第10話:黄金の祭壇と、神への祈り
ホールとしての稼働も軌道に乗り、店内の熱気が最高潮を迎えていた頃。俺は工房で密かに「3号機」の開発を進めていた。
今回作ったのは、いわゆる「一撃のロマン」を詰め込んだ超ハイリスク・ハイリターン機だ。
これまでの1号機・2号機のようなマイルドな確率ではなく、確率を極限まで重くする代わりに、一度フラグを射止めれば目眩がするほどのメダルが溢れ出す仕様。
そして、その世界観に合わせて作った筐体が良くなかった。
神々しい白銀とゴールドの装飾。リールの上部には、後光を模した円形の魔導ランプ。レバーやボタンを押すたびに「フォーン……」と聖歌のような重厚な和音が響き渡る。
機種名は『神王の降臨』。
「よし……! 圧倒的な神々しさだ。前世のあのホールを包んでいた、得体の知れない神聖さすら感じるぞ」
自画自賛しながら新台として導入したのだが——問題は、設置二日目に起きた。
初日の昨日、朝から晩までぶん回されたにもかかわらず、この『神王の降臨』はただの一度もボーナスを吐き出さなかったのだ。確率が重すぎるあまり、終日全ハマリという最悪のロケットスタートを切ってしまったのである。
「おいマスター! 昨日から大銅貨何百枚吸い込んでんだこの箱はよぉ!?」
「当たらねぇぞ! 詐欺じゃねぇのか!?」
二日目の朝、店内は昨日のリベンジに燃える男たちの殺気と怨嗟の声で充満し、まさに暴動寸前。台を取り囲むごろつきたちの目が血走っている。
そんな爆発寸前の店内へ、予期せぬ方面からの客が踏み込んできた。
「不敬である! 聖なる神々の威光をこのような怪しげな箱に模し、民の欲望を煽るとは何事か!!」
開店直後、店内に怒号が轟いた。
大聖堂からやってきたのは、金糸の刺繍が施された豪華な法衣に身を包んだ大司教・ジョンと、その従者たちだ。
背後の騎士たちが物々しい雰囲気を醸し出し、暴動寸前だった常連たちも「ヤバい奴らが来た」と蜘蛛の子を散らすように距離を置く。
大司教ジョンは、黄金に輝く3号機『神王の降臨』を震える指先で指さした。
「店主! 主の光を模した不敬な演出、そして『降臨』などという不遜な名! これは我が教会に対する冒涜であり、異端行為である! 直ちに撤去し、身を浄めよ!」
俺は冷や汗をダラダラと流しながら、必死に弁明した。
「い、いや大司教様、違いますって! これはただの機械で……特定の神様を模したわけじゃなくて、創作のファンタジーで……!」
「問答無用! 天上の神々に祈りを捧げるべき民が、このような箱の光に一喜一憂するなど断じて許されん!」
激昂する大司教。万事休すかと思ったその時、またしてもカウンターの奥からトツトツと静かな足音が響いた。
「——少々よろしいでしょうか、大司教様」
帳簿を抱えたシエルが、すっと大司教と俺の間に割り込んできた。
「なんだね君は! 教会の教理に口を挟むつもりか!」
「いいえ、教理など滅相もございません」
シエルは眼鏡をクイッと押し上げ、慈愛に満ちた(ように見える)笑みを浮かべた。
「ですが大司教様。先ほど『神々に祈りを捧げる』とおっしゃいましたね?」
「……それがどうした。祈りこそが信仰の根幹である」
「では、お聞きいたします。……人はどのような時に、最も深く、切実に神へ祈りを捧げると思われますか?」
「む……? それは、苦難に直面した時や、自らの力では及ばぬ奇蹟を願う時だが……」
シエルは満足そうに頷き、静かに3号機『神王の降臨』へと視線を向けた。
「左様でございます。……大司教様、あちらでレバーを握りしめている信徒の方々の姿をご覧になってください」
大司教が思わず視線を移すと、そこには昨日からハマり倒し、額に汗を浮かべて必死にレバーを握りしめている男たちの姿があった。
