加護 二
「神崎郁美。それが行方不明者の名前です。資料の記載通りなら行方不明から一ヶ月経っていますわ。…絶望的ですが、必ず見つけますわよ」
日差しが傾き始めた夕方。杏寿達は廃校舎に再集合し、点呼を取り終えて任務に差しかかろうとしていた。
校舎の門に立ち入り禁止のテープを張り直し、班を二つに分けて調査することになった。
一つは淑野、淑征、ウルシュ。もう一つ、杏寿、朔乃介、倫太郎、蓮真の組で別れた。
木造建築で廃校舎は長年放置されていたらしく、歩く度に木が軋む音が鳴る。
教室を虱潰しで調べるため、杏寿と朔乃介は二階の二年三組の教室を調べていた。
「何もないね」
「無いな」
小型懐中電灯で教室を調べるが出てくるのは埃と人間を襲うこともできない小さな妖のみ。
今も杏寿達の後ろで占地のような妖が「まみゅー…」と怯えながら鳴いている。
杏寿は占地に近づいてしゃがみ込む。「一人?」と聞いても同じ鳴き声しか返ってこない。
「もし。こちら椿と栗花落、収穫なし。鵜養どうぞ」
『へーい、こちら蓮真だよぉ。こっちは収穫あり、子供の足跡を見つけた。写真送んねぇ。ちょ、倫太郎送ってー!』
ニシキは一対一の通話機能もあるが任務中は大人数で通話ができる機能も備わっている。
故にこうして離れた班員と通話ができる。ちなみに写真を頼まれた倫太郎の「暗くて画質やべぇ!蓮真、電灯で照らしてくれ!」と叫ぶ声が聞こえる。調査開始時は夕暮れだったが、もう日も暮れて夜になっている故に撮りづらいのだろう。
占地の体を突いているとニシキに写真が送られてきた。確かに画質が悪くてやばいが見えない訳ではない。
積もった埃にくっきりと子供の小さな足跡が残っている。資料には足跡の情報はなかった為、警察が調査した後についたのだろう。
『こちらテルラル、写真確認しました。他に何かあるかと班長が言ってます。鵜養さん、どうぞ』
『特になしだけど、班長の淑野は何してんの?全然通話に入ってこないじゃん。淑野どうぞ』
『今、班長は淑征さんに後ろから脅かされて半分泣いている状態です。なので代わりにテルラルが答えてます。どうぞ』
『何やってんだ』
調査中に何やら愉快なことが起きていたようだ。可哀想な淑野。
大事な妹として可愛がっている淑征だが、たまに淑野にイタズラをして怒られている。今も必死に謝っているところだろう。頭を下げている姿が目に浮かぶ。
杏寿は変わらず占地を突きながら通話に参加した。
「こちら栗花落。ウルシュさん、淑野さんの泣いているところを写真に収めておいてください。どうぞ」
『了解しました。どうぞ』
『撮ったらぶっ殺しますわよ、以上』
ダメだった。隣では話を聞いていた朔乃介が呆れてため息を吐いている。
淑野の怒りを最後に通話は切れ、調査再開となった。杏寿達も隣の教室へと移動し、また手がかりを探す。
「栗花落、その茸は解放してやれば?」
「いやいや、この子は役に立ってくれると思うから捕獲しているんだよ」
「何の役に立つんだよ」
抱えている脇の中で怯えながら占地が鳴いている。抱えているのは決して可愛いからでも何でもなく役に立ってもらうためだ。
杏寿は懐中電灯で暗くなった教室を照らしながら昼間のことを思い出す。
「昼間、淑野さんと聞き込みをした結果、神崎郁美がどういう子だったか聞きましてなぁ。本当は親御さんにも会いたかったんですけど時間もなかったし、どこぞの小娘達にペラペラと娘のことを話すも起きないだろうから立ち寄らなかったんだけど」
「でも警察も聞き込み調査をして資料に記載してただろ」
「相手が警察であっても話せること話せないこともあるからね」
朔乃介は杏寿の意図が読めないのか、首を傾げた。
暗闇の中で見上げる朔乃介の姿は身長が高い分、随分と恐ろしく見える。大きさで見るならフランケンシュタインの怪物だ。
「仮説だけど、神崎郁美は何らかの理由で家を出たかったのかなって」
「根拠は?」
「ただの勘です。優しい子供が起こす反発って割と覚悟決まってるから」
資料でも優しく聡明で親に反発したことがないと書かれており、昼間に話を聞いた母親も優しい子だったと言っていた。
小さな村で友達と遊ぶということがどれほど子供にとって大切なことか、大人は気づかない。
大人の言うことも聞き、友達との狭い関係性も存続させる。簡単に蝙蝠のような子供が出来上がるわけだ。
菖十が分かりやすい例だろう。しかしそれが彼ら彼女らの生存戦略。杏寿は否定する気なんてない。
「仮に神崎郁美が度胸試しをきっかけに家出をしたとして、どうやって一ヶ月も子供一人で生き延びるんだ?無理がないか?」
「一人じゃないよ。ね、お友達くん?」
「まみゅー!まみゅー!」
いきなり天高く持ち上げられ、今日一番に占地は鳴き声を上げる。
こんな妖力の痕跡がべったり着いている廃校舎で行方不明になっているのだ。妖が絡んでいてもおかしくはない。
足跡が見つかるまでは杏寿も妖に喰われたかと考えていたが生きているのなら話は変わってくる。
子供は休まる場所がない限り、日に日に心は擦り減っていく。
「妖に魅入られたか」
「どっちだろうね。妖に拐かされた方が私たちも楽なんだけどね」
暴れ回る占地を地面に降ろした。
そして占地は短い足で教室を抜け出してぽてぽてとどこかへ走っていく。
懐中電灯で照らしながらその後を追っていく。二階から一階へ降りて行き、やがて占地は一年六組の一階の隅にある教室へと駆け込んだ。
杏寿達も教室に駆け込むがそこには占地の姿はなく、代わりに人一人が潜れるような大きな穴が黒板に存在していた。
朔乃介が息を整えながら光を当てる。黒々とした先の見えない穴だった。




