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栗花落杏寿の爽味  作者: 椄瀬結


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3/16

訓練 二

そして入学式も無事に終わり、数日が経った今、校庭に合同訓練として新入生と上級生が招集されていた。


「小春さぁ~~ん!!」

「わあ、元気」


 招集されたことに疑問を抱いたがそんなことは小春と会えればどうでもよくなる。

 友になった朔乃介と談笑しながら校庭に出てみれば、一際目立つ端正な顔立ちをした男の隣に小春は立っていた。

 瞬間、杏寿はご馳走を見つけた犬のように駆け出し、小春の腕に抱き着いた。

 本当は全身で小春を抱きしめたかったがハグを日常的に行わない日本でしてしまうと小春に嫌われてしまうかもしれない。故に杏寿は腕に抱き着いたのだ。

 腕に抱き着かれた小春はなんとか杏寿を受け止め、にへらと笑った。


「入学おめでとうございます、栗花落さん」

「へへっ、お久しぶりです小春さん!会いたかったです!」

「元気そうで何よりです。とりあえず隣にいる禄士郎様に説明しますので少し待ってください」


 小春が杏寿から視線を隣にいる色男に移す。

 色男、もとい禄士郎と呼ばれた男は笑みを浮かべながらもずっと杏寿を観察している。

 見定めるような視線がどうにも居心地が悪く、小春が禄士郎を見ている間、強く睨み返してしまった。

 すると杏寿を追いかけてきた朔乃介が少し距離を開けながら杏寿に声を掛けた。


「栗花落、いきなり走るなよ。驚いた」

「ああ、すみません。大好きな先輩に会えたからつい」

「好きな先輩…どっち?事と次第によっては割と大変なことになると思うけど」

「どっちとは?私が好きなのは小春先輩だけだよ!」


 そう言うと朔乃介は安堵したように息を吐いた。そして気まずそうに杏寿を見ている。

 一体、何の話だろうか。確かに小春の傍にいた色男を狙う女性は多いだろう。この顔の良さだ。頬が染まっても不可抗力だ。


(うーん、私には関係ない話なんだけどなぁ)


 たとえ顔の黄金比がよくても杏寿にとって輝いて見えるのは小春だ。

 すると禄士郎への説明が終わったのか、小春は杏寿を見上げた。


「栗花落さん、紹介します。こちらは現在、私が仕えている主、そしてパートナーの桃坂禄士郎(とうさかろくしろう)様です」

「初めまして」


 甘く緩やかな弧を描く薄い唇。白い肌に映える桃色の瞳は細められ、春風に黒髪が小さく靡いている。

 絵画から飛び出してきたような男だというのが杏寿の印象だった。

 そして禄士郎は挨拶として手を差し出してきた。握手、ということなのだろう。

 杏寿は一度小春から離れ、禄士郎と握手をした。


「気になったんだけど、貴方は栗花落家のお嬢さんで合ってるかな?」

「だったら何ですか?」

「…いいや、ただの確認だから気にしないで」


 質問に対して淡々と返したことで何か察したのか、禄士郎はそれ以上何か聞いてくることはなかった。

 すると朔乃介が杏寿の肩を掴んで小春から距離を空けさせ、苦虫を噛んでしまったとでも言いたげに変な笑みを浮かべている。


「栗花落、『桃坂』って聞いて何か思わない?」

「思わない。名家か何か?」

「名家も名家。去年起きた『魔女事件』の立役者の弟君だ、あの人は」

「へぇ」

「へぇ、て…」


 改めて禄士郎を見る。小春とコンビを組んでいることが恨めしいくらいしか思うことがない。

 だが魔女事件についてはさすがの杏寿も知らないわけではない。

 昨年、不法密入国した魔女が仲間と共にテロを起こし、日本を震撼さえたのだ。

 杏寿が関わったわけではないがテロの現場近くにいた為、人々の悲鳴を間近で聞いた。

 事件直後ほどの盛り上がりはないが、今でも電子の海の片隅で考察や陰謀論、根も葉もない話が漂っている。

 ただ事件は本当に起きたことではあるし、死傷者が出たテロ事件として日本史に刻まれたことは事実だ。

 そんな事件の解決の立役者である人物の弟であるなら話は少し変わってくる。

 朔乃介が気まずそうにしていたのも腑に落ちる。


(けど私には関係ない)


