狩り 二
帝都駅から京都駅まで新幹線で約二時間。
国と国を跨ぐとき、主に使われる移動手段は汽車や船、車、そして馬。杏寿もまた旅をした時、あらゆる乗り物に乗って移動した。
外国車であれば杏寿も車を運転できる。耀には万が一の時がきた場合のみ、運転してもよいと言われてしまったが。
そんな中で日本は画期的な移動手段を開発した。それが新幹線である。
車よりも早く、汽車の様な細長い形態。室内は快適で駅員が各号車を巡って菓子や飲み物をワゴンに乗せて販売する。
なんと快適な移動だろうか。杏寿は体が沈む座席で富士山を眺めた。
ナーシャ達への土産話としてニシキで堂々たるその姿を写真で撮っておこうか。杏寿がニシキを起動させ、写真を撮ったところで隣に座っている朔之介が「綺麗だな」と声をかけてきた。
「富士山って大きいね。しかも晴れてるからよく見える」
「俺も飽きるほど見たことあるけど、やっぱり晴れている日の富士山が一番綺麗だ」
山頂には白い雪の帽子、山肌は美しい自然の青。
初めて見れば感動ものだが何回も見ていれば飽きるらしい。
耀も『自然は私達が生み出しものではありませんからね。人間が己で手がけたものこそ、一番飽きないのですよ』と言っていた。
きっと一年後には杏寿も見飽きているかもしれない。
「栗花落が旅をした中で一番綺麗だと思ったものは何だ?」
「おー…綺麗、ですかぁ」
朔之介の質問に唸ってしまう。
綺麗と呼ばれるものはたくさん見てきた。
確かに光に照らされて輝く宝石や黄金の額縁に鎮座する絵画を見て、これらは美しいものなのだろうと思った。
商売として価値があっても杏寿にとってそこにあるものにしか見えなかった。
そんな中で一度だけ美しいと思った出来事があった。
杏寿が耀の商売敵に命を狙われた時だった。
耀はボロボロの杏寿を見つけ、怒りで我を忘れて元の姿に戻ったのだ。
大きな狐が怒りで毛並みが逆立ち、商売敵を噛みちぎり、踏み潰し、投げ飛ばしていく姿は怖いはずなのに。なぜだか美しいと思ったのだ。
撒き散らされる血が舞い散る桜のように耀を彩り、どんな巨匠が描いた絵画よりも鮮やかで美しいと初めて感じた。
だがここでこの話をするのは良くないことくらい杏寿も分かっている。
だから他に綺麗だと思ったものを答えないといけない。
「モンゴルで見かけた狼、かな。大きくて白くて瞳は黄色は違うけど、朔之介さんにすごく似てて綺麗だった!」
「そういうジゴロ台詞は他所でやったほうがいいんじゃないか?」
「やる理由がないなぁ。私はありのまま、思ったことを言ったにすぎないね」
モンゴルで見た狼も朔之介も綺麗だと思ったのは事実だ。
良いものには良いと言ってしまえばそれまでだが、年頃の男子に綺麗は良くなかったかもしれない。
謝るか、と思ったが朔之介はそっぽを向いていた。
これではどういう感情を抱いているのか分からない。
「朔之介さん、綺麗は嫌だった?」
「いや…そういうことじゃない、んだけど」
「なら恥ずかしいってやつ?」
「相手は選べ、俺じゃなくてもいいだろ」
「えぇ?」
綺麗と言われることに嫌と感じていないならこれ以上、この話を掘り下げる必要はないだろう。
朔乃介と関わってから気付いたことがある。どうにも朔乃介は自分のことを卑下する時がある。
謙虚は美徳と言うが杏寿はそう思わない。謙虚でいることで得することなど微々たるものでしかない。
耀が朔乃介を見たら『随分息がしづらそうですね』なんて言いだすはず。そして少し前の杏寿なら一言一句違わずに同じことを言っていただろう。
(言ったところで人は変えられないし、朔乃介さんの抱えているものだから余計なことは言わないが吉)
杏寿は深く追求することなく、駅の構内で買った弁当を開封した。
すると杏寿が食べは始めた鮭の切り身が魅力的に見えたのか、朔乃介の腹が鳴った。この狼はやはり人間である。可愛い。
腹の虫の鳴き声なんて聞いていないかのような澄ました顔で朔乃介も弁当を開封し始めた。しかも鮭弁当と牛肉弁当の二つである。
「いっぱい買ったね」
「燃費が悪いんだよ、俺の体…牛肉、少し食うか?」
「いいの?」
「ああ。むしろ弁当一つで腹が満たされるのが不思議なもんだ」
割り箸を丁寧に割り、醬油で味付けされた牛肉を弁当の蓋の裏側で受け取る。貰ったお礼として杏寿はさやえんどうを朔乃介の弁当にいれた。
