訓練 三
「ちょ、栗花落さん!?」
「あの日とは逆転ですね!」
「そうではあるけども…!栗花落さん、失礼します!」
小春は杏寿の首に腕を回し、体を密着させた。
いよいよ杏寿の心臓の鼓動は最高潮を迎えた。
「ほぎゃああ!!小春さん!!」
(聞こえますか、栗花落さん?妖力を介して思念を送っています。とりあえず禄士郎様から逃げるにも長くは続きませんから手短に伝えますよ)
「はい!」
(あと私の妖力で酔いとか気持ち悪いとかおきてませんか?)
「全然!相性バツグンですよ私達!」
小春が杏寿に抱きついたのは妖力を流す為だろう。
紬師、祓魔師は妖力を持っていることが必須であり、こうして周りの人間に聞かれずに会話をすることも可能だ。
杏寿も思念での会話は耀の仕事を手伝う上でかなり使っていた。
すると一つの銃弾が杏寿の腕を掠めた。流れ弾が当たったかと振り返ったが銃弾を放ったのは朔乃介だった。
朔乃介が構えている小銃の銃口から煙が上がり、傍には排莢が転がっている。
(へえ、珍しい…三八式小銃だ。弾薬は妖力で威力を上げているわけか)
掠めた腕から痛みが脳を刺激していく。平和ボケしていた脳には良い衝撃だ。
「栗花落さん!集中!」
「あ、はい!」
「思念で武器の想像を私に送ってください。私が紡ぎます」
杏寿に銃弾が掠ったことで気持ちが切り替わったのか、小春の顔つきが変わる。
軍服に着られているなどと思っていたが撤回だ。この人は戦士だ。
周りが杏寿達の異変に気付いたのか、騒然とし出して二人から蜘蛛の子を散らすように離れていく。
まずい。これでは禄士郎や朔乃介によく狙えと言っているようなもの。木を隠すためには森が必要だというのに。
杏寿は小春を降ろし、腰を低くして両手を差し出す。
「栗花落さん?」
「小春さん、上へ投げますので太陽になってください!武器は持っているのでまだ必要ないです!」
「は…ははぁ、なるほど、そういうことですね…わかりました。やるだけやってみましょう」
今日は晴天で雲一つない。こんな日に遠くへ出かけ、海を見るなんてことができたらと杏寿は思う。
残念ながら今は出かけるどころか、疑似戦場の只中。
だというのに杏寿の心は焦りや暗くなっていくことはなく、久方ぶりに目覚めた熱で冴えて仕方がない。
そんな中で思いついた案を思念で受け取った小春は慣れているのか、頷くまでが早かった。
小春は杏寿から少し離れてから助走をつけ、杏寿の差し出した腕に足を乗せた。
乗せられた足は妖力で身体強化されているようで杏寿の腕の骨に圧が掛かっていく。
だがそんなこと杏寿には関係ない。向けられた刃を跳ね返し、勝利を小春に捧げる。
そんな大役に比べれば骨にはいる亀裂など些細なもの。どうせすぐに治るのだから。
「un、deux…trois!!」
杏寿は妖力を腕と足に込め、腕に乗った小春を空高く打ち上げた。
勢いよく空へ飛んだ小春に校庭にいる全ての人間が目を奪われる。それは禄士郎も朔之介も例外ではない。
これこそが杏寿の狙いだった。小春を打ち上げた先には太陽があり、逆光となって朔之介は小春に照準を合わせづらくなる。
小春はただの囮ではない。杏寿が放った銃弾でもある。
体勢を変えた小春は朔之介に向かって落下していく。落ちていく最中、己の糸を引き抜いて短刀を紡ぐ。
(小春さん、戦闘慣れしてる…かっこいい!)
