狩り 三
新大阪駅に降り立ち、南口の改札を通る。
帝都のように大阪も都市開発が進んでいるため、景色に大きな差がない。灰色のビルが立ち並び、色とりどりの看板が目を引く。
整備されたコンクリートの道にはガスを吐き出す車やバスが人間を乗せて走る。
奈良には大阪から在来線に乗って向かうこともできるが、それだと一日掛かってしまう。
なので杏寿達は任務指示書の書かれていた集合場所に来ていた。
車が多く往来するロータリーで待てとのこと。
すると一台の白い車が杏寿達の目の前で停車する。
車から降りてきたのは同じ黒い背広を着こなし、口元の傷跡が特徴的な青年だった。
「初めまして、後輩達」
「指導担当の泉波先輩ですか?」
「おう。俺が指導担当の泉波だ。これから三日間、よろしく。犬っころのほうが栗花落で、でかい方が椿であってるか?」
「お見事!その通りです!ね、朔之介さん!」
「事前に下の名前見てたら分かるだろ」
笑いながら「そういうことだ。ほら車に乗れ」と泉波に車に促され、杏寿達は車に乗り込む。
確かに事前に名前を確認していれば分かるか、と納得してしまった。
車はエンジン音を鳴らして発信し、ロータリーを後にする。
ただ乗り込んだ車は朔乃介にとっては少し車高が低かったようで頭をぶつけないように猫背になっていた。
「途中で休憩も挟むが我慢してくれ、椿」
「俺、何も言ってないです」
「ハハッ、言ってるようなもんだぞ。小さい車で悪いな」
「…いえ」
まだまだ高身長が少ない日本では朔乃介が足を伸ばして座れる車の普及は少ないだろう。
新大阪駅のロータリーから目的地である村は車で約四時間。
途中休憩を挟んでからは電車の姿はなくなり、気がつけばバスと車がポツポツと走る長閑な田舎道に入っていた。
移動中は先日行われた合同訓練のことや調査部隊についての話で持ちきりだった。
「俺は任務中で合同訓練には行けなかったから羨ましいよ」
「そういえば調査部隊の先輩方はあまり見かけなかった気がします。他の方も泉波先輩みたいに不参加されていたのでしょうか?」
「だと思うぞ。俺たち上級生は下級生と違ってほとんど兵士扱い、最優先は任務だ。白夜軍の兵士になるなんてまだ決めてない奴らが大半なのに」
「先輩は兵士になるつもりはないんですか?」
「ん〜、順当にいけばこのまま調査兵だろうな。そこらの会社員と比べたら危険とは隣り合わせだろうけど、その分高待遇で金払いも良いし。それに調査部隊の方が死亡率は低い。御国の為に死ねって言われる陸軍や海軍よりはマシだと思うぞ」
「じゃあ泉波先輩はお金の為に白夜軍に?」
疑問を口出すと隣にいた朔之介に足を小突かれた。
小突かれた理由が分からない杏寿は朔之介を見たが、その瞳は余計なことを聞くなと言いたげに細められている。
どうやら聞いたことは余計なことらしく、一般的には口に出さない方がいいものらしい。
「椿もそう怒ってやるな、俺は気にする人間じゃないし。素直に物申すのは悪いことじゃない。…丁度いい、今まで田舎道を走り続けてきたけど気づいたことはないか?」
泉波の問いに杏寿達は窓ガラ越しに見える景色を眺める。
草花が風に揺れ、田んぼで農作業をしている人々や牛を連れて道を行く農夫がいる。子供がはしゃぐ姿や叱る両親は見かけるが若い男女が見受けられない。
(どこの田舎も一緒なのか)
国によって農村の差は二極化していた。
発展国と呼ばれる国の農村には若い人間が少なく、空き家が多かった。逆に発展国から遅れをとっている国の農村は人口率が多く、都会に出るという発想を持った人間は少なかった。金がなくても物々交換や自給自足で閉鎖的な中でも生きていけるからだ。
では日本はどうか?
