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栗花落杏寿の爽味  作者: 椄瀬結


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第四幕 狩り


 小春と再会し、禄士郎の手に万年筆を刺そうとした訓練から一週間が経った早朝に杏寿は唸っていた。

 視線の先にトランクケースが三つ置かれている。

 別にトランクケースに問題がある訳では無い。問題なのはその数だ。


「ナーシャさん、多いです」

「え!?初任務ですよ!?これくらいは必要ですよお嬢様!」

「いや三日滞在するだけでこんな荷物の量にならないですよ」


 隣で孝文がうんうんとかぶりを振っている。

 これから杏寿はコンビになった朔之介と共に実地調査任務という授業を受ける為、奈良へ向かう予定だ。

 その為にナーシャが荷造りを昨夜行っていたのだが、トランクケースの多さに杏寿と孝文が待ったをかけた。

 実銃を一つ、対妖用の銃を三つ、いつものようにジャケットの裏側に隠して持っているため手で持つ荷物は少ないはず。そう思っていたが。


「何が入っているんですか?」

「着替え、寝巻き、非常食、化粧道具、ハンカチ、予備の靴、新幹線の中で食べる用の菓子、万が一の為の漢方及び薬、水、その他諸々を入れております」

「あー…着替え、非常食、菓子、水だけで大丈夫です。ハンカチは自分で持ちますから」

「へ!?じゃあせめて化粧道具は持って行ってくださいませ!」

「任務なので化粧はしないですよ…」

「じゃあ化粧水!化粧水は絶対に持って行ってください!絶対風呂上がりや洗顔後に使ってください!これだけは!」


 目をこれでもかと言うほど開いて懇願するナーシャに気圧され、杏寿は渋々承諾した。

 杏寿が耀と旅をしていた頃、荷物は耀と杏寿の必要なものを詰め込んでもトランクケース一つで事足りた。

 服や食べ物は現地で調達すればいい。路銀は耀が武器を売り歩いていたので心配することはなかった。

 それに森で狩りをしたり、木の実や山菜を採って野営もしていた。

 狩りで捕まえた動物の皮や肉を売って路銀の足しにすることもあった。

 しかも今回は歩いてではなく、新幹線で向かう国内の移動だ。


 (別にトランクケースでなくてもいいんだよな)


 ずた袋に着替えと金、ナイフを入れれば事足りる。

 欲を言うのであれば鍋があれば大抵の料理はできるので欲しいところ。

 そういった知識も耀からどこでも生きていけるように教わった。特に中国から離れ、莫臥児(モンゴル)で生活を強いられた時は主に狩りやたまに集落に訪れて物々交換をしていた。


 (懐かしい…夜は寒くてよく耀にくっついて寝てたなぁ)

 

 そんなことを思い出しながら泣く泣く荷物からいらないものを省いていくナーシャを横目に杏寿は孝文に声をかけた。


「孝文さぁん、聞きたいことがあるんですけど」

「はいはい、何でしょう?」

「前に手合わせした時、私の戦い方を特殊って言いましたよね?」

「言ったと思いますよ。苦戦した記憶があるんで」

「私の戦い方に…いや動きかな?特徴とかあります?似ている拳法とか流派とか」

「え?流派っすか?」


 孝文はけ怪訝そうに首を傾げて杏寿を見た。

 耀との記憶を思い出したと同時に小春に言われたことも思い出したのだ。

 灼司という妖に戦い方が似ている。

 耀に弟子がいたという話は聞いたことはないがかつて杏寿と旅をする前に他の奴と旅をしていたことがあると聞いたことはあった。

 興味がなかったので今の今まで思い出せなかったのだが、もし杏寿の前の旅の相棒が灼司であるなら。


『杏寿は耀を殺した』


 これは事実だが、杏寿が殺意を持って殺した訳ではない。

 むしろ拒絶、懇願する中で気がついたら刀を握っていた杏寿を耀が抱きしめ、その心臓に刃が突き刺さっていたのだ。

 そこから両親と再会するまで記憶が曖昧だ。

 だからこそ、何故耀は死ななくちゃいけなかったのか。殺す相手が杏寿である必要があったのか。

 それを知るためには出会う前の耀のことを知るべきではないのか。

 あの日浴びた血を思い出すだけで腹の底が冷えていく。朝起きて手に血がついてる幻覚を見ては下唇を噛む。

 耀の亡霊が見えないだけマシなのか、それとも。


 (亡霊として現れる価値もないってことを言いたいのか)


 手合わせした日のことを断片的に思い出しているのか、孝文は徐に口を開いた。


「拳法とか流派ってよりは規則性、癖みたいなものはあると思いますよ。それが流派の特徴とか言われると俺の勉強不足ってことになりますけど」

「そうなんですか?癖があるんですか、私の動き」

「お嬢ってとりあえずそこらにあるものを武器にして戦うから分かりにくいんですけど、体術だけを見ると癖みたいなものはありますねぇ。腕の構え方とか視線の動きとか」

「ほうほう」

「戦い方なんて絶対に誰かから教わったり、真似から始まるんで…この答えで満足いただけます?」

「実は私の戦い方が似ている人がいると言われまして」

「あーね、なるほど」


 刹那、荷物整理していたナーシャから「タカフミ!!敬語ォ!!」と怒号が飛んできた。

 そんなナーシャから逃げるように孝文は車の準備してきます、と部屋を出て行ってしまった。

 こういう遠慮のない同僚同士のやり取りは羨ましく思う。朔乃介ともまだこんなやり取りはできない。

 二人は元から旧知の中ではなく、杏寿がこの屋敷に住まうために集められたときに初めて挨拶を交わしたのだ。

 出会って間もない頃は杏寿を含め、会話するのもぎこちなかったのに今ではこうして主人の前でも遠慮なく怒号を飛ばせるくらいの関係になれた。

 ナーシャは今も「あの男は気安いです!お嬢様からも注意してください!」と怒っているが杏寿は孝文の態度を咎める気はない。

 むしろそのままでいてもらえる方が杏寿は気楽でありがたい。

 耀は杏寿へ執事のような接し方だったが一度も耀を執事や使用人と思ったことはない。故に自身が上の立場の人間という自覚がかなり薄いのだ。

 

(だからこれでいい)


 ようやく整理されたトランクケースを持ったナーシャと共に杏寿は玄関口へ向かい、帝都駅で待ち合わせしている朔乃介に会う為に車に乗り込んだ。

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