案に乗ってくれた小春に恥をかかせないためにも全力で禄士郎を食い止めなければならい。
杏寿はジャケットから銃を取り出し、セーフティを外して銃弾を禄士郎へ向かって放つ。
やはり小春が戦い慣れているとなれば禄士郎も同様。
むしろ小春より戦闘技術やセンスはかなり優れているようだ。杏寿が撃った銃弾は気づかれ、全て弾かれてしまった。
他の見習生が杏寿達から離れてくれたおかげで迷いなくに禄士郎の元へと走れる。
弾を装填しながら杏寿は禄士郎に向かって走った。
攻撃を避けながら銃床で禄士郎の頭に殴る。
見事に銃床の角が禄士郎の額に傷をつけ、赤い血が禄士郎の美しい顔に一筋流れ落ちた。
「血もお似合いですね、桃坂さん」
「ハハッ、俺は色男だからね。なんでも似合うらしいよ」
流れた血を拭うことなく、禄士郎は回し蹴りで杏寿を後方へ飛ばす。
咄嗟に腕で防御の姿勢を取るが杏寿はすっかり忘れていた。先ほど小春を打ち上げたせいで自分の腕が脆くなっていることを。
それが禄士郎の狙いなのだろう。執拗に杏寿の鈍り始めている腕を狙ってきている。
杏寿もまた妖力で腕を補強して応戦するが不利を強いられていることに変わらない。
だがそれでも湧き上がるのは荒ぶる熱のみ。
「やっぱり貴方も俺と似たような獣だね!」
「あはは!桃坂さんほどじゃないですよ!一緒にしないでください!」
「うんうん、可愛くないなぁ!」
避けたと思っていたが大鎌の刃は頬を切っていた。杏寿の頬から血が零れる。
そして禄士郎との戦闘を楽しみながら横目で小春と朔之介の様子を見る。
向こうは小春が有利な状況のようであの巨体の朔之介が劣勢になっていた。経験と技術の差だろう。
杏寿も負けてはいられないと言いたいところだが。
(やっぱり普通の武器と紬器だと圧倒的に後者が強いよね)
杏寿が使っている銃は武器屋から買ったものであり、陸軍や海軍が戦争や戦闘において使われるものと大差はない。
だが輪廻の糸で紡いだ武器や物、『紬器』はそういった戦争武器より勝る。故に日本が永世中立国として成り立っている理由の一つにもなっているのだ。
むしろただの武器でここまで禄士郎と張り合えているのだから褒めてもらいたい。
(まあ、簡単に斬られちゃったけど)
杏寿は銃を四丁、ジャケットの中に隠し持っていたが今手元に残っているのは二丁目。弾もそろそろ限界を迎える。
ここらで決着をつけないと勝ち目は無くなってしまう。
思念で使いたい武器を小春に送っても良かったのだが。
(それは最終手段)
耀と旅をする中で約束していたことがあった。
『紬器を使うのは最終手段』と。
今でも杏寿はその約束を守り続けている。こんな状況でも成功体験を積んできた脳は紬器を使わずに勝つ方法を組み立てようとする。
杏寿は再び禄士郎の元へと走り出す。
禄士郎の顔には笑顔が浮かんでおり、戦いへの昂りと勝ちへの確信が桃色の瞳に宿っている。
小春も禄士郎も厳しい戦いを生き抜いたのだろう。動き方や心構え、表情を見れば分かる。
かつて旅をしていた頃、杏寿もそういう人間と出会った。
「勝たなきゃ」
持っていた銃を禄士郎へと投げ飛ばす。
案の定、真っ二つに斬られる。が、その直後に地面から拾い上げた砂を禄士郎の目に向けて投げつけた。
「ッ!?」
見事に砂が目に入ったようで禄士郎は反射で目を閉じた。
杏寿からすれば銃も地面にある砂も袖に隠していた万年筆も等しく武器だ。だから耀は紬器を最後に使う武器として杏寿を強く育てた。
袖の内側に引っ掛けていた万年筆を取り出し、大鎌を掴んでいる手を左手で掴む。
そして万年筆を持っている右手を振り上げた瞬間だった。
「栗花落!桃坂!そこまでだ!!」
騒がしかった校庭に吾妻の声が響き渡る。
響き渡る声に顔を上げると吾妻の隣にいた水上が笑顔を浮かべながら杏寿に視線を動かすようにある方向へと指を向けていた。
熱が冷めてしまった杏寿と涙目になっている禄士郎は指が向けられている方へと視線を動かすと、そこには朔乃介の喉元に短刀を突き付けている状態の小春がいた。
少しでも動けば刺すとでも言いたげな小春の表情に益々好きが強くなっていく。
「この勝負は栗花落と霧崎のコンビの勝利だ。言い忘れていたが訓練内容は組んだペアで三勝すること。時間内に三勝できなかった及び先に二敗した場合、技術開発部隊の実験体になってもらう。大いに励め!」
吾妻の宣言が終わった瞬間、上級生たちから悲鳴が上がった。
それは禄士郎や小春も例外ではなかった。
「うわぁ、この状態で三勝かぁ…楽しみすぎちゃった」
「え、技術開発部隊ってそんなに嫌われてる場所なんですか?」
「そうだね。誰だって変人のモルモットにはなりたくないじゃん?」
「確かに嫌ですね!」
残すは一勝。杏寿は後ろに手を回して袖に万年筆を隠して小春の元へと走った。