長閑ではあるが農村に必要な若者が少ない。学校のような施設もなく、ただ仕事として農作業を行なっている。
そして子供の姿はあれど他国の農村に比べてかなり少ないと言える。
「発展都市との貧困の差が大きいですね。子供が少ないのは養えないから産まない、または子捨てと言ったところですか?」
「へえ、愚直なご令嬢かと思ったがそうじゃないようで安心したよ」
皮肉を投げられたようだが自信を令嬢と思ってないので心に刺さらない。
代わりに朔乃介の方に引っかかったようで前髪から覗く赤い目が泉波を見ていた。
杏寿は栗花落家の話を朔乃介には話していない。知らないところで栗花落家や杏寿のことを調べられていても仕方はない。
表情は何も示してないが目は口ほどに物を言う。これを体現していた。
「急激に発展した帝都や中央都市に着いていけなかったのがこういう村落だ。皆が発展万歳って訳じゃない。ここで生まれ育ち、他で生きる術を知らない人間からすれば金を循環し続け、若者を搾取する都市を良く思わない。そんな考えを捨てて金を求めた若者の一人が俺でもあるって訳」
「発展国が抱える問題の一つですね」
「まあ、政治事情の深いところは知らんが現実はこんなもんだ。んで、任務先の村も例外じゃない。戦闘だなんだってなる可能性は低い。初任務、気張らずに頑張ってくれ」
流れていた風景が止まる。車が停車したのだ。
泉波に続いて杏寿も車を降り、めいいっぱい腕や足を伸ばす。新幹線から車に乗り換える間に手足を伸ばしていたが、やはり長時間座っていると体のあちこちからバキバキと不穏な音が鳴る。
特に朔乃介から聞こえる骨の鳴る音が一層大きく不安になってしまった。
「車に乗ったら骨が折れるの…?」
「折れてないしいつもの事だから気にすんな」
といつもの事のように話すので杏寿もそれ以上何か言うのをやめた。
そして宿屋へ向かい、荷物を預けるやいなや何故か山へと向かうことになった。
目的も知らされぬまま、山道を歩く。山道を歩くならスニーカーよりも裸足で歩きたい。
いよいよスニーカーが煩わしくなり、靴紐を解こうとした瞬間、前を歩いていた泉波の足が止まってその場でゆっくりしゃがみ込んだ。
杏寿達もそれに倣い、足を止めて身を屈めた。
「お世話になる村の村長に兎狩りを頼まれているんだ。調査員として地元住民との円滑な意思疎通は重要だからな」
泉波が見つめる先には兎が小さな群れを作りながら地面に落ちている木の実を食べている。
兎の群れと距離は空いてはいるが射撃範囲内だ。
「銃か弓、どちらか使えるか?」
「「使えます」」
「なら良かった。じゃあ早速だが一羽ずつ狩ってくれ」
そう言うと泉波は杏寿達から離れ、別の場所へと行ってしまった。
「…流石に三人で同時撃ちは無理だもんな」
「ですなぁ」
兎の群れを狩る時、目標数の兎を同時に狩った方がいい。一羽が撃たれると仲間の兎が逃げ出し、追跡が困難になるからだ。
しかも天敵から逃げ切るための習性として逃げてる途中で大きく跳躍し、足跡を残さないようにする。
雪の上ならくっきりと足跡が残るため追跡はできるが生憎、今の時期は生い茂った草花のせいで足跡が分かりずらい。
故に杏寿と朔乃介は同時に兎の頭を撃ち抜かなくてはならないのだ。
これも上級生から教わる授業の一環なのだろうが杏寿からすれば旅をしていた時とやっていることは代わりない。
宿や食べ物を分けてもらう為に仕事を手伝ったり、金を渡したり、旅で得たものを対価として払う。
都会育ちの見習生も多いからこういった社会勉強をさせているのかもしれない。
「栗花落も三八にするか?」
「うーん…スプリングフィールドM1917小銃って作れる?」
「なんだそれ」
「じゃあ三八で」