さやえんどうは苦手なものという訳ではないが弁当の中から渡せるものがそれしかなかったというわけなのだが。
朔乃介の顔には何故という文字が浮かんでいた。
「等価交換」
「等価になってないだろ、さやえんどうと牛肉は」
牛肉と同等の価値がさやえんどうにあるかと問われれば皆が首を振るだろう。だがさやえんどう以外に何かを譲ることはできなかった。どれも美味しそうに見えるのが悪いのだ。
杏寿が弁当を半分食べたところで朔乃介が箸を止めた。
「奈良に着く前に聞きたいことがある」
「何でしょう?」
「得意武器を教えてくれ。戦闘になった場合、紬師である俺はすぐに紡げないといけないからな」
「あ、それ小春さんにも聞かれた」
頭の隅から今まで使ったことのある武器を思い浮かべていく。
数々の武器を思い浮かべるがやはり常に携帯している銃が手に馴染み、使う頻度も高い。
あ、と思いついたことを杏寿は口に出した。
「刀は使えない」
「刀か。ナイフとかは?」
「刀以外の刃物は使える。long swordとかrapierは扱えるよ」
「さすが異国帰り、発音がいいもんで」
なんて朔乃介は軽口を叩きながらニシキを起動させ、杏寿が例に挙げた武器をネットで検索した。
ニシキとは便利で画期的な発明だとつくづく感じている。
何か分からないことを調べたい時、大抵書物を読んだり専門家に聞くのが定石だ。
だがその点、ニシキはその場で情報の大海原という名のインターネットを覗き込めばおおよその答えが見つかる。
ただ嘘と真実が入り乱れているせいで信憑性に欠けることと日本国内でしかニシキは使えないということが残念な道具ではあるが。
ロングソード、レイピアの写真を見るなり朔乃介は「へはぁ」と息を吐くように零した。
「形は刀に似ているから使えるんじゃないか?」
「訓練時ならともかく、本番で手に触れたことのないものを扱えるほど私は器用ではないよ。どんなものでも武器として扱うし、今こうして持ってる箸も私からすれば武器だけど…確証のない戦いはしたくない」
「…まあ、箸で戦えるなら俺としては問題ない。でも武器を多く扱えるようになったのは武器商人の親のおかげだろ?刀は扱わなかったのか?」
「武器商人でも扱う商品はさすがに選んでたよ。それに刀を扱ってると日本人ってすぐばれるから使わないってなってたの。だから触ったことは一度もない」
半分真実、半分嘘である。
耀は主にヨーロッパ周辺で商いを行っていた為、日本人は珍しく人身売買において希少価値も高かった。
故に日本人の杏寿に余計な火の粉が降りかからないように刀を使うことは禁じていた。顔立ちはごまかせないので亜細亜人として誤魔化していたがそれでもバレることはあった。
そして刀に触れたことがない。これは嘘だ。
シルクロードを辿って旅をする前、杏寿は中国の山林で耀と共に戦闘訓練を一年ほど行っていた。
その際に初めて教わった武器が刀であり、徹底的に扱い方を叩き込まれた。だから刀は銃と同じくらい馴染みがあるのだ。
「確かにぶっつけ本番は戦いの場においては良くないな」
「それに一つの武器で戦い抜けなんて掟はないから刀以外ならどんなものでもいいんだよ!」
「簡単に言ってくれる。紬器を紡ぐのは俺なんだが」
「大丈夫大丈夫!その都度、私が欲しいものを言えば無問題!」
「俺に問題が起きてるんだよ馬鹿」
呆れながら言った後、朔乃介は鮭弁当を開封して食べ始めた。
杏寿もまた残こしていた鮭を齧り、流れていく景色を眺める。いつの間にか富士山は通り過ぎたようで田園の景色が広がっていた。
「朔乃介さんは誰から三八の使い方を習ったの?」
「祖父。俺の爺さんは昔、陸軍にいて三八式を使ってたんだよ。半年くらい爺さんの家に住むことがあって、その時に教わった」
「じゃあ狩りもできる?」
「まあ、撃つ標的は動物が多かったから狩りくらいはできる」
ならば他の任務で山に潜伏なんてことがあっても安心だ。金も重要だが生きる上では食料は不可欠。
刹那、朔乃介は箸を止め、眉間に皺を寄せて杏寿を見た。
「鹿は食べるなよ。狩りはしないからな」
「……」
「おいこら、こっち見ろ」
チッ、バレた。杏寿は流れゆく景色の中で変わらずあり続ける快晴の空に目を逸らした。




