ようこそモルモット 二
「半妖じゃないって主張してる栗花落はともかく、俺を調べても特に面白いものは得られないと思いますけど?」
「その通り、椿は検査はただの健康診断だ。つまらん。しかし栗花落!お前は実に検査のし甲斐がある!ああ、実に興味深い!」
「実際、こいつの主張は合ってるんですか?」
「検査の結果次第ではあるが、これまで検査を受けてきたモルモット共のデータを照らし合わせて五分五分くらいだろう。よし、炒飯を食ったなモルモット!明日山ァ!直ちにモルモット壱を検査室に送れェ!」
有栖河が部屋の扉近くで黙って立っていた白衣の女に大声で呼びかける。朔乃介をここまで連れてきた白衣の女は明日山という名前らしい。というかこいつ、杏寿のことをモルモット壱と言ったか?
(……俺はモルモット弐か)
呼ばれた明日山は何も言わず、杏寿から空になった皿を回収して杏寿を外へ誘導して行った。
さすがの杏寿も抵抗するかと思ったが、杏寿は朔乃介に軽く手を降って大人しく出て行ってしまった。文句を言ってもしょうがないと思っているのだろうか。
(…いや、あれは面倒だからさっさと終わらせようってところか)
杏寿と明日山が出て行ったところで朔乃介は有栖河をじっと見る。
明日山と同じ白衣。兎の被り物は幼い子供たちに愛されそうな風貌なのに高身長で華奢な男の体のせいで可愛く見えない。
「な、何だね」
「炒飯、三人前ください」
「中華料理屋じゃないんだよここはァ!そこの菓子パンでも簡易食でも食っていろ!」
そうして差し出された、否投げつけられた菓子パンのを片っ端から朔乃介は口に運んでいく。
朔乃介としては炒飯じゃなくても白米が食べたかったところだが、用意されないのであればしょうがない。無いよりマシかと菓子パンを順々に咀嚼していく。
最後に見た景色が水上の顔だったので恐らくその時に気を失ってここに運ばれたのだろう。とすれば睡眠時間は半日以上となる。
それだけ睡眠を要したと言うのは妖力の消費がかなり酷かったということ。あの時は杏寿を守ることに必死になっていた為、朔乃介も冷静に状況把握ができていなかった。おかげで菓子パンの甘みが脳に染み渡る。
「モルモット弐。お前、適性試験の時に半妖であることを申告しなかったな?」
「申告欄を用意してないほうが悪いでしょ」
「それもそうだな。モルモットのくせに言うではないか。しかし筺辺大佐も分かってお前を許可したはずだ。あの方は聡いからな」
「それで俺が半妖であることに問題でも?」
「今、モルモットたちを賑わせている晴前教は知っているだろ?」
「おい待て、人間の事をモルモットって呼んでのかアンタ」
「俺以外の人間なんぞ、皆等しく研究対象だ。モルモットも人間もさして変わらん」
「うっわぁ…」
危うく口から苺ジャムが零れるところだった。いくら人間に興味がないからと言って他者をモルモット呼びする奴は初めてだった。
研究者故なのか、彌太郎だけが特殊なのか、ぜひ明日山に問い合わせたいところだ。
しかし一々、彌太郎の言動に突っかかっていたら話が終わらない。落ち着くためにも朔乃介は彌太郎に水を要求すると水が入ったペットボトルを投げられた。ちゃんと未開封である。
「俺と晴前教がどう関係してくるんだよ」
「お前、本当に調査部隊か?それくらいちゃんと把握しておけ、阿呆!いいか、晴前教は半妖を中心に構成されている宗教団体だ。それが巷で暴れているとなれば世間は半妖に対してどう思うか。答えは非難だ!今まで半妖を入隊させなかった場薬や軍が入隊させたとなれば新聞記者たちの玩具になる。しかも栗花落家の令嬢がそうとなれば——」
「だから検査かよ」
「そういうことだ。食べ終わったなら移動するぞ、モルモット弐!」
「本当に声と態度はでかい兎だな」
「黙れ!お前たちの生殺与奪の権は俺が握ってるんだぞ!」
とんだ脅し文句が飛んできた。
腕輪で妖力を抑えられている今、大胆に暴れ回れないが彌太郎を殴るくらいはできる。が、そんなことをすれば後で水上達から処断が下されてしまう。彌太郎の話を真実だとすればこの男は一応上官に当たるのだから。
「いいっすよ、やりますか?」
「や、ややややらんわ!!これだから白夜兵士は血の気が多くて野蛮なんだ…!」
「人を馬鹿にするのも加減した方がいいと思いますけどね。で、健康診断はまだ?」
「うるせぇ〜〜!!だから移動すると言っただろうが!さっさとついてこい!」