 杏寿は再び笑みを作り、朔乃介を二人の前に差し出した。

 押し出された朔乃介は戸惑い、何をするんだと言いたげに杏寿を振り返る。

 一応、先輩と後輩だ。年功序列は関係ないが初めからから悪い印象を与えるのは悪手だ。


「改めて私は栗花落杏寿です!こっちは友人の椿朔乃介さんです!是非仲良くしてください!」

「え、え、ちょっと栗花落…!」

「家なんて関係ないですよ。知り合いは多い方がいいってやつ!」

「頼んでない…」


 よくある自己紹介も終わり、再び小春と談笑をと動き出した刹那だった。


「諸君、訓練の時間だ!」


 広い校庭に張り上げた男の声が響き渡る。

 それまで和気藹々としていた空気は消え去り、張り詰めた空気に塗り替えられた。

 白夜軍の軍服に飾られている勲章を見るに上官であり、それなりに地位がある人なのだろう。

 声を上げた上官の隣には入学式で調査部隊の担当上官として挨拶していた水上(みずかみ)中尉がいる。目元を緩やかに細めた素敵な笑顔だ。

 皆が上官に注目してる中、杏寿はこっそり小春の隣に移動した。そしてさりげなくまた腕に抱きつく。


「栗花落ちゃん、小春に近いね?」

「後輩を睨むのはおやめください禄士郎様。それよりも吾妻大尉は帰ってきたのでしょうか?移動すると聞いていたのですが」

「むぅ…顔だけ出しに来たんじゃない?戻ってきたならそれはそれで嬉しいけどね」


 杏寿に対抗するためか、禄士郎も小春の隣へと距離を詰めた。

 二人の会話についてはよくわからないが恐らく吾妻大尉が戻ってきたならと言っているということは去年までここに配属していたのだろう。今日が初めて見た人なの納得だ。

 周りを見渡すと先輩達はざわめき、同期達は不思議そうに吾妻を見ている。

 すると吾妻はまた声を張り上げた。


「私は吾妻だ。階級は大尉、本日限りの戦闘訓練を担当する!突然だが、訓練を開始するにあたってまず祓魔師と紬師で二人一組になれ!それが条件だ!」


 刹那、校庭に稲妻が落ちたような衝撃が走り、誰よりも早く動き出したのは小春だった。

 杏寿の手を掴み、その場から離れるように走り出したのだ。脱兎のように早く、あっという間に校庭の端に来てしまった。

 体力に自信のある杏寿は余裕で小春に着いていけたのだが、逃げた小春に対して禄士郎が声をあげていた。


「ちょっ!今回は別に小春とコンビでも問題ないじゃん!逃げるなァ!!」


 今回はということは前回も似たような訓練で小春は逃げたのだろう。

 でもそんなことはどうでもいい。何故なら小春が選んだのが杏寿なのだから。この現実に口角が上がるばかり。

 それでも何故小春が禄士郎から逃げたのか。

 答えはすぐ分かった。

 叫んでいた禄士郎の周りには人集りができ、コンビ申し込み大会が開催され始めた。確かにこれは逃げたくもなる。しかも出来た人集りに朔乃介まで呑まれてしまった。

 申し訳ないが面白いものを見たという感想が浮かんできてしまう。

 杏寿は感想を胃の中に押し止め、小春を見た。


「こうなるから逃げました。椿さんは救えなくてすみません」

「朔之介さんは何とかなるんで大丈夫だと思いますよ!ほらデカイから頭だけ出てますし!」

「おお、ホントだ」


 身長が二メートル近くある朔之介は見事に人集りの中から頭が筍のように突き抜けていた。

 杏寿と目が合い、必死に口を動かして助けてと言っている。杏寿は分からないふりをして小春に再び視線を戻した。


「ところで栗花落さん、質問なのですが」

