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栗花落杏寿の爽味  作者: 椄瀬結


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43/47

鈴蘭 三

「うぃー。それじゃあ、作戦会議始めんぞー」

「We?」

「違う!」

「違うんだ…」


 ヘアバンドで前髪を上げ、額を輝かせた蓮真が声を上げた。

 杏寿達は夕餉後、居間に来いと召集されたので集まったのだ。杏寿の手には氷菓、朔乃介は片耳にイヤホンを付けて音楽鑑賞、ウルシュは夕餉の量が足りなかったようで追加の夜食を食らい、三人を呼んだ蓮真は美顔器ローラーを顔に転がしていた。

 任務での外泊は珍しくはないが、班の半分が一つ屋根の下というのは珍しいため、各々の気が抜けている姿は杏寿にとって新鮮だった。

 するとイヤホンのホログラムを解除した朔乃介が顔を上げ、口を開いた。


「俺たちの調査結果から話した方がいいか?」

「もち、聞かせて」

「もち…?」


 蓮真の略語に困惑しながらも朔乃介は杏寿達に見えるように大画面の地図を映し出す。

 ホログラムで映し出されたのは境西の地図。調べた場所は黒く塗りつぶされていた。


「境西は晴前教を制限はしていない。他の宗教も同様にな。ただ晴前教が介入してからは信者の出入りが多く、統括者の糸丸殿の邸宅にも出入りしているらしい」

「民間人の印象は?」

「あんまり良く思ってなそうだった。信者の出入りが多いことも気にしていたな」

「確か、そっちで晴前教の暴動起きたことがあったんだっけ?」

「らしい。規制したら起きたんだと」


 興味なさそうに「ふーん」と蓮真は美顔器ローラーを転がしながら返事をした。

 朔乃介の報告を有難いと感謝しつつ、杏寿はバニラ味のクリームアイスを口に運んだ。美味い。

 するとシメのお粥を食べていたウルシュが手を上げた。

 

「質問、いいですか?」

「おう」

「この黒く塗りつぶされているのは何ですか?」

「その説明に確認なんだが、ウルシュと蓮真は前回の任務で穴を見たか?」

「ああ、椿さん達が見つけた廃校舎のやつですか。伏見さんと確認しに行きましたが無かったので見ていませんね」

「蓮真も見てないか?」

「廃校舎では見てないけど穴自体は見たことがある。それに鵺がいきなり現れたのだって穴がないと無理でしょ。到着時には鵺の気配なんて一切感じられなかったんだし…もしかしてその黒塗りされてる場所って穴が無かった場所ってこと?」


