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栗花落杏寿の爽味  作者: 椄瀬結


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7/16

コンビ結成 三

 「唐揚げおいし~…沁みるぅ」


 杏寿はパンに挟まれた唐揚げを奥歯で噛みしめた。

 軍学校内には購買所、シャワー室、洗濯室が備わっている。緊急避難場所としも造られているおかげで学校内で生活ができてしまうくらいに便利だ。

 汚れた背広は目の前の洗濯機の中で時計回りに回り続けている。ボタンを押して洗剤をいれるだけで汚れが落ち、熱風で乾かされるのだから日本の最先端技術を侮る余地すらない。

 杏寿は支給されて間もないジャージを着て洗濯が終わるのをこうして待つだけ。

 そして隣の洗濯機も音を上げて回っている。言わずもがな、朔之介の服が入っている。


「水いるか?」

「貰えるなら欲しいけど、私、朔之介さんに頼みました?」

「いや、購買のご婦人におまけでもらった。体が大きいからいっぱい食べて飲めって」

「なら朔之介さんが飲むべきですなぁ」


 だよな、と同じく汚れのないジャージを着た朔之介が机に買ってきた食べ物と水を置いた。

 机に座りながら唐揚げパンを頬張る杏寿の隣に朔之介も机に座り、おにぎりを口に運んだ。

 ただ足が長いせいか杏寿のように足が浮くことはなく、机がただの椅子になっている。

 しかも靴も別の洗濯機で洗っているせいで貸出用のスリッパを履いているが踵がはみ出ている。随分歩きづらそうだ。

 杏寿に関しても貸出用のスリッパを履いていたが慣れない感触に耐えられず、今は裸足で足をふらふらと動かしている。


「朔之介さん」

「何?」

「互いに聞きたいこと、言いたいことあるとは思わない?」

「だから午後の授業も無いのに帰らずにこうしているわけだしな」


 杏寿はパンを飲み込み、窓から見える実動部隊がいる校舎を見た。

 声は聞こえないが小さく動く白い軍服を着た人影が見える。

 実動部隊はどうやら調査部隊とは違ってよくある従来の学校のように通いながら顔を付き合わせて授業を受けるようだ。

 調査部隊が使う校舎には日差しが差し込むだけで人の声は聞こえてこない。

 今日は午後の授業がないというのもあるが、調査部隊はどうにも見習生同士が顔付き合わせて上官の授業を受けるというのは少ないらしい。

 調査部隊が授業が行われる際は事前にメールで知らされ、集まるという仕組みだ。

 それまでは実地調査、現場任務が主でそれが授業となっている。

 故にこれから杏寿はあちこちへ足を運び、成果を上げて上官を納得させないといけない。

 再び杏寿は視線を戻し、提案をした。


「交代制で質問し合うってのはどう?」

「洗濯終わるまで時間あるし、やるか」

「じゃあ朔之介さんからどうぞ」

「俺からでいいのか?」

「どうぞどうぞ!」

「…さっき弾当てて悪かった」


 朔之介の発言に杏寿は飲んでいた水を吹き出しそうになった。危ない、鼻から水が出てくるところだった。

 確かに友人に発砲したとなれば謝るというのは分かる。

 だがあの場に限ってはそれは違う。

 杏寿が小春をペアの相手に選んだ時点で朔之介とは敵対関係になる。

 だからあの校庭での朔之介の行動は正しい。そして杏寿もまた禄士郎や朔之介に敵意を向けたことに謝る気もない。

 たとえ模擬戦闘とは言えど戦場だ。戦場なったからには自身の命を守り、生き残らねばならない。


「謝るのは違うよ。朔之介さんが引き金を引いたのは間違いじゃない。謝られても困るというのが私の返答」

「…はは、そりゃそう言うよな栗花落は。あんな戦い方してるわけだし」

「お、非難ですかな?」

「違ぇ。会って数日でも友人に発砲するってのはあまり褒められたことじゃないし、せっかく栗花落と話せる仲になってるから…」


 腑に落ちた。心情的に寄り添えてなかったのは杏寿の方だった。

 杏寿は朔之介の選択を肯定的に捉えているが他の人からすれば恐怖と思ってしまうものだ。

 友達というものをちゃんと理解できていなかった杏寿だから出てしまった答え。耀から多くのことを学んだがこればかりは勉強不足だったみたいだ。


 (かと言って怖かった、許さないと言うのも違う気がするんだけどな)