「はい、何でしょう!」

「栗花落さんは『紬師』ですか?『祓魔師』ですか?それとも両方でしょうか?」


 小春の質問に返答に困ってしまった。

 紬師と祓魔師。それは日本にのみ存在する戦士の呼び名だ。

 杏寿も耀にそれらを教わり、把握はしていたがはっきりとどちらがだと断言することができない。


 端的に言ってしまうと紬師と祓魔師は己の魂を使って戦う戦士だ。

 日本には人間の他に『妖』が存在している。

 平安時代、人間を喰らって人を脅かす存在として妖が暴れ回っていた。

 そんな妖に対抗し、討伐するための手段として人が持つ魂が使われることになった。そもそも魂が唯一、妖に対抗する手段だった。

 ただ魂を掛けて戦うのではなく、魂を武器にすることで妖との戦争を終わらせることができた。


 『当時のことは覚えていますよ。()()()()に人間が勝てたのは間違いなく安倍晴明のおかげです。あの方が魂を糸にして武器へと紡ぐなんてトンチキなこと思いついたのは天才故でしょうね』


 耀から妖力の扱い方を教わるときに言っていたことだ。

 日本人の魂は時代と共に糸の形状へと変化し、『輪廻の糸』と呼ばれるようになった。

 そして糸を武器として紡ぐのが紬師、紡がれた武器で戦うのが祓魔師となっている。

 それらを踏まえて杏寿はどちらとも言えない。


「戦うのは得意ですし、武器を紡いだこともあるにはあるんですけど…」

「けど?」

「自分の糸にも誰かの糸に触れるのは苦手で…」

「まあ、そういうこともあります。なら私が栗花落さんの糸に触れることに問題は?」

「先輩なら大丈夫です!ぜひ!」


 小春の手を取ろうとした瞬間だった。

 杏寿達の頭上に影が差し掛かった。危険を感じた杏寿は小春の体を抱き上げ、大きく前方へ跳躍した。

 

「うおおお何何何?!」

「桃坂さんって割と嫉妬深いんですか?」

「え?あ…うーん、見た通りって言えばいいのか、これは…」


 杏寿と共に小春は跳躍する前にいた位置を見て苦笑いを浮かべた。

 そこには容赦なく大鎌を振り下ろして起きた土煙の中から現れる禄士郎がいた。

 惨状を見るに杏寿を本当に殺す気でいるらしく笑みを浮かべ、目を細めては杏寿と小春を睨んでいる。

 そんなに小春と離れるのが嫌なのか。軟弱な男だと杏寿の顔から笑みが消えてしまった。

 禄士郎の後ろには何とも言えない表情で見守っている朔乃介が立っており、どうやら禄士郎のコンビに選ばれたようだ。


「あの人と小春さんはどういう関係ですか?」

「このまま何事もなければ夫婦(めおと)になる予定の関係です」

「じゃあしょうがない、とは言えませんなぁ。普段から一緒にいるのにまだ独占しようだなんて腹が煮えます。私も先輩といっぱいお話ししたいのに!」

「おお…愛デケェ…」

「それだけ小春さんは好かれる人なんです!あの人に勝ちましょう!」

「あとが怖いなこれ」


 何故こんなにも杏寿から敬愛を向けられているのか分かっていないようで小春からは苦笑いしか返ってこない。

 それでもよかった。杏寿とていきなり距離を詰めすぎている自覚はあるが愛は戦争、早い者勝ちである。耀から学んだことの一つを全うしているだけだ。

 杏寿は変わらず小春を姫抱きにしたまま、禄士郎から距離を取る。

 他の見習生も戦闘を各々開始し、杏寿はその戦場の間を縫うように小春を抱えて走る。



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