加護 四
「倫太郎様、ウルシュ様は至急杏寿様が見つけた穴の確認を。蓮真様はあの鵺を地面に叩き落としてくださいませ。朔乃介様は蓮真様の援護、淑征は私達の援護を。それでは作戦開始致しますわ!!」
淑野の掛け声にそれぞれが散り散りに動きだす。
杏寿達が動き出したことで鵺も鳴き声を上げ、急降下してきた。このまま翼を切れるかと思ったがそう簡単にはいかない。
急降下した勢いは突進の威力を増し、襲いかかる鵺の突進と鋭い鉤爪を受け流すのが精一杯。
攻撃ができない杏寿達に味を占めた鵺は急上昇と急降下を繰り返し、何度も杏寿達に襲いかかる。その間、鵺の視界には蓮真が映らないので杏寿達は身を挺して囮になるしかないのだ。
そして廃校舎を物理的に駆け上がり、屋上から夜空に向かって飛びあがった蓮真は鵺の背骨の位置に足を振り落とした。
「あはは、背骨折れたねあれ」
「ええ!惚れ惚れする脚力ですわね!淑征、武器強化!!」
「はーい。杏寿ちゃんも失礼するねー」
確実に背骨が折れた鵺が落下する最中、後ろで笑った淑征が再びバッシキを起動させて杏寿達の武器を強化させる。
強化と言っても妖力を流し込んで武器の切れ味や威力を強化するのみなので特別な作業ではない。
しかし慣れない淑征の妖力に肌が粟立つ。杏寿と淑征の妖力の相性は少し悪い。
どうにも火照った体に氷を押し当てられているような淑征の冷たい妖力に違和感を感じてしまう。
肩を強張らせている杏寿が面白かったのか淑征はくすくすと笑った。
「慣れないと思うけど我慢してね、杏寿ちゃん」
「は、はひぃ…なんかちべたいぃ…」
「へえ、僕の妖力は冷たいんだ」
流れ込んでくる淑征の妖力に我慢しながら鵺を見上げた。
さすが蓮真だ。落ちてくる位置が的確で問題なく翼を切り落とせそう。仕事を終えた蓮真は奥の方で朔乃介に回収されているけれど。
「行きますわよ杏寿様!」
「調理の時間ですわ〜!」
淑征の妖力が途切れた瞬間を合図に杏寿と淑野は鵺に向かって走り出す。
鵺は地面に落ちるまであと数秒の所で杏寿達の気配に気づいて鳴き声を上げたが、背骨が折れているせいで攻撃がままならない。
動けないというのであればもはや鵺はまな板の上。いつぞやのクリスマスに七面鳥を耀と共に調理したことを思い出してしまった。
杏寿は強化された菜切り包丁を翼の付け根である上腕部分に振り降ろす。
本来、ただの菜切り庖丁にこんな切れ味はない。しかし紬器であり、妖力で強化されていると一太刀で切断することができる。
翼を切り落とされた鵺は音にならない甲高い咆哮を上げた。黒板に爪を立てた時のような嫌な音に杏寿と淑野は耳を塞ぎながら後退する。
「嫌な音、あーあ最悪。淑野が泣いちゃったじゃん」
甲高い咆哮の中で今までに聞いたことのない低い声が微かに杏寿の耳に届いた。
そう呟いたのは淑征だった。確かに淑征の後ろに杏寿よりも間近で咆哮を浴びた淑野が涙目で鵺を睨んでいた。
怒りを乗せて矢を射る姿に背筋が冷える。千波も弓の使い手で的への射撃精度も申し分なかったが、淑征の腕も目を見張るものがある。
淑征にとっても鵺の咆哮は耳に痛いはずだ。それでも耳を塞ぐことなく、静かに矢を放った。放たれた矢は咆哮に中を切り裂くように飛び、鵺の右目に突き刺さる。
貫いたことを確認した淑征は鵺が動き出す前に二本目の矢を放つ。矢はまた鵺の方へ飛び、左目に突き刺さった。
視界を奪われ、体もボロボロになった鵺は起き上がれなくなり、虫の息。杏寿は鵺の無防備な首に菜切り包丁を振り下ろし、切断した。
さすがに切り離した頭部と胴体が再生してくっつく、なんてことは思いたくないが。
「栗花落!」
「お疲れ様です、朔乃介さん。蓮真さんも」
「俺をついでにしないでくれる?『俺が』頑張ったの」
朔乃介におんぶされて運ばれてきた蓮真は文句を言いながら頬を膨らませた。愛らしい顔で頬を膨らまされると可愛いしか言えなくなる。あざといぞ鵜養蓮真。
動かなくなった鵺に一息ついていると穴の確認に行った倫太郎とウルシュが走って帰ってきた。
帰ってくるや否や倫太郎が怪訝そうな顔で杏寿を見つめた。
「栗花落、本当に穴を見つけたんだよな?」
「見つけましたよ?」
「教室には何も無かったぞ」
倫太郎の反応に杏寿は眉を顰めた。共に行ったウルシュの方を見るが「無かったですよ」と答える。
つまり成果が無くなったということ。呑気に鵺に構っていたせいか。
杏寿の手の中にあった菜切り庖丁を解く朔乃介の横を通り抜けて校舎へと走る。その杏寿の後ろから朔乃介も慌てて走ってくる。
見つけた教室の扉を蹴飛ばし、足を踏みれた。
そこには散乱した椅子と机しか無く、杏寿が見た大きな黒々しい穴はなかった。誰かが塞いだということなのだろうか。では一体、誰が?
「朔乃介さん、穴って塞ぐことはできるの?」
「自然に塞がることもあるがこの状況で都合よくってのは無いだろうな。可能性があるとすれば作った本人がここに来て塞いだってことだろ。鵺が暴れまわっている間に」
この穴を作り上げ、塞いだ人間——否、妖か半妖がいる。
現れた第三者を探すため、教室を出ようとした瞬間だった。廃校舎が衝撃と共に大きく揺れ、俊敏に反応した朔乃介に体を支えられる。
「大丈夫か」との確認に頷いて答える。何かあったとすれば校庭だろう。杏寿と朔乃介は第三者の捜索をやめてまた校庭へと向かった。
杏寿が校庭から離れて十分も経っていない。なのに校庭の地面は大いに荒れ、廃校舎の一部は崩れ落ち、班員たちが倒れたり、痛みに呻いていた。
倒れ、血反吐を吐く班員達から顔を上げ、状況を作った元凶を見ている。首を切ったはずの鵺は大蛇となり、一人の少女を守るように蜷局を巻いている。
鵺の本体は尾であった蛇であり、蛇が守る少女こそ郁美なのだろう。
「朔乃介さん、槍を」
「了解」
杏寿の手の中で長槍が紡がれていく。赤い柄に大きく鋭い刃。刃が大きい分、重量もあるがその方が大蛇にはちょうどいい。
手に馴染ませるため、腕の中で槍を回転させてみる。さすが相棒だ。少し重いがその分、威力も十分発揮できそうだ。
すると近くで折れた腕に顔を歪めていた淑野が声を上げた。