 それはきっと杏寿が引き金を引いた時の朔之介の姿に感動したからだろう。

 杏寿は内省を止め、持っていたペットボトルと机に置いた。


「次は私。朔之介さんは紬師ですか?祓魔師ですか?」

「紬師。体が大きいから祓魔師と勘違いされやすいな」

「うーん、朔之介さんは祓魔師でも戦えそうだよ」

「近接戦は爺さんに教わったけど前に出て戦うのは性に合わない。臆病だからな」

「わはは!友達に銃口向けておいて臆病って!」


 杏寿の一言が刺さったのか、今度は朔之介が飲んだ水に溺れかけてしまった。

 咳をしながらケラケラと笑う杏寿を睨んだ。

 

「げほっ、勝手に走り出した栗花落が悪い。…次の質問、栗花落は()()か?」

「え?人間だけど?」

「……家庭の事情に首を突っ込みたいわけじゃないが、育ての親が妖って言ってただろ。もし栗花落が妖や半妖であるならその異常な回復力も分かる。どうなんだ?」


 暗に小春の前だったから言い辛かったのではないか?、という意味も含んでいるのだろう。

 だが残念ながら杏寿は正真正銘人の腹から生まれている。先祖に妖がいたという話もない。

 そもそも妖が祖父母であったり、それよりも前の代に存在していても妖の血が簡単に薄まるわけではない。

 脳裏にかつて耀と交わした会話が過ぎる。


 『お姫様は確かに私が育てたと言っても過言ではありませんけど九尾の狐、ましてや妖になれるわけではありません』

『じゃあ妖から人間は生まれる?』

『生まれませんが父親か母親が妖であれば子は生まれます。ですが子は完全な人間ではなく半妖と言います。ほとんど人間の姿と変わりない姿で生まれた半妖は人間社会で生きることが多いですね』

『はんよーがまた人間と結婚したら今度こそちゃんと人間になるの?』

『なる場合もあります。それこそ血に妖の血が混じってるだけの人間というわけです。ですが妖の繁殖力を侮ってはいけません。妖の血は…それはそれは濃く、人間が何十人と交わらないと完全に面影を消すことなんてできないのです。まあ、妖力が弱い者は数世代目で消えることもありますけど』


 なのでお姫様は人間ですよ、と耀は締めくくった。遠い懐かしい記憶だ。

 杏寿は購買で菓子にと買ったシベリヤの包みを開け、頬張った。

 口の中に小豆の濃厚な甘みが広がり、後からやってきたカステラの淡い甘みが小豆をエスコートし、杏寿の舌の上で踊る。


「わたひふぁ」

「食ってから話せ」

「はひ」


 上手く話せなかった。朔之介に対して警戒心がすっかり消え失せ、むしろ耀と旅をしていた頃のような安心が蘇っているせいで食べながら話すという癖が出てしまった。

 耀なら口が物に入っている状態でも杏寿の言葉を全て聞き取っていた。

 下品ですよと言われつつもそうは言ってられない場面が多かった為、いつしか食べながら作戦会議をすることが常になっていた。

 日本に帰ってきてからはナーシャに指摘され、治すようにしていたが油断すればこうだ。

 杏寿は口に入っていたシベリヤを飲み、ベタついた唇を舌で舐めた。


「失礼。下品だったね」

「まあ、時と場合を選べばいいんじゃないか?俺は気にしないけど聞き取れない」

「はは、ごめん。んで私が妖かどうかの話だけど私は人間で他の人より少し丈夫なだけ」

「そうか。違うんだな」


 がっかりするような言い草に杏寿は咀嚼する口が止まった。

 朔乃介は杏寿に対して妖か半妖であってほしいと思っていたということなのだろうか。


 (…今の信頼関係だと理由を聞いても濁されそう)