ペットボトルに入っていた水を飲み切り、部屋を出る彌太郎に大人しく着いて行く。
大股で歩く彌太郎の足音が無機質で広い廊下に響く。
調査部隊の校舎のような木造でもなく、全てが鉄で作られた廊下。廊下に窓は無く、代わりに施設内にある部屋が見えるようにガラス張りになっている。
(病院…というよりは動物園だな)
研究所と言われるだけあって部屋の中に被験者らしき人間がいる。
倫太郎や蓮真のように体が欠損している者。そして驚くべきことに部屋には人間以外に妖もいた。人型、動物型、異形型と様々だ。
しかし被験者達とは目が合わない。いや合っているが気づいていない。
「我々の姿は他のモルモットからは見えない。そういう鏡になっている」
「悪趣味ですね。先に連れていかれた栗花落も覗き放題ってことですか」
「阿呆め!四六時中、覗くほど研究員は暇じゃない!あくまで今の時間は検査時間故、こうして経過確認のため、見えるようにしているのだ。被験者達もまた了承済みだ」
「覗き魔じゃなかったんですね」
「本当に失礼だな貴様!」
長い廊下を歩いたのち、辿り着いたのは大きなモニターが何枚も起動している部屋だった。
部屋には明日山が居り、モニター全てには様々な角度で映された杏寿がいる。その表情に笑みは浮かんでいるがいつもの快活な笑みではない。
モニター越しの杏寿を見ていると「モルモット弐ィ!!」と呼ばれてしまった。この兎、妙に発声が良いからかよく声が通る。本当にうるさい。
「ここに座って採血だ」
「俺、さっき菓子パン食いましたけど」
「血糖値のための採血じゃない。ただの血液検査だ」
パイプ椅子に座らされ、明日山に右腕の袖を捲られて消毒液を塗られる。朔乃介は注射器が自分の血管に刺さる瞬間が苦手なので無言でモニターへ顔を上げた。
小さな痛みに眉を引きつらせながら杏寿の顔を眺める。こうして改めて見ると愛らしい顔立ちだ。金槌を振り回して野犬と戦っていた少女には見えない。
そんなことを考えていると朔乃介の血は抜かれ、針が刺さっていた場所に絆創膏が貼られた。
そして朔乃介から抜いた血の代わりに明日山は出来立ての炒飯を持ってきた。注文した炒飯が今になって届いた。やはり研究所は中華料理屋を兼ねているのかもしれない。
「明日山、準備運動は?」
「終わらせております」
「ではプログラムを開始しろ」
「承知しました」
返事をした明日山は身につけていたニシキを起動させ、ホログラムで作られたインカムマイクに声を当てる。
明日山もまたモニターへ顔を上げた。
「栗花落さん、聞こえていますでしょうか?」
『はーい!聞こえてまよー!』
「今から実験を行います。心身に異常が出た場合、即座に実験は終了します。なので腕輪を外さないようにお願いしますね」
『承知しました!』
実験という単語が発されたのに杏寿は楽しそうにその場で軽く跳ねている。新しい玩具を与えられた幼子のようだ。
一体、何の実験を行うのか分からないまま、朔乃介は貰った炒飯を一口掬った。
杏寿がいる部屋はモニターから見るにどの被験者の部屋より広い。床は固い鉄ではなく、倒れても痛くなさそうなクッション素材だからか靴を履いていたはずの杏寿は素足になっている。
「これから何をするんですか?」
「俺に質問をしてくるな。明日山、説明してやれ」
朔乃介の質問に彌太郎はつっけんどんで返す。先ほどの異性が嘘のように無言でモニターを見つめている。
代わりに指名を受けた明日山が苦笑しながら口を開いた。彌太郎の部下というのも大変な役職みたいだ。
「これから行うのは戦闘実験です。所長殿と椿さんがこちらに向かっている間に栗花落さんの脳内にある記憶を読み取り、栗花落さんの中にある戦闘の記憶をホログラムで再現させます」
「そんなこと…可能なんですね」
「ここは椿さんも使っているニシキ、バッシキ、インターネットワーク構築設計、自動車の開発——日本の文明発達の根源がこの研究所から生まれていますから」
「じゃあここに来るまでに見かけた被験者達も戦闘実験を?」
「全員が全員、戦闘実験を行っているわけではありません。栗花落さんは口で答えてもらうより実際に動いてもらうほうがよろしいかと思い、このような実験を執り行うことになりました」
「…ところでこれ、何の実験ですか?」
「栗花落さんが本当に半妖かどうかを確かめる実験です」