 朔乃介はホログラムの地図を閉じて頷いた。

 杏寿達の報告が終わったところで今度はお粥を食べ終えたウルシュがニシキを起動させる。映し出された大画面のホログラムには境北の統括者の写真が映されていた。

 しかしただの写真ではなく、年配の男性と話している最中の写真だ。


「我々も統括者、蘭妃珠(あららぎのひじゅ)様にご挨拶はしてきました」

「確か人魚だっけ?」


 杏寿の問いにウルシュは頷く。


「そうです。でもあれはどちらかと言えばセイレーンですね。まさか陸に住んでいる人魚がいるってのは面白いですけど」

「人魚は繁殖力が強いから人間とも交わったんじゃないかな。そういう混じり者はフランスにもいたわ」


 人魚は男であろうと女であろうと美しい歌声で人間を呼び寄せる。誘き寄せられた人間は食われるか、気にいられると繁殖相手に使われる。

 杏寿も何度か攫われそうになる度、耀が人魚を噛み殺していた。加えてよく醜い魚が、と吐き捨てていた。


「話を戻しますが妃珠様もまた晴前教と繋がりがあると思われます。何よりこの写真に写っている老人が晴前教の教祖の側近とされている男です」

「狸よりダメじゃん」

「あくまで写真の証拠しかなく、実際見た方はいないそうです。実際この写真も偶々撮った写真に写ったものを情報提供されただけですから」

「じゃあこの写真撮った人に話聞いたの?」

「匿名での提供ですから話を伺えませんでした。それに境北でも僕たちの噂をされていたので動きづらかったです」


 結局、ウルシュ達もまた情報を掴めずで終わったそうだ。

 総じて言えることとすれば境西でも境北でも白夜軍はあまりよく思われていないということ。

 杏寿達は民間人に声を掛けなかったが、蓮真が聞き込みをしようとすると逃げられたらしい。


「そもそも北は上位階級共が多いから、はなから俺たちに協力ってのは頭にないらしい」

「人間の貴族はいるの?」

「いや、人間は住めないようになってる。だから富・名声・力を揃えた妖しかいない。これは妃珠様の好みだろうねぇ」

「はは、趣味悪ぅ~」

「それはそ~う」


 杏寿と蓮真は乾いた笑いで共鳴し合った。どうにもこういう価値観は蓮真と合ってしまう。不思議だ。

 だが上位階級の妖がいるというのは境西よりも調査がし辛いはずだ。


「結局、椿さん達と同様に僕達も穴を探した方が早いかもしれませんね」

「つーかさぁ、大佐は晴前教との繋がりを見つけてこいって言ってたし灼司さんもどっちかが繋がってるって言ってたけどさぁ…これ、両方繋がってんじゃね?」

「まだ手元には状況証拠しかありませんが、一応灼司さんには伝えておいた方が良さそうですね」


 ニシキの電源を落としたウルシュは冷凍庫から朔乃介が買っておいた氷菓を取り出し、食べ始めた。許可なく。

 朔乃介がウルシュの頭を叩き、胸ぐらを掴み始めたところを横目に杏寿は氷菓を食べ切る。買ったものには名前を書いておいた方がいいかもしれない。

 すると眠そうに欠伸をした蓮真が杏寿の肩を軽く叩いた。


「どしたの?」

「寝る前に淑野に連絡しときなね。研究所から帰ってきてから連絡してないでしょ?」

「あ、忘れてた!」

「めっちゃ心配してたよ?ていうか俺、許してないからね。無茶したり黙ってたこと」


 蓮真の顔はいつものあざとい怒り顔ではなく、真剣そのものだった。

 そして蓮真の大きな瞳に見惚れていると額を叩かれてしまった。加減など一切なく、痛みに杏寿は床の上でのたうち回る。

 しかも額を叩いた蓮真の手には妖力が込められていたようで本当に痛い。岩塩をぶつけられたようだった。

 研究所から帰ってきて息をつく間も無く、境に来たので杏寿の頭から教えられたはずの『報連相』が抜けきっていたのだ。


「いたーい!!蓮真さん痛い!!」

「俺たちを心配させた罰だよーん。反省しな」


 そう言って蓮真は部屋へと行ってしまった。

 ウルシュを羽交締めし始めた朔乃介に先に寝ることを伝え、杏寿も用意してもらった自室へと向かう。蓮真に言われた通り、淑野に連絡をするためだ。

 ニシキを起動させ、連絡先一覧から淑野を名前を見つける。


 (うーん、緊張する…)


 日がそれほど経った訳じゃない。淑野に怒られることには慣れている。電話を掛けるのだって初めてではない。

 なのに心臓の鼓動が早く、やけに大きく聞こえる。


「ま、どうにでもなるか!おりゃぁ!!」


 言葉の如く、どうにでもなれである。

 コール音が二回鳴った後、通話開始画面に切り替わった。淑野のニシキが応答したということ。


「淑——」

『おッッッそいですわ!!』

「ご、ごめんなさい!」


 覚悟はしていたが淑野の甲高い声が杏寿の鼓膜に突き刺さった。耳が痛い。

 

『ちゃんと生きてますのよね!?この音声は死後に再生されているものですとかじゃないですわよね!?』

「生きてる生きてる!生存してるから!!」

『…』

「淑埜さん?」

『よ゙がっ゙だぁ゙ぁ゙!い゙ぎでだぁ゙!』

「なんて?」


 良かったと言っているようだが泣き声が混じって聞き取れない。

 声を聞いただけで泣き出すほど心配をかけてしまっていた。心臓が罪悪感で痛くなり、杏寿はようやく事の重大さを思い知る。


「連絡が遅れてごめんね、淑野さん」

『本当よ!遅いわよ!でも連絡をする暇もなかったっていうのも理解してるわ…本当に無事で良かった…』

「これからはちゃんと報連相する」

『お願いしますわ。——他に言うことはありませんこと?』

「え?」


 淑野の質問に杏寿は首を傾げてしまった。

 他に言うこととは?今行っている任務のことか?それとも淑埜の命令を無視して鵺を殺したことだろうか?

 思い当たる節が数々あるが故に杏寿は困惑してしまった。ここで的外れなことを言えばまた淑野の怒声が鼓膜に突き刺さってしまう。

 しばしの無言が続き、ついに淑野の溜息が聞こえた。


『命を大事にすると言ってくださいませ。今の貴方の姿勢は死にたがりに見えますわ』

「そんな気はないよ?」

『私(わたくし)もそうは本気で思っていませんわ。——見習生の間に命を落とす者も多いですし、戦って命を落とすことを悪いことだと私は思いません。ですがそれでも…私は杏寿様が死んでしまったら辛いですわ。悲しいですし、ずっと後悔するでしょう。そして毎晩泣きますわ』

「あー…うん、それは嫌かなぁ…」

『そうでございましょう?だから杏寿様、一人でやった方が早い、なんて思わないでくださいまし。班員、兵士…それ以前に杏寿様は私の大切なお友達です。貴方の力になりたい人間がいることを忘れないでくださいませ』


 怒声ではなく、柔らかないつもの淑野の声だった。

 友達。改めて他人の口から聞く響きに杏寿はもどかしくなる。友達百人作ると豪語していたのに、いざはっきりと言われてしまうと頬がむず痒くなる。

 こういう時、ちゃんと言うべき言葉があるとナーシャが言っていた気がする。確か——。


「ありがと、淑野さん」

『ふん、淑女として当然のことをしたまで、ですわ!分かったならさっさと電話を切って眠りなさいませ!それではごきげんよう!』


 ブチッ。電話を切れと言ったのは淑野なのに電話を切ったのは淑野だった。照れ隠しでごきげんようと言ったからか、明確に声が上ずっていた。

 杏寿は腹の奥から溢れる笑いを噛みしめる。淑野が目指す淑女が楽しみになってきた。

 部屋の電気を消し、敷いた布団に潜り込む。今日はよく眠れそうだと杏寿の頬が緩む。


『私の言葉より、そんなに嬉しいのですか?千燈淑野の言葉が』


 ナーシャ達と夕餉を食べていた時のように耀の声が聞こえる。

 閉じかけていた瞼が上がり、杏寿は眠りかけていた頭を枕から起こした。今は加護の力は発動していない。耀の声なんて聞こえないはずなのに。

 そもそも研究所で加護の力が発動した時、耀が杏寿の体を使うようなことは起きなかった。


「耀?どこ…?」


 呼び掛けても返ってくるのは静寂のみ。あの蜜のような甘い声は聞こえない。


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