているのですか、マスター。彼らは今日から我が金融グループ傘下の『スラム不動産開発および警備事業部』です」
「ギャングを子会社化するんじゃないよ!!」
こうして、地上げ屋と化したギャングを味方につけた『スロット&サケ』は、スラム街の再開発とグランドホール建設に向けて、また一歩野望を押し進めてしまうのだった。