日本に戻る前、杏寿が最後に手にしていた小銃がスプリングフィールドM1917だった。
日本ではまだ浸透していないか朔乃介が知らないだけかのどっちかだろう。
バッシキを起動させ、朔乃介が杏寿の糸を引き抜いて三八式小銃を紡いでいく。その間も逃さないように兎を見ていたがずっと草や木の実を食べ続けている。狩られるとも知らずに。
糸が蜷局を巻くようにうねり、小銃の形へと変えていく。そして宿主の元へ戻るかのように紡ぎ上げられた三八式小銃は杏寿の手の中に収まっていた。
自分の分も紡いだ朔乃介は弾を込めながら、口を開いた。
「実弾なら頭を狙うのが正しいんだが今回は兎の糸、『心臓』を狙え」
「え、なんで?」
「忘れたか?俺たちが使ってんのは実銃じゃなくて紬器だぞ。頭を撃ち抜いても死ぬ可能性はあるが糸を切る方が確実で…痛みを感じることなく死なせることができる」
「ああ…なるほど」
なんて優しい男だろうか。杏寿は腹の底が冷えていくのを感じながらリアサイトで銃の標準を合わせる。左目を閉じ、右目で獲物と定めた白い兎を捉える。
一発で糸を断ち切れば痛みを感じることなく、死ぬことができる。
ならば杏寿の糸で紡いだ刀で心臓を突き刺された耀は痛みもなく死ねたのだろうか。
木や葉が春の風に吹かれてさざめく。まるで今もなお、アメリカに心を置いてきてしまった杏寿を嘲笑うかのように聞こえて仕方がない。
「一の時に撃とう。朔乃介さん、合わせて。私は白を狙うから」
「分かった」
たとえ痛みなく死ねたとして。耀はそれでいいかもしれない。何故杏寿に殺させたのか、真意はわからないので想像するしかない。
だが一人で生きる覚悟が定まらないまま、宙ぶらりんになった心はどうしたらいい?
「三、二」
呼吸が消える。静寂の中で銃口が真っ直ぐに獲物を狙う。
「一」
放たれた銃弾はそれぞれが狙う兎へと迷いなく飛んでいく。
そして銃弾は二羽の兎の心臓を貫いた。
銃声と死んだ同胞に驚いた兎達は一目散に逃げ出し、瞬く間に姿を消した。
小銃を解き、元の姿に戻った糸は心臓へと戻っていく。新しく買ったバッシキの電源を落とし、狩った兎の体を掴もうとしたがその手を朔之介に止められてしまった。
「待て。まだ糸を紡ぎ直せていない」
首が傾いてしまった。糸を紡ぎ直せていないとは?
説明する時間も惜しいようで朔之介は杏寿の手を離し、兎達の断ち切った糸を引き抜いた。
銃で断ち切った部分を掬い上げ、その箇所を一本の糸へと接合していく。
朔之介の手の中で糸は独りでにうねり、切れた先から片割れを求めるように伸びる。
そして四本だった糸は二本になり、塵となって朔之介の手の中から消えた。
「生き返るの?」
「生き返らない。糸を切るってことは来世を断ち切ることだ。妖の言い伝えだと黄泉の国の神達の手によって何百年という時をかけながら新しい輪廻の糸として紡がれる。…俺達が断ち切る糸は悪や穢れだけでいいだろ」
杏寿に背を向けているせいで朔之介の顔は見えない。
もし断ち切った糸を紡ぎ直せば生き返らせることができるのかと思ったが、そんな反則技は許されるはずがなかった。当然だ、『輪廻』なんて言葉を使われているのだから。
すると朔之介は狩った兎を抱え、「紡ぎ直せるか込みで泉波さんは俺達を試したんだろ」と立ち上がった。
いかに祓魔師より紬師が大変で命の重さを考えなくてはならない立場なのかよく分かる。
(よく働くなぁ…)
来た道を引き返す朔之介に続き、杏寿も歩き出す。
兎は糸が切れた時、血を吐くことも流すこともなかった。心臓麻痺のような状態と変わらない。
妖の耀の心臓を刺した、あの瞬間。
(笑ってた)
また杏寿を嘲笑うように風に吹かれた木々が葉を鳴らした。