 妖が人間社会で生きるにはまず妖であることを隠さなければならない。理由は単純、人間は異物を嫌うからだ。

 この理由を踏まえて、仮に朔乃介が人ならず者だった場合、この質問は悪手である。


 (さすがに考えすぎか)


 ただの確認だろう。朔乃介からすれば杏寿は普通の人間の像とは離れているように見えてもおかしくはない。

 すると背広とスニーカーの洗浄が終わったのか、終わりを告げるような機械音が鳴った。


「あ、終わった?」

「ここから乾燥するから触んなくていいぞ」

「ほへぇ。便利ぃ」


 朔乃介の言う通り、洗濯機はまた動き出し、背広とスニーカーがそれぞれ回り出した。

 そして杏寿と同じ感想を抱いているようで朔乃介も首を上下に動かして頷いている。

 ナーシャがもう手放せません!と黄色い声を上げていた理由が分かった。


「次、栗花落」

「あ、私か。うぅーん…」

「出尽くしたか?」

「いやぁ…はっ!あれ見たい!三八!」

「ああ、三八式歩兵銃のことか」


 朔之介は食べていたおにぎりを机に置き、腕輪を触った。そしてゆっくりと目を閉じる。

 着けていた腕輪はただのお洒落としてのアクセサリーではないらしい。

 杏寿の視線に気づいたのか、朔之介が閉じていた瞼を開けた。


「『バッシキ』が気になるのか?」

「え、これバッシキ!?すごいお洒落で細いんだけど!?」

「は?割と最近のバッシキはこんなもんだろ」

「いやいやいや!私の持ってるバッシキと全然違う!」


 怪訝そうな表情を浮かべる朔之介に杏寿は首から下げていた指輪型のバッシキを取り出して見せた。

 バッシキ。それは魔師と紬師が戦闘の際に使う補助装置だ。

 輪廻の糸は糸状になった魂であり、魂を肉体から切り離して武器に変形させること自体、自殺行為に等しい。

 メリットとして輪廻の糸が全て体から切り離されると人間は過集中状態になり、五感全てが研ぎ澄まされる。

 勿論デメリットもあり、文字通り魂全てをかけて戦うと一週間体が動かなくなるということもあれば、糸を体と切り離す感覚が心的外傷になることもある。

 バッシキは体から切り離せなかった糸の部分の穴埋めをする装置になっている。


「まじか、三世代目!?爺さんが若い頃に使ってやつだぞ!」

「そんなに古いものなの?」

「古いな。今の時代、使ってるやつはほぼいない。探せばいるかもしれないけど」

「…ちなみに今は何世代目?」

「八。それこそさっきの訓練で名前が挙がっていた技術開発部隊のおかげで随分使いやすくなったんだよ、バッシキは」

 

 禄士郎が変人のモルモットにはなりたくないだろう、と言っていたがただのマッドサイエンティスト集団ではないようだ。

 そもそも杏寿が朔乃介に見せたバッシキは幼い頃、お守りと貰ったものだ。

 いくら幼い頃に貰ったと言っても何世代も前の代物を差し出すのは、さすが千年生きた妖狐と言うべきか。


「しかもこれ使えるじゃねぇか」

「手入れはしてたしね。貰ってたから数回しか使ってないけど」

  