「あいつら……目をつむって何か呟いているぞ?」
「『頼む……! 来てくれ神様……! ここで奇蹟を引き当てさせてくれ……!』って祈ってるな……」
昨日一回も当たらず追い詰められた男たちは、まるで大聖堂の祭壇の前よりも遥かに真剣な表情で、胸の前で手を合わせ、心からの祈りを筐体に捧げていた。
「ご覧いただけますか、あの純粋な祈りの表情を」
シエルは朗々と語りかけた。
「人々は今、自らの欲望とハマリという試練に直面し、ただ目の前の『奇蹟』を信じて全身全霊で天に祈りを捧げています。これほどまでに濃密で、純粋で、切実な祈りが他にあるでしょうか? 日曜の礼拝で欠伸を噛み殺しながら形式的な賛美歌を歌う者たちと、どちらがより深く『神々の存在』を求めているとお考えですか?」
「な、なんという屁理屈を……!!」
大司教の顔が赤く染まるが、シエルは畳み掛ける。
「当店は、試練に喘ぐ民衆に『切実な祈りの場』を提供しているに過ぎません。それに……」
シエルは大司教にしか聞こえない声で、そっと囁いた。
「この3号機が得る莫大な利益の一部を『神への感謝の寄付金』として大聖堂へ定期納付させていただく準備も整っておりますが……いかがいたしましょう?」
「む、むむ……っ!?」
大司教ジョンの表情が劇的に揺れ動いた。
切実な祈り(屁理屈)と、莫大な寄付金(現実)。
大司教はゴホンとひとつ大きく咳払いをして、数秒間、目を閉じて深く考え込んだ。そして静かに目を開けると、神聖な面持ちで口を開いた。
「……ふむ。確かに……現代の民は信仰心が薄れている。形はどうあれ、彼らが真摯に奇蹟を求め、神の存在を意識しているというのであれば……これもまた、主が与え給うた『試練と救済の場』なのかもしれん」
「大司教様……!?」
後ろの騎士たちが素頓狂な声を上げる。
「よかろう。この台の存在を特別に容認する。……ただし! 信仰の深さを確かめるため、私自らも一度その『祈りの器』を確かめねばならん」
「はい?」
俺が呆気にとられていると、大司教ジョンは法衣の裾を優雅に持ち上げ、3号機の椅子へ静かに腰掛けた。
そして、シエルから受け取ったメダルを慣れた手つきで投入口へ入れ、重厚なレバーをそっと押し下げる。
「主よ……私に導きを……」
ガコン!
ブウン、と音を立ててリールが回り始めた。
「あっ、大司教様! ボタンを押さないと——」
俺が声をかけるより早く、大司教は静かに目を閉じ、胸の前で十字を切った。
「……祈りよ、届け」
ポン、ポン、ポン。
フォーン、フォーン、フォーン……!!!!!
店内に響き渡る、神々しすぎる讃美歌の大合唱!
昨日から溜まりに溜まった内部の波が、ここで一気に爆発したのだ。
リール上部のランプがビカビカと黄金に光り輝き、液晶(魔導水晶)には「降臨ボーナス確定」の文字が踊り出た!
「お……おおおっ!? 奇蹟だ! 主の光が私に降り注いだぞおおおっ!!」
さっきまでの威厳はどこへやら、大司教ジョンは子供のように跳び上がって歓喜の声を上げた。
昨日からハマっていた客たちも「大司教様が奇蹟を起こしたぞ!」「当たりは実在したんだ!」と大興奮で拍手を贈っている。
店内は大歓声の渦に包まれた。
「……マスター」
シエルが隣で満足そうに微笑む。
「これで教会とも『宗教的なパイプ』が繋がりましたね。宗教法人の非課税スキームを活用すれば、さらなる事業拡大が——」
「シエル、もう何も言うな」
俺は遠い目をしながら、大聖堂の偉い人が目を血走らせて連チャンゾーンのレバーを叩く姿を見つめていた。
ただ静かに酒場をやりたかったはずの俺の店は、ついに宗教界の聖地として新たな一歩を踏み出してしまうのだった。