 杏寿は紐からバッシキを取り外し、朔乃介の掌の上に乗せた。

 掌に乗っている杏寿のバッシキと朔乃介が身に着けている腕輪型のバッシキを改めて見比べる。

 比べてみれば杏寿の方が古いと言われてもおかしくなかった。

 杏寿のほうは西洋の海賊が身に着けていそうな少し装飾が派手な指輪に対し、朔乃介の方は銀の細い腕輪。蔦の様な模様が刻まれているだけだ。

 捨てる気はないが貴族の指輪みたいで杏寿は何とも言えない気持ちになった。

 ふと朔乃介の顔を見ると随分と先ほどとは違った表情を見せていた。

 前髪から隙間から見え隠れしていた瞳は宝物を見つけた少年のように輝き、杏寿に目もくれずにずっと古いバッシキを見ている。


「あ、三八」


 急に我に返ったようで杏寿にバッシキを返し、朔之介は再び糸を紡ぎ出した。

 朔乃介はバッシキが好きなのかもしれない。なんとなくそう思いながら杏寿はまたバッシキに紐を通し、首からかけてジャージの中にいれる。

 炎で肉を炙るよりも早く紬器は紡がれ、朔乃介の手の中に三八式小銃が収まっていた。

 杏寿は受け取り、まず小銃の大きさに驚いた。かつて杏寿も三八式小銃を使ったことはあるが使ったものより一回り大きいのだ。


「大きくない?」

「俺の体に合うように調整しているからな。これができるのも紬師ならではだな」

「へぇ!じゃあ私の体の大きさにも合わせられるってこと!?」

「できるけど、今の大きさのものよりは威力が下がる。元来の三八式は頭か心臓を撃ち抜かないと殺せない銃だから」

「ああ、確かに」


 三八式小銃は日本兵が主力にしている小銃だ。

 初めて耀から渡され、使えるようになれと教わった時は日本製だなくらいの感想しかなかったし、殺傷力も低かった為、使いにくいと使い方だけを覚えて狩りの時にだけ使うようになっていた。

 だが紬器を使用者に合わせて調節すれば能力を向上することができるとなれば話は変わってくる。

 朔乃介は小銃に触れ、糸状に戻して形を変形させていく。

 糸は蜷局(とぐろ)を巻き、先ほど同じ小銃に変わっていく。ただし従来の大きさになってしまった。


「これが本来の大きさ。栗花落が扱うには少し大きいかもしれないな」

「いや本来の三八式小銃を扱ったことがあるからこれ以上小さくなったら使えなくなる」

「え、使ったことあるのか?」

「この世界で存在している、もしくは使用されている武器は大体触ったし教わったよ。一年前まで()()()()()()()()()()()旅をしていたから」

「用心棒…」


 従来の大きさになった小銃のボルトハンドルを手前に引き、また前に押し出す。

 そしてハンドルを固定して撃つ構えをとるが弾は装填されていない。装填された時の特有の音が鳴らなかった。


「弾はいれてないからな」

「心外だなぁ。さすがに舎内で撃たないって」

「そうじゃなくてもうっかり発砲とかしそうだから駄目だ。空で我慢してくれ」

「ケチケチケチ!」

「ケチで結構。一日に二回も水上中尉に怒られるのはゴメンだ」


 うっかりしている杏寿でも間違えて発砲したりはしない。武器の心得はそこらの生娘より自負はある。

 すると買ってきたおにぎりを一気に頬に詰めだし、朔乃介はもぐもぐと口を動かし始めた。

 喋るのに夢中で腹が減っていたことに気づいたようだ。

 杏寿もまた小銃机に置き、残り少ないシベリアを口に入れて飲み込む。


「聞きたくないの?私の話」

「聞いたら俺のことも聞いてくるだろ」

「そりゃあもちろん」

「だから聞かない。言っただろ、俺は臆病だって」


 近づいてきたと思えば線引きをされてしまった。だが賢明な判断だ。

 杏寿も朔乃介のことが気になるが今は互いに信じ切れていない状態。そんな状態で己の話をするというのはとんだお人よしだ。杏寿とて友達は欲しいが誰でもいいというわけではない。

 ただ朔乃介は臆病と表し、杏寿との距離を定めたのに口元には米粒がついている。そういう隙はありなのだろうか。


「朔乃介さん」

「ふぁい」

「食べてから返事して」


 朔乃介は大きな喉仏を動かし、悪いと零した。だがまだ口元の米粒に気づいていないようだ。

 

「私の紬師になってくれません?」

「…奇遇だな。そういう案もありかと丁度思っていたところだ」

「はは!じゃあこれからは相棒ですなぁ!」


 二人しかいない洗濯室で新たなコンビが結成され、まるで祝福するかのように乾燥が終わった洗濯機がピーと音を鳴らした。

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